第5回東京フィルメックス デイリーニュース



11月20日(土)〜11/28(日)、開催の模様をデイリーでレポート!
※即日更新予定ですが、遅れる場合もありますので御了承ください。


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セミナー「ヴェネチア映画祭デジタル修復プロジェクトについて」
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2004年9月、第61回ヴェネチア映画祭において『Italian Kings of the B's―イ タリア映画の隠された歴史』と題した特集上映が開催された。これは、1960年代〜70 年代を中心に、ホラー、アクション、ギャングものなど、いわゆるイタリアのB級と いわれる映画を一挙31本上映した企画。その中にはデジタル修復されたものも多く、 現地で大きな話題を呼んだという。東京国立近代美術館フィルムセンターで開催され たこのセミナーでは、その特集のデジタル復元を担当した、ニコラ・マツァンティ氏 がパネリストとして登場し、映画の修復・保存の重要性や映画祭の役割など、世界の 映画産業が抱える大きな課題が提示された。





















ニコラ・マツァンティ氏は、1981年よりイタリア・ボローニャのフィルム・アーカイ ブをベースに映画の保存・修復活動を開始。以降、数百本の映画の修復を手掛け、 1992年ボローニャに、イタリア初の映画修復専門のラボラトリーを設立した。2004年 のヴェネチア映画祭の特集上映『Italian Kings of the B’s』では、スパーバ イザーを務めた。

ニコラ「特集上映『Italian Kings of the B’s』は、プラダ財団と、イタリア 文化省の助成で実現しました。これは比較的複雑で総合的な企画であり、ただの回顧 上映ではありません。この特集上映のコンセプトは、古い作品の修復と保存、そして 今まで上映不可能だった作品を上映可能にしていこう、というものです。この特集 『Italian Kings of the B’s』で、私たちは、イタリア映画史の中で見過ごさ れてきた映画の一時代を再現したのです。

ヴェネチア映画祭で開催されたことも非常に重要な点です。ヴェネチア映画祭の役割 のひとつに、年間を通して文化的な貢献をしていくという側面があります。実はここ 数年、こういった活動はあまり見られなかったのですが、今後は、こういう年間を通 した活動が増えていくでしょう。また一方でヴェネチア映画祭の活動は、イタリア映 画に限らず他の国のB級映画、未見の分野に展開していくでしょう。今後は極東地 域、日本や中国といった、ヨーロッパではあまり知られていない地域の映画を紹介し ていきたい。今回の『Italian Kings of the B’s』が、ただの回顧上映ではな いということを証明する為にも、新しい展開を続けていかなければと思います。

この特集上映が革新的だった理由のひとつに、デジタル修復がインディペンデントの 現代映画のみではなく、今まで観ることができなかった旧作の配給に貢献するだろう ということがあげられます。映画を修復して上映するだけでなく、配給やその後の展 開を念頭におかなければなりません。ですから、この東京フィルメックスが、低予算 のインディペンデント映画、デジタル映画などの製作・配給に焦点をあてたようなプ ログラムや旧作の特集上映を企画し、多彩なラインナップで展開しているのを目にし て、大変嬉しく思っています。私は、旧作をできれば高画質でデジタル修復して、世 に届くようにしたい。こういった私の使命というか考えは、たぶん世界中のアーカイ ブやアーキビストの方々と共有される思いではないでしょうか」

『Italian Kings of the B’s』の作品選定には、B級映画マニア、ホラー映画 マニアを自称する映画監督のクエンティン・タランティーノとジョー・ダンテが参加 した。

「非常に楽しく、驚きに満ちた作業でした。タランティーノとジョー・ダンテは、私 たち専門家が記憶しているよりはるかにたくさんのタイトルを次々と口にする。そし て様々な企画も出てきました。それは作品自体が面白いからだと思います。同時に彼 らは、私たちが思いもよらなかった、それらの映画や作られた当時のイタリアの状況 に対して、新たな解釈を加えてくれたように思います」

市山プログラム・ディレクター「ヴェネチア映画祭には日本のプレスの方も大勢いら してましたが、やはりコンペティションが中心で、なかなか他の上映で日本人の姿を 見つけることが難しかったんですね。その中で、コンペに出品された『珈琲時光』の 配給の松竹のプロデューサーである山本一郎さんが、このB級映画の特集に通ってら した。それでこの場にお呼びして、『Italian Kings of the B’s』がどういう 状況で開催されていたのかを、ちょっとお話していただこうと思います」

