世界に向けて日本映画の多様な新作を4作品、ご紹介します。
『ユリシーズ』Ulysses ★
日本、スペイン / 2024 / 73分
監督:宇和川輝( UWAGAWA Hikaru )
この映画は3部に分かれている。第1部では、マドリードで8歳の息子と2人きりで暮らすロシア人の母親に私たちは出会う。続く第2部では、一人の日本人男性がバスク人の若い女性と知り合う。2人は共に時間を過ごし、彼女は彼を友人たちに紹介する。そして第3部では、舞台は日本に移され、若い男性がお盆の時期に実家に帰省し、亡くなった祖父の霊を迎えるための準備を祖母と共に進めていく…。本作は、そのタイトルが示す通り、ジェームズ・ジョイスの『ユリシーズ』の形式的なアイデアを取り入れた作品で、更には『ユリシーズ』が大きく依拠しているホメロスの『オデュッセイア』を大まかに翻案したものだという。ただ、無論ここではギリシャの英雄の困難な帰郷の旅がそのまま語られているわけではない。むしろここでは「家」や「帰属」といった概念を巡って各々の物語が展開されており、世界の様々な場所での日常生活の断片が曖昧さを残したまま控えめな筆致で描かれている。本作はマルセイユ国際映画祭で初上映され、続いてサン・セバスチャン映画祭でも上映された。
『雪解けのあと(仮)』After the Snowmelt(雪水消融的季節) ★
台湾、日本 / 2024 / 110分
監督:ルオ・イーシャン( LO Yi-Shan )
配給:ドキュメンタリー・ドリームセンター
本作は、ルオ・イーシャン監督の親友チュンが、2017年に恋人のユエとネパールでのトレッキング中に亡くなったことに端を発している。チュンとユエは降雪のために47日間山中の洞窟に閉じ込められたが、チュンは救出の3日前に亡くなり、ユエだけが生き残る。台湾に戻ったユエはチュンと交わした約束を、元々このネパール旅行に加わる予定だったルオに打ち明ける。生き残った者は自分の体験を語らなければならないという約束だ。その言葉に応えるため、ルオはカメラを手に取りネパールへ向かい、チュンの足跡を辿る旅に出る…。この作品は一人の若者が初めて経験する深い喪失と格闘し、その意味を探求する過程を辿るドキュメンタリーであり、同時に成長物語でもある。あくまでも主観に徹した一人称の作品だが、映像のフレーミングやその選択、そして編集のリズムにも非凡なセンスを感じさせる。親友が亡くなる前に残した手紙の使い方も効果的で、死者と生存者の間の複雑な関係を親密に浮かび上がらせていく。ニヨンの国際映画祭「ヴィジョン・デュ・レール」でワールドプレミア上映された。山形県の豪雪地で作品の構成・編集を再考するレジデンシーに参加した「メイド・イン・ジャパン」である。
『椰子の高さ』The Height of the Coconut Trees ★
日本 / 2024 / 100分
監督:ドゥ・ジエ(DU Jie)
物語は2組のカップルを中心に展開する。一人の青年は写真家の恋人を自殺で亡くしてしまうが、彼女との生前と死後のエピソードが、時間軸をずらす形で物語に織り込まれていく。もう一つの中心になるのがペット関係の店で働く女性と日本料理店で働く男性の関係を描いた物語で、料理中の魚の内臓の中に指輪を偶然見つけたことをきっかけに二人は結婚を計画するが、ハネムーンの直前に彼らの関係は破局を迎える……。本作はチェン・スーチェン、グァン・フー、ニン・ハオといった名だたる監督たちの下で20本以上の映画を撮影してきたベテラン撮影監督のドゥ・ジエの長編監督デビュー作で、脚本、撮影、編集、美術もドゥ自身が担っている。20年初頭にコロナ禍が始まった際に日本で家族と休暇を過ごしていたドゥはそのまま短編小説を日本で書き始め、そのうちの一つを映画化したのが本作だという。東京で大部分が撮影されたチェン・スーチェン監督作『唐人街探偵 東京MISSION』(2021)の主要な制作スタッフの多くが今作にも関わっている。釜山国際映画祭のニューカレンツ部門で初上映された。
『DIAMONDS IN THE SAND』DIAMONDS IN THE SAND ★
日本、マレーシア、フィリピン / 2024 / 102分
監督:ジャヌス・ビクトリア( Janus VICTORIA )
離婚して東京で一人暮らしをしているサラリーマンのヨージ。彼のことを心配してくれる母親もついに他界してしまう。意味のある人間関係は殆ど残っていないため、生きる意味がないという現実に彼は直面する。娘を養うために日本で介護士として働くミネルバとの偶然の出会いは、ヨージに自分の状況を新たな視点で見るように促す。そんな中、名前も知らない隣人の老人の腐乱死体が発見され、その死は孤独死と判定される。同じ運命を辿りたくないヨージは、用心深さを捨て、ミネルバを追ってフィリピンの首都マニラに向かうが……。孤独死という日本の現象を探求することから始まった本作は、2013年のタレンツ・トーキョー(当時はタレント・キャンパス・トーキョー)の受賞企画であり、監督兼脚本家のジャヌス・ヴィクトリアにとっては初の長編作品となる。どんな作品でも必ず光る演技を見せるリリー・フランキーがここでも抜群の存在感を発揮しており、ベテラン撮影監督の芦澤明子による、日本とフィリピンの空気感をそれぞれに映し出す映像も魅力的だ。