東京藝術大学の創立120周年を記念する事業の一環として、日本と韓国の学生が「Love or Misunderstanding」をテーマに共同で制作した映画2本の上映と、「アジア映画の未来」を話し合う日韓交流シンポジウムが行われた。今回の共同制作のように、近年アジア各国の間で合作などの交流が盛んになってきているなか、日韓の映画業界を牽引するパネリストたちが、アジア映画の現状と展望について議論を交わした。
上映された2本の短編は、東京藝術大学大学院映像研究科と韓国映画アカデミーの学生が、それぞれ日本人学生と韓国人学生の混成チームで制作したもの。日本人監督による『覗』は韓国で撮影された。仕事でソウルにやって来た日本人の男がホテルでテレビをつけると、同じホテルの別の一室にいるらしい女性が映し出される。奇妙な状況に引き込まれていく男に訪れる衝撃の展開とは…。韓国人の監督で、日本を舞台にした『消えない』は、雇い主のもとから何度も逃げ出そうとする韓国人デリヘル嬢と、彼女の監視役をする日本人ユキの物語。どちらの作品も、すれ違い(Misunderstanding)から相互理解(Love)へと至るコミュニケーションの過程を描いたものになっている。
上映後の舞台挨拶では、『消えない』のビョン・ビョンジュン監督が「現場では日韓のスタッフがコミュニケーションしながら映画を作りました。辛いことも楽しいこともたくさんありました。それが反映されていれば嬉しいです」と語るなど、作品に与えられたテーマは2か国の学生が混在するなかでの制作の過程そのものと重なっており、それによってスタッフやキャストに強い絆ができたことをうかがわせた。
続いてのシンポジウムにはパネリストとして、韓国映画振興委員会委員長のアン・ジョンスクさん、映画監督で韓国映画アカデミー院長のパク・キヨンさん、プロデューサーでシネカノン代表取締役の李鳳宇さん、東京フィルメックスの市山尚三プログラム・ディレクターが登場し、東京藝術大学大学院映像研究科教授の堀越謙三さんが司会を務めた。
まず今回の日韓学生共同制作映画について、多くのヒット作を手がけている李さんが「正直、予想していたよりも数段高い水準の映画だったので驚きました。こういうところで映画を見るときは、商品として見ないで、作品として見るようにしているんですが、両作とも商品としてかなり完成されていました。それから、意外にも日本人の監督がパク・チャヌクのような映画を撮って、韓国人の監督が三池崇史のような映画を撮っていたので、そういう点も驚くべき発見でしたね」と、プロデューサーの視点から感想を述べた上で、合作に関して「とくにアジアにおける合作に関しては、日本という国がキーパーソン、キーカントリーだと思います。日本は世界第二位のマーケットですから。でも、日本の映画業界は合作を望んでいないんですね。マーケットが大きいからわざわざ出ていかなくても、と。映画会社のその考え方をどうしたら変えられるかというのが日本の映画関係者のいちばん大きな問題なのかなと思います」と問題提起した。
映画振興事業には韓国が積極的に取り組んでいるが、アンさんは、共同制作という点で、東アジアにおいては日本と韓国に中国を加えた3か国が中心となって、ヨーロッパのEU圏と同じように共同体として協力態勢を築くことが重要だと述べた。「この3か国のGDPを合わせると、アメリカに次いで2番目の規模であり、EUのそれを上回っています。しかし、これだけの経済力と、悠久の歴史のあるアジアの映画が韓流に支配されているのは望ましくありません。この3か国がそれぞれに映画を作って上映することも重要ですが、協力し合ってアジア映画を作ることも重要だと思います。若い映画人が協力して映画を作る。そうしたことの積み重ねによってアジア映画の未来は明るくなると確信しています」