山本「特にイタリア映画に造詣が深いというわけでもなし、観たのもたった4本なの で、ここでお話するのは恥ずかしいんですけど……。それに、これは市山さんに勧め られたから観に行くことにしたんですよ(笑)。でもやはり“B”というのは興味を そそるモノがありまして。

修復に関してちょっと思ったんですが、修復、と聞くとモノクロとかサイレントとと か、そういう大変古い時代の作品を想像してしまいます。でもこの特集のプログラム が70年代と80年代中心、と聞いて、私が1963年生まれで、その年代近辺の作品が既に 修復の対象になっている、ということに非常に驚きました。例えば松竹の作品、昨年 小津安二郎生誕100年で特集上映をこのフィルムセンターで開催しましたけど、松竹 には映画がマスターポジや16ミリフィルムで保存されていて、35ミリフィルムで保存 されている状況ではなかったり(小津作品は1920年代後半から60年代前半)。そうい う状況を考えると、70年代の作品がもう修復の対象になっているのか、という、驚き と納得両方の感慨を感じました。

私は松竹に入社して10年ですが、あと10年経ったら90年代の映画を修復するのか、とか ということも考えてしまって。とすると、新作として『珈琲時光』をヴェネチア映画 祭で上映していただいたんですが、10年後にこの作品を修復しなくていい状況にする にはどうすればいいのか、ということも考えてしまいました。

それで『Italian Kings of the B’s』なんですが、ほとんどが夜中の上映で、 早くても22時、遅い場合は24時半開始でした。私が観たのは『狂った蜜蜂』(1969) 『群盗荒野を裂く』(1967)、『地獄のバスターズ』(1982・日本未公開、TV放映 題名『V-2ロケット強奪大作戦』)、『食人族』(1979)の4本です。『地獄のバス ターズ』の時のことなんですけど、開場20分位前に、突然タランティーノ監督が『地 獄のバスターズ』の監督らしき人と現れて、劇場の前で待っている20人位のお客さん に向かって、マエストロ、と言って、その(エンツォ・G・)カステラッリ監督を紹 介したんです。それで座っていたお客さんが拍手をして。そして開場になり、ふたり の簡単な挨拶があって上映が始まりました。そんな感じで、始まる前からワクワク感 がありましたね。観客層もコンペとはかなり違っていたような印象を受けました。行 けば必ず座れましたし(笑)、好きな人だけが集まっている、とういう雰囲気が私に とっては、非常に居心地がよかった。

市山「僕はルチオ・フルチの『マッキラー』(1972・日本未公開)を観に行ったんで すけど、やっぱりタランティーノも来ていて、場内で突然サイン会が始まってものす ごい盛り上がりを見せたりしたこともありましたね。その時、タランティーノは顔見 世で来てるんだろうと思ったら、そのあと延々1週間くらい毎日会場に現れていまし た。しかも、信じられないのは、『食人族』にもタランティーノは来ていたと言うん です。というのは、『食人族』はクロージングの日の24時からの上映、つまりヴェネ チア映画祭の本当の最後の上映だったんです。タランティーノは当然クロージング パーティにも招待されてるだろうし、セレモニーも出席しなきゃいけないような人な のに、全てほったらかして『食人族』を観に行っていた。ホントに素晴らしい監督で す(笑)。

山本「コンペに出品した『珈琲時光』は残念ながら賞をいただけなくて、それを知っ た瞬間に、私は『食人族』を見ることにしたんです。でも、すごく気持ち悪い映画 で、観たことを後悔しました(笑)。でもそのときもタランティーノは当然のように、 『食人族』の監督と会場に来ていて、上映が始まると、誰も笑わないようなところで 笑ったりしていましたよ。後で、同時間にクロージング・パーティがあったことを聞い てびっくりしたんですけど」

市山「話をデジタル修復に戻しましょう。再びニコラさんに伺います。今回の 『Italian Kings of the B’s』では、フェルナンド・ディ・レオ監督(タラン ティーノが師と仰ぐB級ギャング映画の巨匠)の作品など、ハイ・デフィニション (=ハイビジョン)で修復されたと聞いています。これは従来の修復と比べてどのよ うに違うのでしょうか」

ニコラ「既存の修復に関してはいくつか問題がありました。今まではニュープリント を焼く、インターネガやIPといったものが介在する、フィルムを通した修復だった んですけど、問題は非常にお金がかかるということです。カラー映画を修復するの は、私たちとって悪夢のような仕事です。お金がかかり、過程も非常に複雑で、多く の場合不可能な作業だったんです。

