11/5 授賞式

11月5日(土)、第23回東京フィルメックスの授賞式が有楽町朝日ホールで開かれた。コンペティション部門の9作品を対象に、来場者の投票による観客賞、学生審査員による学生審査員賞、リティ・パン監督ら国際審査員が選出した各賞が発表された。

観客賞には工藤将亮監督の『遠いところ』が選ばれた。工藤監督は「賞を取れると全然思っていなかったのでこんな格好で来てしまいました」と恐縮しつつ、「才能ある監督たちが集まるコンペティションで競うことができて幸せでした。観客賞はお客さんに僕たちの映画が届いたということなので、何よりもうれしい。皆さまに心から感謝します」と喜びを語った。受賞作は、沖縄の夜の街で働く10代の母親を通して若年層が直面する貧困を見つめた意欲作。「この映画の何が見どころかと言われれば、やはり俳優陣の演技です。この作品を信じてくれた俳優陣に心から感謝したい。そして、沖縄の関係者の皆さま、協力して下さったすべての皆さまにこの賞を捧げたいと思います」と挨拶した。

学生審査員賞は、はるおさきさん( 東京藝術大学大学院)、山辺愛咲子さん( 武蔵野美術大学)、高野志歩さん( 立教大学)の3人による選考でマハ・ハジ監督の『地中海熱』が受賞した。今回は来日がかなわなかったハジ監督は「素晴らしい賞を与えて下さった映画祭と審査員の皆さんに感謝します。いま東京でみなさんと一緒にいられたら、さらに夢のような体験になったでしょう」とメッセージを寄せた。

そして、いよいよ国際審査員による選考結果の発表。委員長のリティ・パン監督(フランス・カンボジア )、キム・ヒジョン 監督(韓国)、映画プログラマーのキキ・ファンさん( 香港)の3人が登壇し、まずスペシャル・メンションとしてアリ・チェリ監督の『ダム』の名を挙げた。既に離日したチェリ監督はビデオメッセージで「観客の皆さんと一緒に上映を見ることができて嬉しかった。この栄誉をスーダンやベイルートにいるスタッフや友人たちと分かち合い、参加してくれたすべての人に捧げたいです」と語った。

審査員特別賞には2作品が選ばれた。ひとつめはダヴィ・シュー監督の『ソウルに帰る』。来日できなかったシュー監督はビデオメッセージを寄せ、「受賞は夢のようです。観客の皆さまとご一緒できなかったのは残念でしたが、選んでいただき本当に感謝しています。東京フィルメックスで自作を上映するのは夢でした。できれば日本で配給会社を見つけて、もっと多くの人に見てもらえることを願っています」と期待を込めた。

もうひとつはチョン・ジュリ監督の『Next Sohee(英題)』。チョン監督は前日に韓国に戻っていたが、受賞の知らせを聞いて急遽会場に駆けつけた。「脚本を書き、撮影し、編集している間は、この映画祭に来て皆さんにお会いできるとは想像もしませんでした。韓国社会だけの小さな話だと思っていたからです。でも、一昨日にこの会場で皆さんがこの映画に心から共感して下さる姿を見て感動しました。本当に久しぶりに作った映画に大きな賞をいただき感謝します」と語り、「最強の同志」だという出演者のペ・ドゥナさんと主人公を演じたキム・シウンさんに賞を捧げた。チョン監督はさらに「私の映画の中の現実よりもっと惨憺たる現実に、映画祭の間ずっと心を痛めていました。受賞に勇気をもらい、私達を結びつけてくれた映画の力を信じ、自分のいる場所で全力を尽くして映画を作っていきたいです」と力強い決意で挨拶を締めくくった。

最優秀作品賞はマクバル・ムバラク監督の『自叙伝』に決まった。インドネシアの田舎町の大立者とその下で働く若者の愛憎を通して強権支配の危うさを描いた。大きな拍手のなかステージに立ったムバラク監督は、「これは私の初めての長編映画です。完成までは5年がかり。撮影をした村全体と世界中の友人の力を借りて完成にこぎつけました。なので、この作品はまさに友情の産物です。サポートして下さった皆さん、長い間ありがとうございました」と晴れやかな笑顔で感謝を述べた。

