濱口竜介監督の『PASSION』に関するトークイベントが有楽町朝日ホール(スクエア)で行われた。立ち見が出るほどの盛況で、その注目度の高さがうかがわれた。濱口監督は今春、東京藝術大学大学院を修了したばかりで、『PASSION』は修了制作となる。「本作を観て衝撃を受けた」という、指導教官だった黒沢清監督(東京藝大大学院教授)もゲストとして登壇し、濱口監督とともに大学院の授業内容や『PASSION』の制作について振り返った。上映前ということでストーリーの核心に踏み込むような話題は避けられたが、黒沢監督のリードで、これから観る人にとって理解が深まるような内容となり、会場は大いに盛り上がった。
黒沢監督が最初に本作を観たのは今年の2月頃で、ちょうど『トウキョウソナタ』を編集していた頃だという。「学生がここまでやるの?!」と強いショックを受け、その影響は『トウキョウソナタ』の編集や音の使い方を変えたほどだという、驚きのエピソードでトークイベントは幕を開けた。
濱口監督は東京大学文学部に在籍していた頃から自主映画を制作していて、卒業後は助監督として映画制作に携わってる。助監督時代、国立で初めての映画教育機関が東京藝大大学院に創設されることを知り、また、教授が黒沢清監督や北野武監督ということに魅力を感じて、一期生の募集に応募したそうだ。しかし一期生の募集には落ちてしまい、翌年に二期生として入学と明かしてくれた。
市山尚三東京フィルメックスプログラム・ディレクターが当時の授業内容について尋ねると、「大学院なので教えるということはないです。最低限の講義みたいのはありますけど、映画を作る場を提供するだけで、ほとんど撮影をしています。学生の撮影の助監督をやったり、美術の手伝いをしています」(黒沢監督)
「たしかに撮影の時間が多いですけど、座学もありました。黒沢ゼミみたいのがあって、こんなに教わってしまっていいのかという感じはありました」(濱口監督)
黒沢監督は、生徒である濱口監督が映像に興味があるのか、または脚本や台詞に力点を置く監督なのか、最初はわからなかったそうだ。「初期の頃はどちらかに極端に偏っている作品があって、どっちにも興味があればいいけどと思ってましたが、『PASSION』を観てどちらもスゴイのでびっくりしました。台詞が洗練されていて、しかも分量が多いにもかかわらず、台詞が何もない瞬間がまたすごくいいんですね」
濱口監督は、大学院に入った当初は映像にあまり興味がなかったという。しかし「映画の持つ力みたいなものを編集で作るのではなく、撮影の段階から作っていく、ということを考えるようになったのは黒沢監督の影響」と当時を振り返りながら語った。
その後『PASSION』の制作について、黒沢監督が濱口監督に質問する形で話が進んだ。スタッフやキャストについては、「撮影・録音・編集は基本的に藝大の学生です。キャストに関しては、プロフィールを見てどんどん会いに行くようにしていたんですが、低予算で作らなければならないため、最初に脚本を送ってから(出演を)決めていただくことにしました」
濱口監督は「男女の愛」をテーマにすることが多く、その理由について黒沢監督が尋ねると「もともと生活の中の感情を扱いたいと考えてました。その中で恋愛感情が一番物語として扱いやすく、また観客の方も多くの方が反応できる感情なんじゃないかなと思っています」
「実体験に基づいてるの?」というツッコミに、濱口監督は「よく聞かれるんですけど、『PASSION』のような体験は絶対ないです(笑)。感情の中で、こういうのはある、というのは使ってますけど、エピソードとしては全くないです」と強く否定した。
「観た人は実体験に基づく体験なんじゃないかと思うぐらい迫真に迫っている。細かい部分も突いていて、きっと似たような経験をしたことがあるのだろうと思ってしまうぐらいの力がある」という黒沢監督に、「それは役者さんの力が大きいのだと思います。感情としては“ある”と思うのですが、話としてそんなに“ある”話とは思えないので、やっぱり説得力をもたせるには役者さんの力が大きいと思います」と分析する濱口監督。
東京フィルメックスには毎年日本の新人監督からの応募も多く、なかには将来性を予感させる優れた作品もあるという。とはいえ、海外の作品との差を考慮すると、残念ながらコンペティションに選べる作品はなかなかないそうだ。しかし『PASSION』に関して、市山尚三Pディレクターは、「本作は完成度が高く、コンペで十分に議論できると判断した。計算して作っているように見える一方で、俳優は即興の芝居をしているんだろうなと思わせるところが面白い」と絶賛している。
(取材・文:鈴木自子)
投稿者 FILMeX : 2008年11月23日 17:00