それにプリントが1本あったとしても、1本だけでは上映の機会が限られてしまいます から今まではプロデューサー、権利者は、修復に投資をしようという考えにはなりま せんでした。でも今回の特集では、映画祭ばかりではなく、プロデューサーや配給会 社が資金を提供して修復されたものがあります。というのは、最近の傾向として、デ ジタルコピーを使って、DVDやTV放映など、上映の次なる展開が狙えるからで す。その場合はマスターをハイビジョンにしていくべきでしょう。今までやってきた スタンダードなフォーマットより、同じ2万ドルを出すならハイビジョンの方がいい だろうと考えられています。

同時に上映設備もデジタルに取って代わってきている。ハイビジョンマスターを使っ た上映、つまりDLPプロジェクターを使った投影は、フィルムで上映する形に非常 に近い、場合によってはフィルムより優れた画質の上映が可能です。私たちは、修復 において配給の可能性を追及するべきです。DVDやハイビジョンテレビというメ ディアが、今後配給の機会として開かれていかなければならないと思います。

その他に、修復規模の問題があります。既存の方法で映画フィルムを修復していく と、せいぜい1年間に100本くらいしか修復できません。私はブリュッセルやロサンゼ ルスで多くの仕事をしていますが、ロサンゼルスでは6千万フィートもの素材が、ま たブリュッセルでは7万本もの劇映画が修復を待っています。世界中で修復を待って いる、観られるべき映画が数多くあることを考えると、規模の大きさを兼ね備えた修 復プロジェクトが、ひとつのモデルとして検討・企画されるべきだと思います。

それから、修復には今まで観ることが出来なかった作品を新たに映画の歴史家に提供 し、研究の機会を与えていく、という文化的側面もあります。修復される数が少な い、ということはそういった文化的な貢献の場が少ない、ということです。例えばフ リッツ・ラングの『メトロポリス』(1926)は10年間に4回も修復されました。ルキ ノ・ヴィスコンティの『夏の嵐』(1954)は10年間に4回も修復されています。私た ちに修復されて届けられる映画は同じ作品ばかり、つまり研究されていた映画の種類 が増えていないのです。私はイタリアの映画史においても、既に知られている歴史の 向こう側に行かなければいけないと思っています。もちろん、いたずらに数多く修復 すべきだと言っているわけではありませんが、多くの作品を修復できる、ということ は研究の機会が増える、ということなんです。

B級映画というと、映画史の中でも低い価値しかないように見なされてきました。し かし、『Italian Kings of the B’s』で作品が上映された、リッカルド・フ レーダや、フェルナンド・ディ・レオ、ヴィットリオ・コッタファーヴィなどは、A 級の作品を作っている監督ではないかと思います。彼らはB級と呼ばれる映画を作っ ていますが、イタリア映画のマスターと言われています。B級映画の歴史を低い価値 に見なすのは、まるでサミュエル・フラーがアメリカ映画のマスターではない、と言 われることがあるという状況に似ています。しかし、そういった素晴らしいB級と呼 ばれる映画が、まだまだ世間に知られていない。タランティーノはビデオで、ジョー ・ダンテはフィルムでこの作品を観ていました。しかしそれに続く世代の誰もがこの 作品群を観ていない。イタリア、世界中の他の国でも同じ状況だと思いますけど、ま だまだ知られていない作品が数多くあるんです」

市山「先ほど、来年度は中国・日本のB級映画特集を企画している、とおっしゃいま したね。実際ヴェネチア映画祭のクロージング・セレモニーでも、ディレクターのマ ルコ・ミュレール氏が宣言してらっしゃいました。非常に興味を惹かれるんですが、 具体的にはプロジェクトはどどのあたりまで進んでいるのですか?」

ニコラ「マルコ・ミュレールと私の意見は一致しています。次は東に向かおう、と。 アジア映画は世界の映画史の中でとても重要な一部分です。ヨーロッパでアジア映画 の旧作が観られることはほとんどありませんから、ヴェネチア映画祭はいい機会だと 思います。マルコはアジア映画史に詳しいですし、また愛していもいます。私もその 愛を共有していますので、それだけでも極東の方に関心を向けるのは十分な理由では ないでしょうか。現在の段階は、スポンサー固めの終盤に近づいていまして、そろそ ろ作品選考に入ろうかと思っています。皆様にはよくご存知の作品ばかりで面白くな いかもしれませんが、ヨーロッパにとっては非常に重要な特集上映になります。日本 以上に知られていないアジアの諸国もたくさんありますので、それらの国の作品を紹 介していくのはとても重要なことです」