講評に立った審査委員長のパン監督は「今回の上映作すべてに圧倒されたということをまず申し上げたい。様々なスタイルの映画と出会うことができ、審査員として大変うれしかったです」と上映作品の水準の高さを称賛。「ということで、本来は2作品のところ、今回は特別に4作品を選ばせていただきました。おいしいアイスを食べると、あと1個!もう1個食べたい!ってなりますよね。私達も同じ。我慢できずについたくさん選んでしまいました」と笑顔で語った。

 

コンペ部門の受賞発表に先立ち、映画祭会期中の10月31日~11月5日に実施したアジアの映画人材育成プログラム「タレンツ・トーキョー」の企画コンペティションの結果も発表された。今年は公募で選ばれたアジア各地の15人の若手監督やプロデューサーが参加。赤坂のゲーテ・インスティテュートを会場に、第一線の映画人の指導を受けた。ベルリン国際映画祭との協賛企画ということで、11月2日には日本を公式訪問中のシュタインマイヤー独大統領も視察に訪れた。

企画コンペは、受講者がプレゼンテーションした新作映画の内容や製作プランを講師陣が審査した。スペシャル・メンションにマウン・サンさん(ミャンマー)の「Future Laobans」とシャルロット・ホン・ビー・ハーさん(シンガポール)の「TROPICAL RAIN, DEATH-SCENTED KISS」が選ばれ、最高賞のタレンツ・トーキョー・アワード2022はソン・ヘソンさん(韓国)の「Forte」が受賞した。

ソンさんは「一緒に時間を過ごした受講生仲間の皆さん、そして素晴らしい講師の皆さんに触発されました。講師のおひとり(アンソニー・チェン監督)がこのプログラムの修了生だということにも勇気づけられました。貴重な学びの時間をありがとうございます」と喜びを語った。会場には6日間のプログラムを共にした受講生も集まり、受賞者が発表されるたびにひときわ大きな拍手と歓声を送っていた。

文・深津純子
写真・明田川志保、吉田留美

11/3『同じ下着を着るふたりの女(原題)』Q&A

11月3日(木)、コンペティション部門の『同じ下着を着るふたりの女(原題)』が有楽町朝日ホールで上映された。勝ち気で攻撃的なシングルマザーと内向的な20代の娘の確執を描くキム・セイン監督の長編デビュー作。上映後はキム監督、娘の同僚役のチョン・ボラムさん、撮影監督のムン・ミョンファンさんの3人が登壇し、観客の質問に答えた。

本作はキム監督の韓国映画アカデミー卒業制作作品。昨年の釜山国際映画祭でワールドプレミア上映され、ニューカレンツ賞、観客賞など5冠に輝いた。相手に憎悪を募らせる一方で共依存から抜け出せない親子をなぜテーマに選んだのか。そこから質疑はスタートした。

「短編作品を作っていて、相手を完全に憎むことも愛することもできないという関係を探求してみたくなった。そういうアイロニカルな関係が韓国社会にあるとしたら何だろう? と考え、母と娘に思い至りました」とキム監督。韓国ではこのところ母と娘を描くドラマや本が増えている。「この映画のプロットを練り始めた2016年頃は、仲のいい母娘を美しく描いたものが多かった。でも、私の周囲を見渡すと、それとは違う関係がいろいろある。そこで、別の形の母と娘を描いてみたいと思ったんです」

母と娘の対立が極まった時に起きる停電のシーンが強い印象を残す。暗闇に目を凝らすような長いショット。撮影のムンさんは「僕が見ても息苦しいと感じるシーンなので、みなさんもつらかったのでは。ちょっと申し訳ない気持ちです」と切り出し、「当初はもう少し明るい照明設計を考えていたのですが、『ほとんど何も見えない状況を観客にも体験してほしい』という監督の考えに共感し、ギリギリまで光量を落としました」と説明した。手持ちカメラによる撮影も、「登場人物を遠くから眺めるのではなく、その人物の感情の流れに沿うように撮りたい」という監督の意向で決めたという。

