第5回東京フィルメックス デイリーニュース



11月20日(土)〜11/28(日)、開催の模様をデイリーでレポート!
※即日更新予定ですが、遅れる場合もありますので御了承ください。


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トークショー「映画作りの現場から〜キャスティング・ディレクター奈良橋陽子氏」
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 「ラスト・サムライ」をはじめ日本人俳優が出演しているハリウッド作品で、キャスティング・ディレクターを務めている奈良橋陽子をゲストに迎えた、このトークイベント。奈良橋はフィルメックスの林加奈子ディレクターとは旧知の仲で、初監督作「ウィンズ・オブ・ゴッド」を世界の映画祭に出品する際、その窓口となったのが林ディレクターだったという。今回は、その恩返し的な意味合いをこめて(?)、トークイベントへの出演をみずから志願。ここではキャスティング・ディレクターとしての奈良橋の仕事を紹介するとともに、ハリウッドも注目する日本の俳優の選択について、なかなか耳にする機会のない貴重な裏話を聞かせてくれた。













「奈良橋さんは現在撮影中の「メモワール・オブ・ゲイシャ(邦題「さゆり」)」でもキャスティング・ディレクターとして活躍中です。日本とアメリカのキャスティング・システムの違いや、キャスティング・ディレクターという仕事の範囲をうかがってみたいと思います」

奈良橋「アメリカの場合、映画産業が大きいですね。英語を話せる役者となるとアメリカだけでなく、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド…世界中から役者を探せるんです。ただ、ひとりの監督が“こういう女優が欲しい”という場合、ひとりで世界中の候補者を見て回るのは難しいですよね。そこでキャスティング・ディレクターが必要になる。この仕事は映画業界では、比較的新しいものです。私の大親友で先輩のジェーン・ジェンキンスさん…「アポロ13」「ビューティフル・マインド」を手掛け今度は「ダ・ヴィンチ・コード」の映画化に関わります…その方は今はもうキャスティング・ディレクターのヘッドという立場にいますが、それでもこの仕事がシステム化されているわけではありません。とはいえ、今となっては映画作りには、ないと絶対に困る仕事です。ディレクターが、あらゆる可能性を探ったうえでベストを選ぶというのは、映画作りではとても大事ではないかと思います。どういう人がいいかを監督の方から希望を言ってくる場合もありますが、キャスティング・ディレクターが監督に、こういう人もいいんじゃないかというアイデアを提供することもあります。私が今まで海外でやってきたことは、“こういう人が欲しい”といわれ、有名だろうと無名だろうと関係なく、人材を紹介することでした。幸い、今まではよいかたちで紹介できています。この仕事は、私もジェーンもそうなのですが、演技や演出の経験があるほうがやりやすいかもしれません」

「具体的にはどうでしょう? 公募をして、書類選考をして、オーディションをしていく、と?」

奈良橋「そうですね。」

「そのときはまだ、監督は介在していない段階ですね」

奈良橋「そうです。そこで絞っていって。第一推薦、第二推薦というふうに分けます。「ラスト・サムライ」では渡辺謙さん、小雪さんは第一推薦でした。福本清三さんは、最初の選考には入っていませんでしたが、誰かいないかな、というときにたまたまTVを観て“彼だ!”と思い、オーディションしてビデオを撮って…という推薦の仕方でした。演出側からみれば信頼できる、選べる人がいるのは話しが早いですよね。監督によってはチョイスが欲しい人もいます。そういう場合は“この人だ”と思いながらも、もう一人候補を立てますね。「ゲイシャ」は「シカゴ」のロブ・マーシャルが撮っていますが、彼もそういう監督でした。昨日、現場でお会いしましたが、「ゲイシャ」には私もちょっとだけ出演しています(笑)。変装しているので、ほとんどわからないと思いますが」

