第5回東京フィルメックス デイリーニュース



11月20日(土)〜11/28(日)、開催の模様をデイリーでレポート!
※即日更新予定ですが、遅れる場合もありますので御了承ください。


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「山中常磐」羽田澄子監督 Q&A
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第5回東京フィルメックスの審査員、羽田澄子監督の最新作『山中常盤』。これは、 17世紀前半に作られた全12巻の絵巻『山中常盤』に描かれる物語を、朗々とした浄瑠 璃の調べに乗せて映し現代に蘇らせた、出色のドキュメンタリーだ。老人問題など数 多の秀作ドキュメンタリーで知られる羽田監督の作品だけに、午前中の上映にもかか わらず会場には大勢の観客が詰めかけた。美しい絵巻の世界を堪能した後のQ&Aで は、重要文化財の撮影という、特殊な作業の一部始終が明かされ、観客は興味津々で 聞き入っていた。















まず、林加奈子ディレクターが「まさに映画でないとできない試みです。この絵巻物 を最高の形で見るための、羽田さんの“わざ”を堪能させていただきました」という 感嘆まじりの挨拶のあと、重要文化財の撮影に関して、様々な条件や苦労があったの ではないか、という問いを羽田監督に投げかけた。

「私は東京国立博物館で、近世の風俗画や、法隆寺の宝物など、いくつかの文化財を 撮影してきました。文化財を撮影する時に一番気をつけなければならないのは、撮影 時に傷つけたり痛めないように、映画のスタッフは文化財に一切手を触れない、とい うことなんです。では手を触れずにどうやって撮影するか。映画では物語の内容に 添って、絵巻を移動して見せていますよね。普通、映画の移動撮影は、カメラを移動 車の上に乗せて移動させますが、今回の撮影ではカメラは全部固定してあります。絵 巻をレールを敷いた台の上に乗せて、それを静かに静かに動かします。その作業はも ちろんスタッフではなく全て学芸員が行います。撮影の手順などは、12巻全て複製を 作って、それを元に指示を出しました。

それから、ライトが当って絵の具が痛むと大変ですから、ライトの熱線が絵巻に当ら ないように、カメラには全部、熱線吸収フィルターをつけています。また直接ライト を当てず、全部反射光で撮る。基本的にはそのような心遣いをしています」

『山中常盤』は、母・常盤御前を惨殺された源義経こと牛若丸が、その復讐を遂げる までの物語。映画では、絵巻の1巻から12巻までの細部を余すところ無く丁寧に映し 出す。静止画でありながら、そこに描かれた人物の気持ちまで映し出しているような 気になるのは、この映画のために作曲されたという浄瑠璃が重要な効果をもたらして いる。その浄瑠璃と映像を合わせるのは難しかったのでは? という質問があがった が、その答えの前に「ちょっと話が長くなっちゃうんですけど」と前置きし、羽田監 督はこの映画の企画が、実は30数年前から進行していた、という事実を打ち明けた。

「この映画の冒頭に出てきますが、1967年に近世初期の風俗画の映像を撮ったとき、 絵を撮る面白さに目覚めまして、1984年に熱海のMOA美術館で、この『山中常盤』 の撮影の許可をもらったんです。でもその後、他の仕事で忙しくなってしまって、実 際に絵巻を撮影したのはそれから8年後の1992年。12年前に絵巻の撮影そのものは終 わっているのに、また忙しくなり、やっと一昨年の暮れから取りかかり、昨年、絵巻 以外のシーンを撮影してまとめた、というのがこの作品の長い長い(笑)歴史です。

ここでご質問にあった、映像に浄瑠璃をどうつけるか、ということですが、これは非 常に難しい問題でした。ことば書きは絵巻の中にあるんですが、浄瑠璃の曲そのもの は全く伝承されていないんです。そこで鶴澤清治さんに作曲していただくことになっ たのですが、なにせどの程度の浄瑠璃がつくのか、ということは全然検討がつかな い。私がざっと編集した映像を鶴澤さんに見せて、彼に浄瑠璃を考えていただく。こ のやりとりを何回もしました。通常は出来上がった画にピッタリ収まるように音楽家 が音楽をつけてくれるわけですが、浄瑠璃はその時の語りのテンポがありますから、 編集に合わせて曲を作ってもピッタリ収まったりなんかしないわけです。その浄瑠璃 を聞いて私がまた再編集する、そのやりとりを半年以上繰り返しました。私も長年映 画を作っていますが、こういう形の映像編集は初めてです」

次にある観客から、「英語字幕が気になるので字幕は無し、もしくは日本語字幕つき で上映していただきたい」という発言が。東京フィルメックスが国際映画祭である以 上、英語字幕は必須なのだが、この発言に対して、羽田監督は、浄瑠璃の言葉がわか らない人のために日本語字幕をつけなければいけないかもしれない、と字幕に関して は検討すべき点がある、と述べた。

「「私はもうさんざん聞いているのでわかるのですが、やっぱり何人かは始めのうち 何を言ってるのかさっぱりわからない、という方がいらして。でも日本語なんだか ら、この言葉がわからないほうがおかしい、という意見もあり、この問題は今後の上 映に際して我々の課題となっています」

もうひとつあがった質問は、絵巻の作家、岩佐又兵衛の母を映像で見せた点につい て。母を惨殺された牛若丸同様、又兵衛も自分の母を処刑されるという悲しい過去が ある。歴史ドキュメントの再現映像のような印象を持ってしまう瞬間があった、とい う観客に対して

「確かにそういうご意見の方も何人かいらっしゃると思います。この映画の構成を、 何十年っていうのはオーバーですけど、私はずっと考えてきました。絵巻そのものが 面白いというのはもちろんなのですが、作者の岩佐又兵衛という人物がまた面白い。 もっと又兵衛に重点を置いた構成を考えたこともあったんですが、あんまり又兵衛の 話に重点を置くと、じゃあ巻物はどうなるんだ、という話になって。その辺のバラン ス感覚は難しかったです。ただ又兵衛の母親に対する気持ちを表現したい、とは最初 から考えていました。だからああいう画はいらないっていう話もありますが、わたし はいらなくても入れたい(会場笑)。」

『山中常盤』は、2005年4月23日から29日まで、神保町・岩波ホールで上映が決定し ている。もし、この異色美術ドキュメンタリーを目にすることがあったら、丁寧な画 作り、そして浄瑠璃と美しい絵巻のコラボレーションをぜひ体験してみて欲しい。

最後に気になる次回作について。『住民が選択した町の福祉』(1997)、『問題はこれ からです』(1999)で取り上げた、最先端の福祉で知られた秋田県鷹巣町が、町長の交 代によって今まで築いてきた先進的福祉システムが何と崩壊寸前なのだとか。そのレ ポートをまとめた作品を近々発表する予定だと発表した。トップが交代しただけで崩 れてしまう、由々しき日本の福祉の現状と政治システムに警鐘を鳴らし、時々刻々と 変化する老人問題に問題提起をし続けるつもりだと宣言する羽田澄子監督。

「絵巻物の次回作が老人問題、と言うとビックリされる方がいらっしゃいます。その 逆もしかりですが、このふたつは、私の中では常に共存しているテーマなのです」

年を重ねるごとに精力的になるその活動ぶりをうかがい、感服することしきりのQ& Aであった。

(取材・文/上原千都世)




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