配役についても多くの質問が集まった。物語をパワフルに牽引する母スギョンは「一歩間違うと嫌な人になりかねない」とキム監督。「なので、役者さん自身の魅力で嫌われそうなところを相殺してほしかった。スギョン役のヤン・マルボクさんと初めて会った時、若々しいエネルギーに満ちているうえ愛おしさも感じ、この方ならしっかり表現してくれるだろうとお願いしました」と振り返る。一方、娘のイジョンは、セリフより目で多くを語れることが重要だった。「出演したイム・ジホさんは目が奥まで澄んでいた。この人なら目だけで様々な感情を表現してくれると思いました」。

イジョンの日常に風穴を開ける同僚ソヒを演じたのがチョン・ボラムさん。キム監督は「ソヒの人物像を作る上でのキーワードが『適切な優しさ』。完全に突き放さないが、完全に受け入れることもない。自分の一線をしっかり守っている人物にしたかった。チョンさんにお会いしたとき、すごく優しくて、同時に一本筋が通っている感じがして、この人だ! と思いました」と起用の理由を語った。

当のチョンさんは、「監督の言う『適切な優しさ』という言葉がなかなか難物で……」と告白。「自分の一線をどう守るかが難しそうだったので、ソヒがイジョンを完全に受け入れられない理由を考えることにしました。ソヒは自分の人生を守るために、距離を置く選択をする。そこに共感したいと思い、ソヒがどんな人生を歩んできたのかを監督に尋ねたところ、イジョンと同様に母との確執を経験しそこから独立しようと頑張っている人物だ、と。そこで、イジョンやユジョンの葛藤にも共感しながら、ソヒの人物像を作っていきました」と役作りのプロセスを振り返った。

撮影現場での俳優とのコミュニケーション方法を問われたキム監督は、「商業映画を撮るのは初めてだったので、正直なところ撮影中はほとんど余裕がなかった。なので、現場に入る前の段階で俳優さんとコミュニケーションを取るよう努力しました。脚本について話し合うというより、それぞれがどんな人生を歩んできたかについていろんな話をしました」と語った。

自分は口下手だというキム監督。言葉で思いをしっかり伝える自信がなかったため、作品のヒントになりそうな音楽や絵や本を出演者と共有するなど、意思疎通に様々な工夫をした。母役のヤンさんとは劇中で彼女が経営するのと同じよもぎ蒸しの店に一緒に出掛けて体験し、娘役のイムさんとはスギョンが歩く道を巡りながら話をしたという。

「最初に企画概要を書いた当時、母親に対するネガティブな感情をここまでむき出しにした作品は他になかった。他人には共感できない私だけの感情だったら……と不安になり、母子関係の本をたくさん読みました。(精神科医の)斎藤環さんや(『母がしんどい』などの)田房永子さんの漫画といった日本の本にも感銘を受け、スタッフに配って一緒に読みました。だから、こうして日本の皆さんにお会いできて本当に嬉しく思います」

最後の質問は、劇中で母がリコーダーで演奏する曲にブラームスの「ハンガリー舞曲」を選んだ理由について。キム監督は「元はロマ(ジプシー)の音楽で、自由に生きたいという思いが込められているそうです。他人の目を気にせず自分の気持ちに従って生きたいというスギョンにぴったりだと思ってこの曲にしました」と説明した。

苛烈なドラマとは裏腹の朗らかな笑顔で真摯に思いを語ってくれたキム監督。この日のために映画にちなんだリコーダー型ボールペンを持参し、質問してくれた観客に抽選でプレゼントするサプライズもあり、会場は和やかな雰囲気に包まれた。

文・深津純子

写真・吉田 留美

11/4 『アーノルドは模範生』Q&A


11/4 『アーノルドは模範生』Q&A
有楽町朝日ホール

ソラヨス・プラパパン(監督)

神谷 直希(東京フィルメックス プログラム・ディレクター)
松下 由美(通訳)

タイ、シンガポール、フランス、オランダ、フィリピン / 2022 / 84分
監督:ソラヨス・プラパパン (Sorayos PRAPAPAN)

Thailand, Singapore, France, Netherlands, Philippines / 2022 / 84 min
Director:Sorayos PRAPAPAN

