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2007年11月24日 11/24 『最後の木こりたち』Q&A

IMGP3545s.jpg 11月24日、『最後の木こりたち』の上映後、ユー・グァンイー監督を迎えてQ&Aが行われた。中国・黒龍江省の木こりたちをとらえたドキュメンタリーであるこの作品は、ユー監督初の長編映画で、今年7月に韓国で行われた映画祭「シネマ・デジタル・ソウル」では最優秀作品賞を受賞している。会場からは、映画の中の木こりたちの生活について、さらに詳しく知りたいという質問が相次いだ。

 林 加奈子東京フィルメックスディレクターに紹介され、舞台に現れたユー監督は、まず日本語で、「私は労働者です」と会場に向かって挨拶した。林ディレクターがこの作品を撮るきっかけを問うと、ユー監督はさっそく質問に答えてくれた。
「実は映画の舞台となっているこの山は、私が幼い頃を過ごした故郷なんです。毎年両親の墓参りでこの地を訪れる度に、故郷の環境が変化していくのを感じていました。いま中国で起こっている急激な変化に沿って、山で生活する木こりたちの生活もまた変化を迫られていたのです。そのため、何とかして彼らの生活を記録しておきたいと思いました」
 版画家としての活動も並行して行っているユー監督だが、最近はドキュメンタリー映画を撮る活動に重点を置いているという。

IMGP3554s.jpg会場からは、過酷な労働に従事する木こりたちがひと冬で得ていた賃金はどれくらいだったのか、また中国で公開された際の観客の反応はどうだったのか、といった質問が飛び出した。ユー監督はこれに対し、「ひと冬で約3千元です。ですから、映画の中にあったように、約3千元する馬を1頭でも死なせてしまうと、ひと冬の仕事が台無しになってしまいます」と彼らの厳しい生活について語ったあと、「中国ではいくつかの大学でこの作品の上映を行いましたが、東京フィルメックスの観客の皆さんと同じように、彼らもまた木こりたちの生活に同情や感動、敬意を感じてくださったようです」と語った。

 冬山での撮影はどのように行われたのだろうか。
「録音係を連れて行ったのですが、彼は山の生活の厳しさに根を上げて一週間で帰ってしまいました。ですから、撮影は私一人で行っています。しかし、大勢のスタッフを動員していたら自然な生活を撮ることはできなかったでしょう。私は彼らの仕事を手伝ったりし、生活をともにしながら、撮影に励みました」
 国が提案した森林保護の政策のため伐採を停止することになり、木こりたちにとって最後の冬となった2005年。原題には『最後の』という語は入っていないが、東京フィルメックスが付けた日本語タイトルに対するユー監督の思いにも、質問が及んだ。
「彼らが冬山で過ごす最後の年の生活を何とか記録に残そうと、私は撮影にでかけました。日本語タイトルの『最後の』というニュアンスは、これにとてもふさわしいと思っています。しかし、撮影と編集作業を終えたあと、私はこの作品をどうしたらいいのかわからず、大変に困っていました。そんなとき私の作品を海外の映画祭などに紹介してくれ、いろいろと手助けしてくれたのが、今日も会場に来ているジュー・リークンさんです」
ユー監督が客席のジューさんを紹介すると、会場からは拍手が沸き起こった。
 
 最後に、木こりたちの冬以外の生活について、また木こりの仕事を失ってしまった彼らの今後の生活について、質問が及んだ。
「彼らはこれまで、冬は山で家屋や家具の材料となる木を切り、夏は畑で農作業をしながら生活していました今後の冬は、町へ出稼ぎに出るのだそうです。また、木こりの親方は『木こりの宿』という旅館を開いていて、そこでは木こりたちが生活で使った様々な品を、観光客向けに博物館のように展示しています」
 
 一つ一つの質問に、温かく、丁寧な回答をしてくださったユー監督。「今回東京に来ることができ、とても幸せです。日本を訪れることは、ずっと私の夢でした」と感謝の念を述べる姿も印象的だった。


(取材・文:和田 真里奈)

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投稿者 FILMeX : 2007年11月24日 12:00



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