「キャスティングは面白いと思います。今回の映画祭には俳優のウド・キアーさんもいらっしゃってくれたのですが、上映された「ナルシスとプシュケ」の相手役には、実はマリア・シュナイダーさんが挙がっていたのですが、現実には違う女優さんが演じている。昨日上映した「懺悔」のソン・イルゴン監督は、俳優としても活躍してらっしゃいますが、実はキム・ギドク監督の「悪い男」で“主演をやってほしい”と言われたというお話もうかがいました。私たちは出来上がった映画しか拝見する機会がありませんけれど、キャスティング・ディレクターはできるまえにイマジネーションを膨らませて、“あの人はどうだろう、この人はどうだろう”と、良い意味での妄想を繰り広げなければならないですよね。で、結果はこういうかたち、というのが完成版なのですが、それを決めるまでも大変でしょうが、決まっても日本人の場合は、じゃあ現場でどうするのか、という問題もあると思います。とくに言葉の問題はありそうですが…」

奈良橋「キャスティング・ディレクターは、本来はキャスティングが決まれば仕事は終わりなんですね。「ラスト・サムライ」の場合は、トム・クルーズの出演が決まる前から監督と会っていて、これだけ多くの日本人の役者さんが出るわけだから、日本語の問題もあるし、演技の問題もありますから、ずっと彼にくっついてました。プロモーションまで手伝いましたから、この映画に関しては最初から最後までやりましたね。「メモワール・オブ・ゲイシャ」は実は5〜6年前からキャスティングは始まっていましたが、スピルバーグが降りたことで企画が一度止まったんです。結局ロブさんがやることになって、それで改めてキャスティングが行なわれました。今の段階では渡辺謙さん、役所広司さん、桃井かおりさん、それに11歳の女の子がヒロイン、さゆりの幼少期の役で出演しています。その4人をキャスティングして、さあおしまいというわけではなかった。今回も現場では演技的な部分や、もちろん通訳としても協力しています」

奈良橋「キャスティングの仕事で大事なことは二つあります。まずシステム。日本ではキャスティング・システム自体が古い。アメリカのやり方がすべて良いとは言いませんが、アメリカには良いキャスティング・システムがあるのも事実で、それを日本でも取りいれられないかな、と考えています。アメリカではメールで“こういう人が必要だ”という告知がなされて、それが行き渡るシステムがあります。役者志望の方が登録をしておくと、その告知が届き、そこから自分で希望を出す。そうなると、有名でも無名でも出演できる可能性が出てきます。30年ぐらい前から、そういうシステムがあって、ジェーンも、日本でそういうシステムを取り入れられないかな、と。日本の場合は事務所を通したコネが多くて、非常に狭い世界でキャスティングが行なわれています。」

「日本では、そういうオープンなシステムはまだないですね。それぞれのプロダクションがインフォメーションを抱えている。そういうネットワークだからこそ、“事務所の力”というのが出てくるんでしょうね」

奈良橋「そうそう。このアメリカのやり方なら、役者のマネージャーの負担も軽減するという点でも便利だと思います。3年ぐらい前から、それを作ろうとしていますが、今は他の仕事が忙しいので、ひと段落したら、ぜひやりたいと思います」

「役者みずから意思を表明できる場所があるのは素晴らしいですね。日本ではタレント名鑑を見て、“どうしよう、どうしよう”という感じですが…」

奈良橋「タレント名鑑と併用して、使っていきたいですね。ただ、タレント名鑑は毎年の、写真を変えていない場合があるじゃないですか。私の場合は、けっこう写真から得るものがあるので、それではちゃんと判断できないんですよ」

「アメリカのシステムでは、登録者は写真もデータとして提出しているんですか?」

奈良橋「そうです。すべてデータが取り出せる。まず、その段階から楽にやっていけるんです。だから仕事が早いんですよ。日本の場合、オーディション情報が行き渡るのに時間がかかる。新聞に出せないし、月刊誌ではどうしても時間がかかります。やっていて、かったるいんですよね。このサービスができれば情報が絶えず入ってきますから。「ラスト・サムライ」のときは、たまたま同時期に「キル・ビル」「ロスト・イン・トランスレーション」があって、日本を舞台にした映画が同時期にきたから、日本の役者に対する注目度が上がりました。あれ以来、ハリウッドは日本に対して意識を向けるようになっています。なので、ぜひそういう体制を作っておきたい。毎回メディアをとおしてオーディションを公表するのも大変ですし、事務所に所属していなくても素晴らしい役者はいるわけですから。今、私は「21g」のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリドゥ監督の次回作に携わっていますが、あの監督の映画は、いろんなストーリーをまぜこぜにして、最後にひとつにするという手法をとっています。次回作ではそれを国際的にやろうとしています。そこで、日本人で耳の不自由な女性を演じられる若い女優を探しています。実際に耳が聞こえない女性でもかまいません。有名・無名は関係ない。監督の「アモーレス・ペロス」のガエル・ガルシア・ベルナルのようなパッションのある人。他にも、警官等の役者を募集しています。詳しくはUPS(注:奈良橋主宰の事務所)のホームページでも出ています。これもさっきのシステムがあれば、役者志望の方に行き渡るんですが」