11/3 『石がある』Q&A


11/3 『石がある』Q&A
有楽町朝日ホール

太田達成(監督)

神谷 直希(東京フィルメックス プログラム・ディレクター)

日本 / 2022 / 104分
監督:太田達成(OTA Tatsunari)

Japan / 2022 / 104 min.
Director:OTA Tatsunari

11/3 『石がある』舞台挨拶


11/3 『石がある』舞台挨拶
有楽町朝日ホール

太田 達成(監督)
小川 あん(俳優)
加納 土(映画監督)

神谷 直希(東京フィルメックス プログラム・ディレクター)

日本 / 2022 / 104分
監督:太田達成(OTA Tatsunari)

Japan / 2022 / 104 min.
Director:OTA Tatsunari

10/30『西瓜』Q&A

10月30日(日)、ツァイ・ミンリャン監督デビュー30周年記念特集の『西瓜』(2005年)が有楽町朝日ホールで上映され、ツァイ監督と主演俳優のリー・カンションさんを迎えて質疑応答が行われた。

 

本作はツァイ監督による7本目の長編映画で、2005年のベルリン国際映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)受賞した。記録的猛暑で水不足となった台湾の街を舞台に、ある女性とAV男優の純愛をミュージカルシーンを交えて描く。

今回は30mmフィルムでの上映だった。質疑応答でも、まずフィルム撮影についての質問が挙がった。現在はデジタル作品が中心のツァイ監督は「私たちの世代の監督は35mmフィルムにとても思い入れがあります」と即答。「フィルムで撮っていた頃が懐かしい。どんな色が出るか、どんな風に撮れたかが、現像するまでわからない。ラッシュを見て、こんな風になっていたのかと目を見張る。そういう美的な感覚はフィルムでしか味わえないものです」と振り返り、リーさんが出演した蔦哲一朗監督の「黒の牛」が30mmフィルムでの撮影だったことに触れ「すごくうらやましいです」と語った。

本作が『ふたつの時、ふたりの時間』の続編と認識されている点についても話は及んだ。「自分の映画を独立して見ていただいてもいいし、互いにリンクしていると思われてもいい」とツァイ監督。「この2作に限らず、私の作品は結末をはっきり語っていません。登場人物たちが映画が終わった後にどこに行き、どうなるのかははっきりしていない。そんななかで、次の作品を撮り始めるという感じなのです」

昔の音楽に乗せたミュージカルシーンも、観客の好奇心をかき立てた。ツァイ監督は、「自分が大好きな中国語の歌を入れることで物語を進めたいと考えていた」と説明した。エロティックなシーンが多い作品だが、「あまり重たく表現したくなかったので、歌や踊りを入れ込むことで、軽やかさを出したかった。ミュージカルと情欲シーンをわざと結合することで、新しい感覚を引き出したかった」と語った。

リーさんもミュージカルシーンの撮影中のエピソードを紹介。「『半分の月』という歌に合わせた最初のミュージカルシーンは大変でした。大きな給水塔の中で撮ったのですが、衣裳のガラスのような繊維が体に張り付いてなかなか取れなくて。皮膚が1週間赤く腫れました。当時は若くて元気バリバリだったから撮れたけど、今なら無理ですね」と振り返った。

 

ツァイ監督も公開当時の意外な秘話を明かしてくれた。「台湾ではポルノ的なシーンが多いことが議論になったのですが、国際映画祭で受賞したことで審査部門もすんなりと通してくれた。おかげで、この作品は私の全作品のなかで最大のヒット作になりました」。一方、日本でも映倫管理委員会の審査に関連して忘れられない出来事があったという。「ぼかしを入れるのを避けるため、日本の配給会社は『オリジナルのままで通してほしい』と映倫にわざわざ手紙を書いたそうです。しかし、映倫はこの手紙を拒否しました。なぜなら、この映画は性産業という仕事の光景を描いたもので、そもそもぼかしは不要だと判断したから。映倫はとても開明的だと思います」

西瓜をモチーフにした理由についての質問では「西瓜が好きだから」というツァイ監督の一言に、観客は爆笑。西瓜を半分に切った姿が顔のように見えることや、『愛情万歳』でも同様の描写があることなど、話が尽きぬまま終了時間に。ツァイ監督は「公開19年ぶりにスクリーンで上映されて本当に嬉しい」という感謝の言葉で質疑を締めくくった。

