10月28日、映画祭のプレイベントである「水曜シネマ塾~映画の冒険~(全5回)」の第1回が東京・丸の内カフェにて開催された。今回ゲストとして登場したのは、第10回東京フィルメックスの審査委員長に決まった崔洋一監督。最新作『カムイ外伝』の制作秘話や、今年9月に招待作品として上映されたトロント国際映画祭でのエピソード、また映画祭の楽しみ方など興味深い話題は尽きることがなく、満席の会場は大いに盛り上がった。
ダークスーツに身を包んだシックな装いの崔監督が登場すると、会場の空気は一瞬緊張に包まれた。しかし、監督が笑顔で挨拶すると、会場の雰囲気はすぐにうち溶けて和やかなムードになった。
崔監督は審査委員長になるにあたって「驚きたい。今までの自分の価値観になかったものに出会いたい」とコメントしている。林 加奈子東京フィルメックスディレクターは、崔監督に審査委員長としての現在の心境を訊ねた。
「審査委員と審査委員長というのは微妙に違いますね。イイ審査委員長というのは巧みに自分の一番お気に入りのところにもっていく。でも同時にそれを客観的な評価につなげなければならない。10本の作品の中から1本を選び出さなければならないということで、どうしても(審査員同士の)戦いになってしまう。そんな中で審査委員長というのはバランスをとっていくのだけど、自分の存在をかけて推薦できるものとなると、やはり戦いです。でも面白いことに、同時にそこには友情と連帯があるわけです」とその意気込みを語った。
林ディレクターも主催者としての立場から、選考への期待を込めて次のように述べた。「もうこれしかないと簡単に決まってしまう10本は選んでいません。その10本の中から5人の審査委員が議論を重ねて選んで下さる過程というのは、私たちにとって来年の作品選定にも大変勉強になります」
話は『カムイ外伝』の裏話となり、会場では貴重なメイキング映像が上映された。カナダのトロント映画祭の反応から、海外の映画祭での上映が次々に決まっているという。「トロントのお客さんは手裏剣投げるシーンがあると“オォッ”ってよけようとするんですよ」と崔監督。
質疑応答の時間も設けられ、客席から『カムイ外伝』について質問が挙がった。
アクションについての質問には「ケンイチのアクションが一番苦労しましたね。砂浜に埋まるシーンも本人を砂浜に埋めましたし…ヒドイですよね、あれCGじゃないですよ」
続編については「原作の白土三平さんからスーパーアイデアが出てますし、崔洋一も松山ケンイチもやる気満々なんですけどね。興行成績やこれからの評価によると思います。ケンイチとも言ってたんですけど、『カムイ伝』という高い壁にアタックしたいと思っています」と熱をこめて答えた。
松山ケンイチさんを選んだ理由について訊かれると、「彼のインタビュー記事をたまたま読んだときに、若手俳優としての慎重な発言ではなく、社会の中にいる一人の人間として発言していると感じたんです。あと松山ファンには怒られるかもしれないけど、マッチョでない体つき、研ぎ澄まされて繊細な趣ではない顔ですね。カムイは彼しかいないなと思って、企画段階からカムイ=松山ケンイチと考えていました。本人も知らない間に脚本を書いてしまった」と秘話を明かしてくれた。
その後、映画館に足を運ぶきっかけが失われつつある現状について話が及んだ。「映画館で観るという習慣が昔は生活の中にあり、生活実感として映画の存在が大きかった。いまの日本の場合は、その辺が
大きく変質してきたのでは」という崔監督に、林ディレクターも頷きながら「娘さんがお母さんやおばあちゃんと一緒にとか、世代を超えた習慣ができたら、それはとても豊かなことだと思います。今年フィルメックスでは“田中絹代 生誕100周年”という特集上映を行うので、ぜひご家族を誘って観にきていただければと思います」。
崔監督はほろ苦い体験も交えつつ、デートでの映画体験について次のように話した。「デート映画であれ、記憶に刻み込まれるというのは重要ですよ。ちなみに僕のデート映画は中学3年の時に観た『シェルブールの雨傘』。最初は手を握るチャンスを探ってたんだけど、映画が面白くてのめり込んじゃったの。最後の別れのシーンでは、涙をぽろぽろ流してみてたんだけどね。でも女の子は「この映画暗くてつまんない」って言ったんだよ。頭にきましたね。でもそこでキレたらデートが崩壊するので、ぐっとこらえて言葉を飲み込んだんですよね」
デート映画でもアート映画でも映画館で観るということは、映画を体感するということで、いろんな思いが刻み込まれるということなのだそう。
最後に、今年のオープニング作品『ヴィザージュ』の予告編がスクリーンで紹介された。監督は台湾のツァイ・ミンリャン。カンヌ映画祭のコンペティションで上映された話題作でありながら、日本での配給はまだ決まっておらず、今回が日本プレミア上映となる。ジャンヌ・モロー他豪華キャストが出演する、フランソワ・トリュフォーへのオマージュをこめたゴージャスな作品。
「何人もの作家がこの映画の中で生きてる感じだね。トリュフォーやヴィスコンティもいたなって感じですね。この映画は観た後に語りたくなりますね。僕も会場で観ますので、見かけたらぜひ声をかけてください」(崔監督)
「本当にステキなシーンがいくつもあってね、ぞくぞくしちゃうんですよ。東京フィルメックスのコンペティションは、まだ名前が知られていない監督の作品が10本上映されるんですが、逆にクロージング作品は、パク・チャヌク巨匠の『サースト~渇き~(仮題)』というカンヌで上映された映画で、これもジャパンプレミアですので是非、足を運んでいただきたく思います」
(林ディレクター)
崔監督にとっても映画祭は特別なもので「まだ見ぬ世界や異空間を体感してほしい。理屈では説明できないような時間と空間が映画祭にはありますから。そういった価値が見出せる映画祭が大好きです」と期待を滲ませトークイベントを締めくくった。
今年は記念すべき第10回で、バラエティに富んだラインアップと多彩なプログラムで映画祭を開催します。ぜひ見知らぬ世界に触れて映画を体感してみてください。
第2回の「水曜シネマ塾~映画の冒険~」のゲストはSABUさん(映画監督)11月4日(水)19時から丸の内カフェにて開催。第10回東京フィルメックスは11月21日(土)から開催。
(取材/文:鈴木自子)
投稿者 FILMeX : 2009年10月28日 23:14