これまでアジアの作品を中心に取り上げてきたフィルメックスだが、今回は特別招待作品部門で2本のアメリカ映画を上映する。そのうちの一本が、11月23日に上映される『フローズン・リバー』。インディーズ映画の祭典サンダンス映画祭で観客賞を受賞、アカデミー賞でも2部門にノミネートされた話題作だ。この作品の日本公開に尽力したのが、良質な作品選びで映画ファンからの信頼も厚い渋谷の映画館シネマライズの代表取締役、頼光裕(らい・みつひろ)さん。そこで頼さんに、本作上映に至る裏話や、映画祭に対する思いなどを伺った。
まず初めに、『フローズン・リバー』との出会いから。
「『フローズン・リバー』を初めて見たのは、去年9月のトロント国際映画祭でしたね。お披露目になった08年のサンダンス映画祭でドラマ部門審査員大賞(グランプリ)を受賞したっていう話は、すでに聞いていました。しっかりしたドラマだったので、それも納得でした。ただ、普通は「サンダンス映画祭で受賞」というと、日本の配給会社が確実に権利を押さえるんだけど、この作品は派手さがないせいか、どこも買ってなかった。トロントでは“主要国で売れていないのは日本だけ”っていう話を聞いたんですよ。だけど、我々は配給が本業じゃない。待っていても何の具体的な動きもなく、そのうちに権利元から劇場公開だけでも引き受けてくれないかと言われて。そんなこんなで、これが日本で公開されないのも余りに忍びないと思って、契約してしまったというわけです。ただし、うちは劇場なのでプリントの輸入など配給に関する具体的なことについては知る由もない。そこで配給会社のアステアさんに協力してもらったんです。結果として、新人監督の作品にもかかわらず、アカデミー賞2部門ノミネート(主演女優賞、脚本賞)されたのは画期的だったと思う。さすがに受賞は難しいと思っていたけれど、ノミネートの5本の中に入っただけでもすごいことだよね。タランティーノも「最高にエキサイティング、息をのむほどすばらしい」なんて言ってるし」
こうして日本での配給が決まった『フローズン・リバー』だが、敢えてアジア作品を中心に扱ってきたフィルメックスで上映しようと考えた裏には、どのような思いがあるのだろうか?
「内容がしっかりした作品だったから、作家主義を謳っているフィルメックスで上映するということは真っ先に考えましたよね。フィルメックスは基本的にアジア作品がメインだけど、お客様もこ
ういう作品を評価してくれる映画ファンが多いと思うし。敢えてこれまでのフィルメックスとは違ったアメリカのインディーズ映画を見てもらって、Q&Aでどんな質問が出るのかっていうことも楽しみですよね」
「アジアの代表的な作品に関しては、フィルメックスに行けばほとんど見られちゃう。だけど、アメリカのインディーズ映画、ヨーロッパのインディーズ映画もあるよね。最近、そういった欧米のインディーズ作品が上映される機会っていうのはどんどん減っている。それこそサンダンスで賞をとった『フローズン・リバー』だって公開に苦労するくらいなんだから、これから見られる映画は段々減っていくのかなって思いますよね。そういう意味では、アジア中心のフィルメックスも、『フローズン・リバー』をきっかけにもう少し間口が広がれば…。まぁそれをコンペで、っていうと視点がぼやけちゃうけれど、特別招待にでも選んでいただいて二本、三本と。ファンは戸惑うかもしれないけれど、結構素晴らしいものがあるから。来年も一本ぐらいあれば、映画ファンを
増やすひとつのきっかけになるんじゃないかな。“こうもり”っていうと変だけれど、どちらかに偏るんじゃなくて、軽やかに世界中の作家を見てくれればいいなって思うんですよね」
また、頼氏は劇場での上映作品を探すために、自ら世界中の映画祭を巡ることでも有名。そこで、豊富な経験を通して、ご自身が注目している映画祭と、フィルメックスに対する印象を最後に伺ってみた。
「カンヌ、ベルリン、サンダンスなんかもあるけど、中でもトロント国際映画祭はいいよね。映画に関わる人がひとつ行けって言われたら、トロントに行けばその年の代表的な作品はほとんど見られますよね。フィルメックスで上映するような作品からハリウッドのメジャー作品まで、ラインナップが幅広いんですよ。サンダンスのもあるし、カンヌのもあるし、開催がベネチアの一週間後ぐらいだから、ベネチアでやったのをすぐやることもあるし、ドキュメンタリー部門もあるし、すごい本数ですよね。逆に、何を見るかって考えるのが大変。有名な監督の作品はブランド力があるからいいけれど、クオリティが高くても知名度のない作品というのは、見るまでわからないわけだから。それと、トロントでいつも感心するのは、普通の市民の皆さんが、もの凄く映画祭に関心を持っている。普通、映画祭っていうと料金が通常よりも安いんだけど、トロントでは結構高くて、一本の料金が通常の映画館の上映より高いくらい。それでも一般のお客様があれだけ参加している。うらやましいなと思いますよね。そんなに人口が多いわけじゃないのに、街の人がみんな夢中になってスケジュール見て。あれは感心しますよね。何年もかけて観客を育てているってことがわかる」
「でも、ビジネスを抜きにしたらフィルメックスが一番楽しいよ(笑)。毎年、何本かはフィルメックスで見るんだけど、韓国のソン・イルゴン監督の『フラワー・アイランド』(2001年最優秀作品賞)はびっくりしたし、『オアシス』(イ・チャンドン監督、2002年特別招待作品)もそうだよね。それからアピチャッポン(アピチャッポン・ウィーラセタクン監督。2000年『真昼の不思議な物体』をコンペティション部門で上映、2002年の『ブリスフリー・ユアーズ』と2004年の『トロピカル・マラディ』が最優秀作品賞)もびっくりしたし。
そういう意味では、ヨイショしているみたいだけれど、フィルメックスのすごいところっていうのは、選定者の視点が見えるっていうところだよね。それに、ずっと見ていると色々なことがあるし。以前、ある監督がQ&Aで“この映画をどう宣伝するんですか?”っていう質問されて、“自分は自分のために映画撮ってるんだ”って答えたりして。そりゃナンだよ?って(笑)。それを言ったら映画館がおしまいなんだけれどさ。
もうひとつフィルメックスがすごいのは、映画祭だけの上映で終わらせないで、何とか劇場公開まで持っていこうって意識を持っているところ。それもすごく大事だよね。映画祭は映画祭で勝手にやってって言うんじゃなくて、最後の落とし前のところまでトータルに考えるのは、映画祭の本来の意義を判っているっていうことだから」
劇場経営者、そして映画ファンとして語る頼さんの口から飛び出す映画への思いが込められた言葉は、尽きることがなかった。話を聞いているスタッフも、その熱意に思わず引き込まれてしまったほど。これまで数々の映画祭を巡り、作品を見極めてきた頼さんの目に止まった『フローズン・リバー』。上映後のQ&Aにはコートニー・ハント監督も登壇の予定。ぜひ朝日ホールに足を運んで、そのクオリティの高さを自分の目で確かめてほしい。
(取材・文:井上健一)
投稿者 FILMeX : 2009年11月21日 15:30