 

文・王 遠哲

写真・吉田 留美

11/3『石がある』舞台挨拶・Q&A

11月3日(木)、有楽町朝日ホールでメイド・イン・ジャパン部門『石がある』がワールドプレミア上映された。上映前に太田達成監督、ダブル主演の小川あんさん、加納土さんによる舞台挨拶が行われ、上映後には太田監督を迎えて質疑応答が行われた。

舞台挨拶に登場した太田監督は、「企画が生まれて3年間、コツコツと撮影を積み重ねて、このように大きな舞台でワールドプレミア上映することができて嬉しく思います。キャスト、スタッフに感謝します」と喜びを語った。

緊張しているという小川さんは、「観客のみなさんには、五感を研ぎ澄ましてご覧いただきたいです」と上映への期待を込めた。加納さんは、「ゆったりと時間をかけて、ひとつひとつ丁寧に向き合って、考えながら作り上げ、良い映画ができたと思います。ゆったりとした時間をみなさんも感じていただければと思います。みなさんの反応が楽しみです」と語った。

上映後の質疑応答には、太田監督が再登壇した。本作は、個人的な旅行体験から着想を得たという。その旅行体験とは次のようなものだった。

友人の親が所有している長野の別荘に向かったが、観光地ではなく、周囲は森や川といった自然ばかり。特にすることもなく川辺を散策し、気づいたら石を拾っていた。それにつられて、みんなでお気に入りの石を選ぶことに。夢中になっているうちに日が暮れ、お気に入りの石を握りしめて戻る途中、友人の一人が石をなくしてしまった。暗がりの中で見つけることはできず、諦めて別荘に戻った。翌朝、友人がなくした石を探そうと川辺に行くと、そこは朝日に照らされた石だらけの光景。その光景を目の前にして、見つかるわけがないと悟り、その途方もない無意味さに心が震えた。

太田監督は、この個人的な体験を映画の時間を通して見つめなし、確かめようと思ったことが本作の出発点であること、石と川が脚本のキーワードになったことを丁寧に説明してくれた。

劇中の舞台となった川は、神奈川県の酒匂(さかわ)川。いろいろな川を見て回り、最終的に酒匂川を選んだ理由は、「川上に向かって進んでいくと、途中でコンクリートの人工物にぶつかって強制的に引き返さなければならないという特徴があったから」だという。

続いて、登場人物についての話が及んだ。加納さんが演じる人物は、仕事終わりに川で水切り遊びに興じており、その生産性のなさを他人に目撃されると嬉しくなるというキャラクター。小川さんが演じる人物は、出来事に対して、論理的に動くのではなく、ただひたすらリアクションすることを積み重ねていくキャラクター。太田監督は、「この2人が作り出すキャラクターが何の利害関係もなく出会い、ただ時間が過ぎていくという物語」と、キャラクターと物語のシンプルな関係性を説明した。

脚本とアドリブの境界については、「即興性を生むというよりは、毎日変化する川によって強制的に対応せざるを得ない感じでした。基本的には脚本どおりで、具体的なアクションに関してはいろいろ考えざるを得ない状況で、常に発見していくという感じでした」と語った。

撮影では、足場の悪い川辺をなんとか歩いて、カメラを置くという行為を繰り返したという。「川の状況によって、いろいろなことを決めていかざるを得なかったし、自然に対してこちらはどう反応するかということを撮りたかった」と振り返った太田監督。また、4:3(スタンダード)の画面比率を選んだ理由として、横に広がりツーショットが収まる16:9(ワイド)と異なり、何を見せるかを選ばなければならないスリリングな瞬間が作り出される点を挙げた。その判断はカメラマンの深谷祐次さんに委ねたという。

不思議な味わいのある音楽については、音楽担当の王舟さんから「ただリズムがあればいいんだよね」というアドバイスを受けて、1曲目はメトロノームのように一定のリズムを刻む、2曲目は少しリズムが崩れる、3曲目はリズムすらなくすという展開にして、音楽自体が映画の物語とは別に登場人物とともに変化を遂げるような設計にしたとか。音楽によって映画の世界に引き込まれすぎないように、フレーム外の世界を作ることで、もう一度、映画の世界に引き込むという効果を狙ったという。

