ポルトガル「ノヴォ・シネマ」の代表的な映画作家ジョアン・セーザル・モンテイロ João César MONTEIRO(1939―2003)が世を去って20年。映画作家でありつつ、俳優としても自作を含め数々の映画に出演。聖性と俗性が混在する作風で「現代映画」の探求を続けた異色の映画作家の足跡を辿ります。アテネ・フランセ文化センターにて実施。
日時:11月17日(金)- 11月18日(土)/ 会場:アテネ・フランセ文化センター
『黄色い家の記憶』Recollections of the Yellow House
ポルトガル / 1989 / 122分 / 35mm
監督:ジョアン・セーザル・モンテイロ ( João César MONTEIRO )
痩身の中年男ジョアン・デ・デウスは、自分と同じアパートに住む大家の娘に想いを寄せている。道徳観念をおよそ欠落させたデウスは、老いた母親から金をせびり、親しくなったはずの娼婦が死ぬと彼女が人形の腹に隠していた札束を盗み出す…。強烈な存在感で見る者を魅了してやまない痩身の中年男デウス(神)をモンテイロが愉快に自作自演した「ジョアン・デ・デウス」シリーズの第一作。姦淫、盗みなどの悪行に身を任せる天衣無縫のデウスの足跡が、そのままモラリスト的人間考察へと転じる。サッシャ・ギトリやバスター・キートンと比肩する偉大な個性を世界に印象づけた傑作。
『ラスト・ダイビング』The Last Dive
ポルトガル・フランス / 1992 / 91分
監督:ジョアン・セーザル・モンテイロ ( João César MONTEIRO )
死を想い波止場で淋しげにたたずむ青年サムエルに、老水夫エロイが声をかける。実は自分も人生に飽きている。最後に街に繰り出し存分に遊び、それから死ぬことにしようじゃないか……。ふたりはネオン煌めく夜のリスボンに繰り出す。歌と踊り、酒と官能の宴。老水夫は、自分の娘エスペランサをサムエルに引き合わせる……。ポルトガルの4人の監督がテレビ局のために作った「四元素」のうち水を主題にした一篇。撮影期間は8日間と極めて短く、モンテイロは絵コンテも台本もなく、最小限の照明で、ひとつひとつのシーンを俳優たちとともに、即興で作り上げていったのだという。結果、リスボンの街の喧騒と俳優たちのドラマが完全に一体化した驚嘆すべきフィルムができた。絶望と引き替えに許された、底抜けに大らかな人生賛歌。
『神の結婚』The Spousals of God
フランス・ポルトガル / 1999 / 154分
監督:ジョアン・セーザル・モンテイロ ( João César MONTEIRO )
『黄色い家の記憶』にはじまる「ジョアン・デ・デウス」シリーズの完結編。公園でひとりたたずむジョアン・デ・デウスのもとに「神の使者」がやってきて札束の詰まったアタッシュケースを渡す。突如巨万の富を与えられたデウスは、それ幸いとばかりに自分の欲望を解禁する。実現した夢のような生活はしかし突如終息し、デウスは自分が破滅しているのを知る……。なし崩しの主人公の放縦は、同時に映画史的記憶の重みと形式的厳格さとの間で精妙な均衡が保たれている。社会秩序の無効性を一方的に宣告するサド的な放縦さ。欲望と自由をめぐる孤高の省察であり、刑務所における男女の再会の場面は、モンテイロが愛したブレッソン『スリ』への美しいオマージュである。
ジョアン・セーザル・モンテイロ ( João César MONTEIRO )
1939年2月2日、フィゲイラ・ダ・フォス生まれ。反サラザール政権を掲げる共和主義者たちの住む地域に育つ。15才からリスボンに移り、父親の死後は、職を転々とするが、日刊紙「レプブリカ」に就職。1960年にパリに滞在した後、リスボンへと戻り、映画批評などを書いたりしながら放浪生活を送る。その後、グルベンキアン財団の奨学金を得てイタリアへ、次いでロンドンに留学。1968年に財団の融資で、ポルトガルの代表的な詩人・童話作家を扱った『ソフィア・デ・メロ・ブレイナー・アンドレセン』を撮る。以降、実験的な短篇『死人の靴』(1969)、10カットだけで構成された中篇『映画的施しの断片』(1972)1974年のカーネーション革命をめぐる政治的考察のドキュメンタリー『私はこの兵力で何をするの』(1975)、伝説に想を得たユートピア譚の長篇劇映画『細い道』(1977)、『三つの甘い恋』『二人の兵士』『富める人と貧しい人』の短篇3作品(いずれも1978)、中世を舞台にした男装の少女兵士の物語『シルヴェストレ』(1981)を発表する。1986年にラウラ・モランテ主演『海の花』でサルソマッジョーレ国際映画祭審査員特別賞を受賞。1989年には監督・主演で中年文筆家ジョアン・デ・デウスの奇行を自演した『黄色い家の記憶』でヴェネツィア映画祭銀獅子賞に輝く。テレビ中篇シリーズ「四元素」の一篇『ラスト・ダイビング』(1992)を経て、『黄色い家の記憶』のデウスがふたたび登場するアイスクリーム・パーラーの主人の奇行を描いた『神の喜劇』(1995)で、またもヴェネツィア映画祭銀獅子賞を受賞。短篇『ア・ウォーク・ウィズ・ジョニー・ギター』(1996)、『J.W.の腰つき』(1997、マル・デル・プラタ映画祭国際批評家賞)ののち、1999年には自作自演のジョアン・デ・デウス三部作の完結篇『神の結婚』を完成。『白雪姫』(2000)、『行ったり来たり』(2003)と相次いで問題作を世に放つが、2003年2月3日、惜しまれつつ世を去った