11月24日、コンペティションに出品の『セルアウト!』が有楽町朝日ホールに て上映された。マレーシアからやってきたこの作品は、ヨ・ジュンハン監督のデ ビュー作で、テレビ・キャスターの女性と家電開発者の男性が主人公のブラッ ク・コメディである。随所にミュージカル・シーンが織りこまれた、斬新な作品だ。
上映前、舞台挨拶に登場したヨ監督は、「平日の昼間なのに、足を運んでいただいてありがとうございます。私は失業中ですが、皆様がそうでないことを祈ります」と言って、観客の笑いを誘ってから、「『セルアウト!』は マレーシア映画の中で最も美しく詩的な作品でも、典型的な作品でもありませんが、典型的なマレーシア人の生きかたと態度を描いています。この映画の半分本作の脚本を書きあげるまでに経験したことで、残りの半分は、映画を撮り終わってから経験することになりました」と語った。
上映後のQ&Aは、有楽町朝日ホール11階スクエアに移動しておこなわれた。立ち見が出るほど満員の観客は、市山尚三東京フィルメックスプログラム・ディレクターに紹介されて登場したヨ監督を、盛大な拍手で迎えた。
「とてもユニークな作品なので、商業的な依頼で作られたのではないと思いますが…」と、市山Pディレクターに本作を撮った経緯について問われると、ヨ監督は、「非常に大きな多国籍企業から資金の援助を受けて作りました」と意外な答えを披露した。続けて、ヨ監督は、「その企業は一般的な大衆映画を求めていましたが、私は企業のために映画を撮ると同時に、自分の個人的なジレンマを描いた作品にしたかったのです。本作が各国の映画祭で成功したことを、その企業は喜んでくれましたが、社員の中には、商業的に不充分だと考えた人もいたようです」と語った。
続いて、観客からの質問を受けつけた。作中のカラオケのシーンで共に歌いたくなったという男性が、「マレーシアの観客の中には、このシーンで一緒に歌う人がいましたか?」と訊ねると、ヨ監督は、「『歌いたかったけれど、(遠慮をして)歌えなかった』と言ってくれた人はいました。ヴェネチア国際映画祭での上映後に、観客の女性が『あのシーンで私が歌い出したら、ほかの観客に注意をされた』と言っていました」と答えた。
作中で使われた音楽は、ヨ監督が作詞作曲をしている。そのことに驚いたという女性に、音楽活動の経験について訊ねられると、ヨ監督は、「音楽は私の初恋で、ピアノや音楽理論を勉強しましたが、才能はありません。本作の音楽はピアノで作りました。皆さんが褒めてくれるのは、編曲がよいからでしょう」と謙遜した。また、作中で見事な歌声を披露した出演者たちは、プロの歌手ではないという。「出演者には失礼ですが、映像を観ないで音だけを聴くと、ひどい歌なんですよ」と、ヨ監督は冗談を言って、会場を沸かせた。
主人公たちが勤務する企業の名称は「フォニー(FONY)」である。「ソニー(SONY)をパロディ化したように見えますが、ソニー社から反応はありましたか?」という質問に、ヨ監督は、「反応はありません。本作はソニーに対する冒涜と誤解されることが多いのですが、ソニーを(揶揄の)ターゲットにしたわけではありません。マレーシアの企業は、他国の企業名と似た名称をつけることがよくあるのです。また、この会社がやっていることはまさにフォニー(phony:にせもの、いんちき)そのもの」と答えた。
本作で使われている主な言語は英語である。「マレーシアの主要な言語は英語なのですか?」という質問に、ヨ監督は、「マレーシアには主に、マレー民族、 中華民族、インド系民族の、3つの民族がいます。国語はマレー語ですが、中華民族とインド系民族は母国語も話します。マレーシアの言語状況は複雑ですが、 本作の舞台であるような大企業では、主に英語で会話をします。ほとんどのマレーシア人は英語が話せます」と答えた。
本作のブラック・ユーモアを楽しんだという男性は、同じブラック・コメディでも、たとえばウディ・アレン監督等の作風とは雰囲気が異なることに言及してから、「マレーシアではブラック・コメディの伝統があって、ヨ監督はその影響を受けているのですか?」と訊ねた。ヨ監督は、「私の知る限り、マレーシア映画の伝統にブラック・コメディはありません。人生を生き抜いていくためのひと つの道具として、私はユーモアを使っています」と答えてから、「ですが、アレン監督の作品も、(イギリスのコメディ・ユニットの)モンティ・パイソンも大好きです」と笑顔を見せた。
映画のカメラマンだという男性から、撮影に関する質問があがった。「序盤では 手持ちカメラが使われていて、展開が進むにつれてカメラが固定されました。また、色彩が統一的ではない印象を受けました。その意図を教えてください」と訊ねられて、ヨ監督は、「(登場人物としての)ヨ・ジュンハンの裏切り行為を表現したかったのです」と答えた。本作には、ヨ監督自身が実名で出演している。 更に、ヨ監督は、「手持ちカメラで撮影した、色彩的にバランスのとれていない映像は、格好をつけてアート系の映画を撮ろうとしているヨ・ジュンハンを表しています。しかし、映像は次第に、カメラを三脚に固定したものに移っていきま す。映画の後半には、クレーンや、(カメラ用の台車の)ドリーを使ってスムー ズに撮影した部分もあります。映像表現の流れを通して、ヨ・ジュンハンが商業的で一般的な映画を作ろうとしているということがわかる仕組みです。彼が自身を裏切って(sell out)、自分を売り抜いていく作業の過程が、撮影方法に反映されているの です」と解説した。
本作にはアート系の映画に対する皮肉がこめられているように感じたという男性が、「もし、自由なテーマで映画を撮れるとしたら、どんな作品を撮りたいですか?」と質問をした。ヨ監督は、「私はアート系の映画が好きですよ」と笑顔 になってから、「私はもともと文学や詩、演劇、音楽が好きでしたが、ロンドンに留学して初めて映画と出会ったときに、(私が好きな)全ての分野をひとつのメディア で表現できるのは映画だと考えました。当初は、ウォン・カーウァイ監督やツァ イ・ミンリャン監督、ホウ・シャオシェン監督のような作品を作りたいと思いましたが、彼らの真似をしても自分のスタイルにはならないと気づきました。なの で、自分の視点で映画を作ろうと、実体験と自身の感情をもとにして(『セルアウト!』の)脚本を書き始めました。この脚本を書きあげたあと、映画制作の根本に立ち戻って、自分が使える道具は(実体験と感情のほかに)なにがあるだろうかと探しました。『セルアウト!』の冒頭に出てくるヨ・ジュンハンは、格好をつけたアート系の映画を撮ろうとして失敗した私自身です。また、この映画の後半では、商業的な映画を作ろうとしている自分を描いています。次回作をどのようにして撮ろうかと、私は今、混乱しています」と語った。「でも、アート系の映画が嫌いなわけではないのですよ」と、ヨ監督は笑顔で念を押した。
残念ながら、ここでQ&Aは終了の時間を迎えた。観客の質問に対して、ユーモアを交えながら、穏やかな語り口で誠実に答えたヨ監督。撮りかたを模索しているという次回作の完成が、今から待ち遠しい。
(取材・文:川北紀子/写真:村田まゆ)
投稿者 FILMeX : 2009年11月24日 18:30