製作過程では、「シンプルな物語を描くのに、いかにカメラという装置を駆使するか、本当に映画になるのだろうか、圧倒的な無意味さを描くことに価値があるのだろうか」と自問自答していたという太田監督。そんな監督に勇気を与えたのは、過去の映画作品ではなく、社会学者の岸政彦氏の本であったことも明かしてくれた。

「これで映画になると思われた瞬間はいつですか」と訊かれると、太田監督は、「今ですかね。大勢の方に観ていただいて、ようやく映画になったと実感しています。製作過程でも、撮影のときに喜びや発見がたくさんありましたし、それらが編集によって作り上げられていくときも、『これは映画だぞ』と感じました。今日はとても嬉しいです」とあらためて上映の喜びを語った。

 

最後に、ワールドプレミア上映に駆けつけた客席のスタッフ、キャストを改めて紹介。大きな拍手のなかで質疑応答が終了した。

文・海野由子
写真・吉田 留美、明田川志保

11/2『ダム』Q&A

11月2日(火)、有楽町朝日ホールでコンペティション作品『ダム』が上映された。レバノン出身のビジュアル・アーティストであるアリ・チェリ監督の長編デビュー作。レンガ職人の男が泥で作る不思議な建造物が独自の生命を獲得していく様子に、壮大なテーマが投影されている。上映後にはチェリ監督が登壇し、観客からの質問に答えた。

本作はチェリ監督の短編映画『The Disquiet』『The Digger』とともに三部作をなす。いずれも監督のルーツや関心のある地域を舞台に選び、地域の特性を活かした作品づくりを目指したという。

三部作に共通する主題は「大地」だと語るチェリ監督。「地理的に暴力行為があった地域を選びました。暴力があったという要素が大地や水に溶け込んで人の体の一部となっています。それが目に見えない暴力という形で浮き上がり、ストーリーを作り、歴史になっていきました。そういった素材を切り取って見せることで、社会・経済・歴史的にその土地のことを理解する入口となるような作品を目指しました」と語った。

泥を使ったシーンが多く登場する本作。泥というモチーフの意味を問われると「泥には様々な空想を触発し、他の世界への扉を開く可能性があります。人間と別個なものを想像させるものでもあります。そもそも、人類は家や器を土から作ってきました。映画に出てくるレンガ職人も数千年続く手法でレンガを作っています。そのため、泥は継続することや積み上げることを比喩として表しています」と述べた。

続いて、撮影プランについて質問が及んだ。監督は「風景をきちんととらえるために、カメラを固定して撮影しました」と撮影へのこだわりを明かした。そして「地元の雰囲気や自然のような地域性を重要視しています。ナイル川や山といった神聖な土地へのオマージュや人への敬意を持って撮影に挑みました」と付け加えた。

また、本作では犬が何度も登場し、主人公との関係性が物語の中で変化していく。この犬の存在は「前の段階を切り離して次の段階に行くためには、何らかの暴力を伴うこと」を示唆しているという。さらに監督は「主人公に癒しを与えたり怒りを鎮めたりというように、彼にとって必要な変化をもたらすための存在」だと説明した。

脚本についても語ってくれた。「まず一回目にスーダンを訪れた際にレンガ職人に会い、その土地、そこの人たちを想定して脚本を書きました。実際にその時にあったことを反映しています」という。

撮影は想定外の事態が続いた。「2017年から準備を始め、2019年に現地で撮り始めたのですが、その直後にクーデターが起き、オマル・アル=バシール大統領が追放されて政権が崩壊。我々も帰国を余儀なくされました。やっと再開のめどがつくと今度はコロナ禍。いつ現地に戻れるか分からない状況のなか、構想を練り直した。最初の撮影はドキュメンタリーでしたが、再びスーダンに戻ってから同じシーンを演じてもらったため、後半はフィクションといえますね」と話した。