奈良橋「もうひとつ、システムのほかに大事なのは、やはり役者の演技。真実からの演技ですね。自然にやろうという姿勢が見えちゃうと、またダメなんですよ。演技は簡単にできると思われる方もいると思いますが、大変なことですよ。私のやっている演劇学校UPSアカデミーというのがあって、卒業公演がもうすぐありますが、ここでは自分自身をすべて使って演技をすることを教えています。そういう演技はオリジナルになってくるんですよ。どこかでみたような演技を真似するのではなくて、もっと自分を使ってもっと想像して、もっと凄いものを提供していかないと、観客に訴えるような存在感にはいたらないと思います。もちろん才能もありますが、本当に役者になろうと思ったら、徹底的に訓練して、それを身につけたら、今度はそれをすべて破っていくような感じですね」

「訓練というのは肉体だけじゃないですよね」

奈良橋「ええ、繊細にもなるし、敏感になるし、相手を気にするようになります。勝手に演技をするのではなく、相手のことを考える、そういう勘の鋭さも必要ですね。やっぱりアートにしていかないといけないと思うんですね」

「オーディションのとき、具体的に何がポイントとなるのですか? この人だ、と決めるまでには、どういう道筋があるのでしょう?」

奈良橋「それは自分の勘ですね。面接して、話をしていくうちにこれだと思うこともあるし。出会ったときに、この人だ!ということもあると思います。決まった道筋はないですね。画面を見たときに“もっと観たい”と思わせる力がある、かですね。その人が持っている生命力とか、やっていることにリアリティがあるとか、そういうことですね」

「時間も迫っているので、会場の方からご質問があれば、どなたかいらっしゃいますか?」

Q1「「メモワール・オブ・ゲイシャ」に主演しているチャン・ツィイーについて、奈良橋さんから見た彼女について教えてください」

奈良橋「私は彼女は、キャスティングしていません(笑)。ロブはブロードウェイで振り付けもしていますが、チャン・ツィイーはダンサーでもあるんですよ。ダンサーであり、演技もできるので、ロブは美を感じたのでしょう。日本人独特のおしとやかさを持っている女優は、今回のキャスティングでは損をすることになりました。ロブには他に求めるべき強いものがあったから、彼女に決まったということでしょう」

Q2「オーディションを受けた日本の女優さんが選ばれなかったのは、どういう理由からでしょう?」

奈良橋「やっぱり迫力かな。コン・リーさんを見ればわかると思いますが、彼女は強いですよ。そこにいるだけで“ゴーン!”とくる感じ(笑)。あと、ぜひ期待していただきたいのは桃井かおりさんの演技ですね。彼女はアーティストですよ。本人が飛び込んで、この役に入ったので、大変だったと思いますが、とてもがんばっていますよ」

Q3「映画のオーディションのときに、ビデオを撮って送る場合がありますが、そのときに自分自身をアピールするためには、どうしたらいいでしょう?」

奈良橋「自分が持っている存在感を、演技力を通して出すしかないですね。役というのはケースバイケースだから“とても良くても、この役には合わない”という例はたくさんありますよ。監督の好みや趣味に合わないこともあります。ただ、忘れないで欲しいのは、“ひとつオーディションを落ちたぐらいヘッチャラ!”という気持ちで、強くなってほしい。別に人間を否定されたわけではないすから。本当にやりたいなら、何度も何度も受ければいい。諦めずに」

(取材・文/相馬学)




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