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2008年11月22日 トークイベント「アンドラーデ監督の世界」

about_andrade_3.jpg 11月22日、特集上映が行われるジョアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ監督に関するトークイベントが、有楽町朝日ホールの11階スクエアで行われた。アンドラーデ監督の娘であるマリア・デ・アンドラーデさんと駐日ブラジル大使館公使のジョアォン・バチスタ・ラナリ・ボさんをゲストに迎え、作品の魅力やブラジル映画史における位置づけ、さらにイベント前に上映された『マクナイーマ』のQ&Aも含めた活発なトークが繰り広げられた。

はじめに市山尚三東京フィルメックスプログラム・ディレクターがゲストを紹介すると、ラナリさんより、日本人がブラジルに移民して2008年で100周年を迎えた節目を記念し、アンドラーデ監督の『マクナイーマ』と言う特別な作品が日本で初めて上映されたことに、感謝の意が述べられた。加えて、本作は軍事政権が支配していた当時の政治状況を巧妙に盛り込んでいること、ブラジル映画の1つのジャンルである「シャンシャーダ」というコメディ映画の俳優を多く起用して伝統を復興させたこと、さらにフランスのヌーヴェルヴァーグ、イタリアのネオレアリズモなどの影響で1950年代末から1960年代に展開された「シネマ・ノーヴォ」という映画運動の特徴である、社会意識の高い作品であるとの三点について説明がなされた。
ブラジル近代文学の金字塔と言われるマリオ・デ・アンドラーデの小説を翻案して製作された『マクナイーマ』。公開当時の評判はどのようなものだったのだろうか? マリアさんは「自分はまだ生まれていなかったが(笑)、父の残した資料によればきわめて好意的な反応だったと記されている」と述べ、シネマ・ノーヴォの運動はどちらかと言うとインテリ思考だったが、この作品では「シャンシャーダ」のジャンルのユーモアを盛り込み、民衆に近い目線を意識したことが成功の要因だったのではと推察した。一方ラナリさんは、作品に描かれる性的な題材にはフランスのヌーヴェルヴァーグの影響が強いと指摘、「女性のヌードはゴダール監督作品のような印象を受けた」と振り返った。

about_andrade_2.jpg さらに、当時のブラジルの軍事政権が映画に与えた影響にも話が及んだ。1964年に軍事クーデター、1968年にはAI5法(軍事政令5番)という、表現の自由への弾圧を強化する法律も制定されている。「『マクナイーマ』が製作されたのはAI5法成立の直前でしたが、映画が公開されるころにはすでに施行されていたので、検閲の対象になりました。軍部の人間やその家族が試写を見るのですが、監督本人は試写室に入れません。父がドアの鍵穴から覗き見たころによれば、女性のヌードや、人間の足の肉を食べるシーンなどでは、見るに絶えないというふうにみんな目を覆っていたとのことです」。検閲の結果、『マクマイーナ』はヌードシーンや暴力描写など10か所のカットが要求されたが、交渉により何とか5か所のカットにとどめたと言う。なお、今回東京フィルメックスで上映されたのは、カットされたシーンを全部修復した完全版である。「検閲の結果、最後のシーン以外全部カットされた映画もあったそうです」とマリアさんはつけ加えた。
そのような厳しい状況において製作・公開された本作には、軍部や保守勢力など、現実の世界で批判すべきものたちをカリカチュアとして登場させるシーンも含められている。この作品に限らず、表現の自由が制限された時代において、社会問題をテーマにしたシネマ・ノーヴォの作品では、メタファーを用いざるを得ない状況だったという。

about_andrade_1.jpg また、会場からはアンドラーデ監督の一連の作品についても質問が寄せられた。フィクションとドキュメンタリー双方の作品があるが、それぞれについてどのような考えを持っていたのだろうか。「『Inconfidentes』(1972)と言う作品で特に顕著なのですが、フィクションとドキュメンタリーを融合させることが好きだったようです。これはシネマ・ノーヴォの特徴でもありますが、フィクションの形をとりながら社会的・政治的問題を表現する方法です。ドキュメンタリーについても、緻密な調査を踏まえて詳細な脚本が作られ、映像化されています。今回上映される『ガリンシャ』でもナレーションが入っていますし、監督の考え方が強く反映されています。フィクションとドキュメンタリーの要素がお互いに補完しあい、混ざり合っているのではないかと思います」とマリアさん。
さらに、マリアさんには「父親としてのアンドラーデ監督」についても会場から質問が飛んだ。「父は私が9歳のころに亡くなったので、それほど多くの記憶はないのですが、子供たちには、大人と接するのと同じように接してくれたことを覚えています。冗談で、映画関係の職業に就くことは勧めない、国連で働けと言っていましたね(笑)。父は世間では堅物と言うイメージがありますが、実はすごく楽しい人で、物まねや劇などのクリエイティブなものや、人と人とを結び付けるパーティーやお祭りを好んでいました」と懐かしそうに語った。
最後には、当日21時15分より上映される『キャットスキン』と『夫婦間戦争』について触れられた。「『キャットスキン』は珠玉とも呼べるシネマ・ノーヴォの最初期の作品で、その後の作品の萌芽となる要素がすでにこの短編の中に含まれています。残虐性とユーモア、社会問題に対する意識が緻密に構成され、美しい映像作品に仕上がっています。一方、『夫婦間戦争』は後期に作られた、非常に洗練された作品。三組の夫婦のストーリーが並行して、それぞれに絡み合っていく構成になっており、シネマ・ノーヴォ全体とは毛色の違ったものになっています。地方都市を舞台に、軍事政権や暴力といったものが、個人の家庭生活に与える影響が表現されている映画です」(マリアさん)。
2006年のヴェネツィア映画祭でデジタル修復による回顧特集が組まれるなど、世界的にも独創的な作風が注目されているアンドラーデ監督の作品だけに、観衆の関心も非常に高く、トークイベントは立ち見が出るほどの盛況振りで終了した。なお、「ジョアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ監督特集〜ブラジル映画の奇跡〜」では『マクナイーマ』、『ガリンシャ』(併映『シネマ・ノーヴォ』)、『夫婦間戦争』(併映『キャットスキン』)の5作品が上映される。

(取材・文:外山香織)

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投稿者 FILMeX : 2008年11月22日 18:30


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