脚本のクレジットには、ベルトラン・ボネロ監督も名前を連ねている。コロナ禍のロックダウンでパリに足止めされている間に連絡を取り、メールで意見を交わしながら脚本に磨きをかけていったとを振り返り、「全く違うスタイルの作品を撮る第三者の目線を取り込むことができました」と述べた。

最後にキャスティングの話題になった。出演者はプロの俳優ではなく、全員が自分自身を演じている。主演のマヘル・エル・ハイルさんは、俳優になることを夢見ていたと監督に直談判して役を獲得した。監督は「彼はジャッキー・チェンの映画が好きなので、アクション映画に出たかったようです。残念ながらその夢は叶わなかったけれど、映画デビューはできました」と明かし、「彼との信頼関係があったから撮れました」と語った。

言葉の端々から作品への強いこだわりや想いが伝わってきたチェリ監督。充実の質疑応答は、会場からの大きな拍手によって締めくくられた。

文・塩田衣織

写真・吉田 留美、明田川志保

11/01『自叙伝』Q&A 

11月1日、コンペティション部門『自叙伝』が有楽町朝日ホールで上映された。インドネシアの小さな町を舞台に、疑似親子的な関係を結ぶ2人の男を通して独裁的な強権支配の構造を描いた意欲作。上映後の質疑応答にはアクバル・ムバラク監督が登壇し、製作の裏側を語った。

映画批評家出身のムバラク監督は本作が長編映画デビュー作。製作のユリア・エフィナ・バラさんはタレンツ・トーキョー2020の修了生で、本作はタレンツ出身者の企画を支援する「ネクスト・マスターズ・サポートプログラム」の対象作にも選ばれている。

主人公は、地元の有力者の大邸宅の管理を父から引き継いだ19歳のラキブ。邸宅の主である退役将軍プルナに可愛がられ、彼に傾倒していくが、やがてその暗部を目の当たりにする。インドネシアで1990年代末まで続いた独裁政権下のような緊張感が全編に漂うが、時代設定は「2017年」。Q&Aでは、この点について神谷直希プログラミング・ディレクターがまず尋ねた。ムバラク監督は「脚本に着手したのが2017年ごろだっただけで、特に意味はない。ただ、現代の設定にすることは必要でした。独裁政権が崩壊しても、同様の勢力が今もはびこり、権力構造は変わっていないということを伝えたかったのです」と意図を説明した。

物語には、監督が少年時代に感じた社会の空気も反映されているという。「僕の両親は教師です。独裁政権下の公務員だから、政権に忠誠心を抱いていました。でも、時には従い難いこともあるように見えた。そんな両親の姿が下敷きになっています」

 

『自叙伝』という題名の意味を尋ねる質問も多かった。「筋書きがわかりやすいので、題名は抽象的なものにしたかった」とムバラク監督。「『自叙伝』にした第1の理由は、僕自身の人生がヒントだから。第2は、ラキブとプルナは互いを写す鏡のような関係で、双方が相手の自叙伝のようだから。そして第3に、転換期にあるインドネシア社会の自叙伝という意味を込めています」

 

出演者で最初に決まったのは、有力者プルナ役のArswendy Bening Swara。「プルナのエネルギーが引っ張る映画なので、脚本が第2稿段階だった5年前に決めました。彼は40 年ものキャリアを持ち、僕も長年見てきた役者さんです。ラキブ役のKevin Ardilovaは撮影の 2 年前から参加してもらい、毎月1 週間かけてリハーサルを重ね、それに基づいて脚本の改稿も進めました」

撮影では、「顔」を重視した。「ワイドショットが少ないのも、顔の中に入り込みたかったから。登場人物の目を通して、それぞれの心の中を描こうと思いました。また、ミラーリング(複製)の映画だということも常に意識していました。プルナとラキブの関係は心理的な写し鏡のようなもの。この二重性をとらえるために、大小さまざまな鏡を使いました。レンズ選びも重要で、実は日本製を使っています。KOWAの1970年製のレンズ。ロサンゼルスのレンタルショップで見つけたものです。映像にちょっと歪みが出るんですが、そこがいい。ラキブの世界観や権力に対する欲望のねじれに通じるものがありました」