アジア映画においては80年代半ばから90年代にかけて各国でニューウェーブが生まれ、それが欧米に紹介されて、世界的に高く評価された。映画作りを指導する立場でもあるパクさんは、学生たちに韓国映画というだけでなくアジア映画を作るという意識を持つよう教えているという。「20年前に私が学生だったときには、アジア映画を観る機会はほとんどなかったので、ヨーロッパの映画を観て影響を受けていました。でも、88年にホウ・シャオシェンの『非情城市』が韓国で公開され、それを観たときの衝撃はいまだに忘れられません。その後はアジア映画に関心を持つようになり、小津安二郎を始めとするたくさんの日本映画や中国の第五世代の作品を見ました。どちらがいいというわけではありませんが、美術にも東洋絵画と西洋絵画があるように、映画にも東洋映画と西洋映画があるのです。私たちは東洋映画を撮っているのだから、他の国の東洋映画も見るようにと教えています。映画を撮っているもの同士が交流を積み重ねてアジア映画全体の発展につなげていく、それが大事だと思います」
アジア映画に精通し、ホウ・シャオシェン、ジャ・ジャンクーなど作家性の強い監督のプロデュースをしてきた市山Pディレクターは、アジア各国の映画市場が開かれている現在は、共同制作が行われやすい状況になっていると話す。「日本でもアジア映画を観る機会が増えてきたし、それを見てすごいと思った俳優が他国の映画に出ていくというような動きが高まってきています。この企画もその流れから出てきたものでタイムリーなものだと思いますね。今回のように若い頃に他国のスタッフと交流する、あるいは他国に行って撮るということが学生時代に経験できるというのは絶対に将来、大きな成果になってくると思います」
また、市山Pディレクターは、釜山国際映画祭で行われているアジア・フィルム・アカデミー(AFA)にも言及した。これは著名な映画監督を教授に迎え、アジア各地の映画学校の学生が集まって短編を制作するプロジェクトで、そのような交流から「アジアのいろんな才能がうまくミックスされて予期せぬ面白いものができる可能性がある」とのこと。
AFAに関わっているパクさんは、「このプロジェクトをやってみて、アジアの学生を集めて、アジア映画という名のもとにネットワークを作るというのは、アジア映画の未来のために本当に大切なことだとわかりました」
ここで司会の堀越さんが、ハリウッドの介入によるアジア映画の商業化に話題を向ける一幕もあった。「ここ数年のアジア映画を見ていると商業化が進んできてしまっています。グローバル化と言われればそうなんですが、ハリウッドによるアジア映画の収奪が始まったのではないかと。たとえば、香港や台湾からは監督を引っ張っていくわけですよね。ジョン・ウーとかアン・リーといった監督を奪っていく。そして中国ではチャン・イーモウとかチェン・カイコーなど、かつて作家性のある映画を作っていた人たちにお金を与えて、商業的な娯楽大作を作る。配給権はアメリカが持っていて莫大な利益を世界中で得ることができるという構造ですね。日本では漫画とか映画のリメイク権、原作権が大量に買い占められていくと」
望まれるのは収奪ではなく合作。このシンポジウムのテーマである合作について、李さんは、まずきわめて近い文化圏である日韓から始めることの重要性を指摘しながらも、「やはり合作というのは求められてするもので、無理矢理するものではない。優秀な監督がいるから、優秀なカメラマンがいるから、優秀な俳優がいるからということで結びつければ、なお幸せだなと思います」と話した。
「あくまでも才能の出会い、好きな映画との出会いっていうのが当然、原点なわけですよね」と堀越さんも同意し、市山Pディレクターも作品本意で制作を進めた結果としての合作が望ましい形だと述べた。
そして最後には、李さんから厳しい意見が聞かれた。「日本と韓国とで今、映画に関して実感することがあります。それは映画を観る人たちの問題ですね。観客の水準の低下は韓国でも深刻ですし、日本においては深刻を通り越していますね。これは両方の国が映画をお互いで作っていこうという上ではたぶん、もっとも大きな障害になるだろうと思います。優秀な人と優秀な映画を作りたいと思って集まるわけですけれども、優秀な映画を見ようと思う人はどんどんいなくなってしまうわけですから」
アジア映画をめぐる状況が変化しつつある現在、楽観的な要素ばかりではないようだが、今後の取り組みに関してパネリストからは前向きな姿勢が感じられた。日韓だけでなくアジアが地域全体として協力し、今回のプロジェクトのような各国間の共同制作などを通じた交流により、明るい未来がもたらされることが期待される。
(取材・文:古田智佳子)
投稿者 FILMeX : 2007年11月19日 22:00