市山「実は日本でもB級映画を観ることは決して簡単なことではありません。特に新 東宝という会社が怪談映画の優れた作品をたくさん作ってきて、以前は私は大井武蔵 野館で観ていました。正直言って特にカラーの作品はプリントの状態も決して良くな いし、十数年前の状態ですから、どんどん退色しているんではないか、今、修復作業 をしないと、どんどん悪くなるばかりだという気がしていました。しかも大井武蔵野 館が閉館してしまって、今それをプリントで観ることは非常に難しい。DVDになっ ている作品もありますが、それも元々があまり良くない状態のものですから、公開当 時のような状況ではないんじゃないかなと思いながらいつも観ているんです。そう いった作品が例えばヴェネチア映画祭を機会に修復されて紹介されるとなると、それ は逆に日本人にとっても、公開当時の形で観ることが出来るいい機会になるんじゃな いでしょうか」

ニコラ「ヴェネチア映画祭で、今後特集上映がどのように企画されるかということに かかっていますね。先ほども言いましたように、私は『Italian Kings of the B’s』を一回限りの回顧上映で終わらせたくないわけです。非常に重要だと思われ るのは、この『Italian Kings of the B’s』プログラムをツアーさせて、上映 される機会を増やしていくこと、配給を支援していくことです。これはイタリア映画 だけではなく、日本映画、中国映画に関しても同様です。配給、ということに関して 言えば、現在の配給システムは、新作、しかもブロックバスターといわれるような商 業的な大作映画を対象にしたシステムです。インディペンデント映画、古い作品、な かなかスクリーンで観ることができないものを配給するようなシステムではありませ ん。私は大学で教えることが多いんですけど、学生の若者たちに、彼らが聞いたこと がないような世界の話、つまり存在さえ知らない映画の話をしている。その過去の映 画を見る機会もないままに、彼らはこの話を聞かなければならない。現実はなかなか 観ることができない、仮に観ることが出来ても非常に品質の低い画質でしか観られま せん。修復というのは、それを観られるようにするという、大変大きな作業です。映 画祭というのは、この大きな作業のひとつのコマでしかありませんが、機会はどんど ん増やしていく必要があると思います」

会場の参加者からの質問「『Italian Kings of the B’s』は、実際にこのヴェ ネチア映画祭の後で、上映予定はあるのでしょうか」

ニコラ「現在私が知ってる範囲でお答えしますと、このプログラムの全作品プラスい くつかの作品を加えたものを今度ミラノで上映します。それからこの企画全体、ある いは一部、大部分をアメリカで上映するという話も出ているようです。そして配給と いうことではないんですけど、このデジタル修復された作品が、全てDVDにもなり ます。スクリーンではありませんけど、全てが人に観られる形になるわけです」

市山「ヴェネチア映画祭の方から、ミラノで12月に上映会があるので、今回お貸しし たデジタル映像を上映が終わったらすぐ返して欲しい、という連絡がありましたので 間違いありません」

質問「カメラをやっている者なんですが、何年か前にこのフィルムセンターで、世界 のアーキビストが集まって、修復のことを話されたシンポジウムがありました。その 時に、デジタル技術を使うということは素晴らしいことなんだけど、やはりネガを残 すべきではないか、必ず最終的にネガを1,2本きちっと残すべきではないか、という 議論があったんです。実際に修復作業をやってらっしゃって、そこのところに関して は、どうお考えですか?」

ニコラ「世界中のフィルムアーカイブから新しいアプローチや考え方が出ています。 オリジナルのフィルム素材を保存して、そのオリジナルを保存するために、配給や上 映はデジタルでやっていこう、という考え方です。プリントでもネガでもきちんと保 存すれば長年もつんです。例えば0度ぐらいの低温度と35パーセントの湿度の中で保 存すれば、こういったプリントは500年くらいは問題なく保存できるといわれていま す。しかし、このように冷凍されたフィルムというのは、上映することはできません よね。そこで平行してデジタルで配給していく、ということが重要になっていくんで す。ここでハッキリ申し上げなければいけないのは、デジタルが保存に取って代わる わけではありません。同時に存在することがとても重要なんです。つまり巨大な冷凍 庫のようなものを持ちながらも、一方でデジタルで配給していく、デジタルっていう のは楽をするためにあるわけではありません。保存をショートカットというか、無視 して先送りしてしまうためではなく、技術的な問題、経済的な問題、文化的な問題、 様々な理由からデジタルとオリジナル、両輪を同時に抱えた戦略として修復を考えて いかなければならないと思います」

(取材・文/上原千都世)




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