映画が描いたような権威主義的支配は世界各地に今も存在する。最後の質問で、それを乗り越える方策を問われたムバラク監督は「わかりません。実は、脚本を書き始めたころも疑問だらけで、その疑問を盛り込んだ結果がこの映画なんです。脚本完成から5年以上たちますが、いまだに疑問は残っている。でも、少なくともインドネシアでは人々が疑問を投げかけるようになった。そこは変化だと言えるでしょう」と締めくくった。

批評家出身らしい明解な解説に時おりユーモアを交えて受け答えしたムバラク監督。緩急自在の新鋭が次にどんなものを見せてくれるのか、楽しみに待ちたい。

文・深津純子

写真・吉田留美、明田川志保

11/2『Next Sohee(英題)』Q&A

11月2日(水)、有楽町朝日ホールでコンペティション部門『Next Sohee(英題)』が上映された。本作は、第15回東京フィルメックスで上映された『私の少女』(2014)に続く、チョン・ジュリ監督による2作目の長編作品。上映後にはチョン・ジュリ監督が登壇し、質疑応答が行われた。

登壇したチョン監督はまず、「8年前に長編第1作目を東京フィルメックスで上映していただき、また戻ってきたいと思っていました。長い時間がかかってしまったのですが、再びこの場に来ることができて嬉しく思っております」と挨拶した。

さっそく本作の制作経緯について話が及んだ。本作は、2016年に韓国で実際に起こった、コールセンターの実習生として働いていた女子高生の死亡事件から着想を得たそうだ。当時、韓国では朴槿恵大統領の弾劾問題に人々の関心が集まり、このような事件が起きていることを知らなかったというチョン監督だが、事件の取材を重ねるうちに、「これは必ず映画化しなければならない」との思いに至ったという。

前作でも主演を務めたペ・ドゥナさんを本作でも起用した理由について訊かれると、「脚本を書いているときからペ・ドゥナさんを念頭においていた」と当て書きだったことを明かしてくれたチョン監督。「物語の途中から登場する役どころを、説明することなく、観客を最後まで引き付けることができるのはペ・ドゥナさんしかいない」、「ペ・ドゥナさんが脚本を読んだだけで、私の心の中を見透かすように私がどのように撮りたいかを把握していて驚いた」とペ・ドゥナさんに寄せる信頼の大きさを強調し、ペ・ドゥナさんの出演を「とても光栄なこと」と語った。

もうひとりの主人公ソヒ役には、新しい顔を求めていたというチョン監督。助監督から紹介されたキム・シウンさんに初めて会ったとき、自分の売込みよりも先に、「これは映画にしたほうがいい、ソヒという人間を知らせたほうがいい」と熱く語る様子に惹き付けられ、ごく自然な形で彼女にオファーすることになったそうだ。

続いて、チョン監督は事実と脚色の線引きについて触れた。本作は、ソヒがコールセンターで働き始めてから死ぬまでの前半部分と、ソヒの死後に刑事が事件を調べる後半部分に分かれるが、「前半は事実、後半は脚色」と本作の構成を説明。コールセンターの労働環境は、できるだけ現場を忠実に再現したそうだ。また、「現場実習」という教育制度のもとで起こっている数々の労働問題に声を上げている関係者に敬意をこめて、ペ・ドゥナさん演じる刑事のキャラクターを構築したという。

前作と本作では、韓国語の原題に主人公の名前(前作ではドヒ、本作ではソヒ)が含まれている点や、未成年者を扱った題材である点が共通する。「2人に関連があるというわけではありません。私が伝えたいことをタイトルに凝縮しています。未成年者を扱っているのは、社会的に弱い立場の人たちを描くため」とチョン監督は答えた。

ラストシーンの演出の意図について問われると、特に指示を出したわけではなく、脚本どおりに、俳優が感じるとおりに演じてもらえばよいと考えていたという。そして、このシーンは、「ソヒとユジンの2人にしかわからないシーン、ソヒからユジンへのプレゼントのようなシーン」として脚本を書いたと振り返った。

最後に「質疑応答の時間が短くて残念です」と名残惜しげに語った監督。観客から大きな拍手がおくられ、質疑応答が終了した。

文:海野由子
写真・吉田 留美、明田川志保