第10回東京フィルメックスの開会式を迎えた11月22日、セレモニーに引き続きオープニング作品『ヴィザージュ』が上映され、ツァイ・ミンリャン監督が登壇しQ&Aが行われた。上映前にも舞台挨拶を行った監督は、「どうぞ途中で席を立たれませんように」と冗談交じりに早々と“難解映画”宣言。
フランスで映画を撮ることになった台湾の映画監督を主人公に展開する今作。実はかのパリ・ルーヴル美術館より、「200名の監督の中からツァイ監督を選んだ。ルーヴルの“収蔵作品”として映画を1本撮ってほしい」というオファーを受けて撮影された作品だ。撮影に当たり、ルーヴル側からの条件は特になく、かなり自由な裁量が認められていたという。ロケ地についても、「ルーヴルで撮ってもいいし、撮らなくてもいと言われた」というツァイ監督。「同時期に製作していた米映画『ダ・ヴィンチ・コード』は相当な使用料を支払ったと聞いており、我々は無料とのお話でしたから、ならばルーヴルで撮る!と即決しました(笑)」と話す。製作を依頼されたのが2005年。それから約3年かけ、建物のあらゆる部分や収蔵品などさまざまな角度からルーヴルを観察しつくしたという。実際、ロケの約70%はルーヴルの内外で行われたというが、一目でルーヴル美術館、と認識できるカットはごくわずかだ。ルーヴルを研究するプロセスを通じて、「最も面白いと感じたのは普段は目に見えない部分だった」というツァイ監督。監督ならではの感性が選び取った風景の数々が反映された結果だったということだろう。
同作の「映画内映画」で主要人物を演じるフランスの名優ジャン=ピエール・レオさんには特別な思い入れがあるそうだ。ルーヴル美術館側から映画製作に当たっての要望を聞かれた際、真っ先に「レオさんを撮りたい!」と答えたという。ツァイ監督が大学で映画を学んでいた頃、フランスのヌーヴェルヴァーグを代表するフランソワ・トリュフォー監督の作品の中で14歳の頃のレオさんに出会い、それからおよそ20年後、自身の作品『ふたつの時、ふたりの時間』(01年)にゲスト出演をしてもらった。その時、レオさんは60歳。ツァイ監督は「(レオさんを重用していた)トリュフォー監督が亡くなった後で、その寂しさのせいか、彼は早く年老いていると感じた。早くレオさんを撮りたいと思ったが、私はフランス人でもないし、フランスで撮る理由もなかなかない。なので今回のオファーを受けた時、即座にレオさんを撮りたい!と思ったのです」と振り返る。
「レオさんの顔は非常に興味深い」というツァイ監督。「まさにフィルムのために存在しているという感じ。今回彼を撮れたのは、トリュフォー監督からの贈り物だと思っている」。
トリュフォー監督にレオさんがいたように、ツァイ監督といえば、今作でも主演を務めるリー・カンションさんがいる。「私はレオさんの年老いた顔を撮ることができた。リー・カンションとは20年来、一緒にやってきましたが、今もまだ、そしてこれからも彼を撮り続ける」と感慨深げに話すツァイ監督。監督にとってリーさん、そしてレオさんの「顔」は特別なものであり、「『ヴィザージュ』という作品によって、2人の顔をルーヴルに捧げるつもりで撮った」と語る。ヴィザージュ(Visage)とはフランス語で顔を意味する。この作品は特別な「顔」についての映画なのである。
上映前に監督自ら「難解です」と“宣告”した同作。その解釈の余地の幅広さゆえか、Q&Aでは客席からたくさんの手が挙がった。「映画というのはストーリーを追うものではなく、イメージをとらえるもの」という見解を展開するツァイ監督。個別のシーンの解釈については「無理矢理に答える必要はないですよね」と回答を避ける場面も。「私の作品は、本を読むように、何度も読むたびに違う味わいがあるものであってほしいと思っています」という。地元・台湾でもマスコミから「分かりづらい」とよく責められるそうだが、「今日分からなければ明日、明日分からなければ来年。来年ダメなら10年後。それでも分からなければ、ゆっくり分かっていけばいい。いつか分かる時が来る」という“回答術”を編み出したのだそうだ。「私は自分の作品が分かりにくいものであることを望んでいます。より人に思考してもらえるから」。
今回の『ヴィザージュ』も撮り終えて非常に満足していると話すツァイ監督。ルーヴル美術館側にも満足してもらえているとのことで、同館長は既に4回も同作を鑑賞。「見るたびに味わいが違うね」との感想を寄せられているという。同作は現在フランスで上映中。来年5月からは正式にルーヴル美術館の“収蔵品”として館内のシアターで1年間上映される。ルーヴルが映画を収蔵品として収めるのは史上初めてのこと。「ぜひ2回、3回と見て、作品への理解を深めてほしい」と語っていたツァイ監督。「フランスへ旅行する機会があれば、ぜひ足を運んでご鑑賞ください」とPRしていた。
まだ日本での配給は決まっていない『ヴィザージュ』。東京フィルメックスでは24日(火)正午より第2回の上映を行うほか、23日(月・祝)午後5時20分からスクエアBにてトークイベント「ツァイ・ミンリャンの世界」開催を予定している。世界のルーヴル美術館も賞賛するゴージャスな作品。この貴重な機会にぜひ楽しんでいただきたい。
(取材・文:新田理恵/写真:秋山直子)
投稿者 FILMeX : 2009年11月22日 22:00