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2009年11月23日 トークイベント「ツァイ・ミンリャンの世界」

tsai_1.jpg 11月23日、有楽町朝日ホール11階スクエアにて、ツァイ・ミンリャン監督を迎え、市山尚三東京フィルメックスプログラム・ディレクターの進行によるトークイベントが行われた。監督作品の常連であり、第10回東京フィルメックスの審査員をつとめるチェン・シャンチーさんがイベントの冒頭に参加し、会場を盛り上げた。

チェン・シャンチーさんに、市山Pディレクターが出演の経緯を尋ねると、シャンチーさんは迷わず答えた。「これまで監督の作品には、レギュラーとなるメンバーがいましたが、『ヴィザージュ』はパリで撮影されることもあり、今までのツァイ・ミンリャン組の人は行けなかったのです。しかし、『ヴィザージュ』は、監督自身の内なるもの、記憶、家族、一緒に仕事をしてきた人たちやどうしても撮りたいすべての要素が盛り込まれた映画です。監督の内在する世界観が詰まった作品になるだろうと思い、出演することにしました」。タイトルである『ヴィザージュ』は、「face(顔)」の意味。「この作品では俳優たちが重要な要素であり、作品そのものとなっていきます。ツァイ・ミンリャン組の俳優たちが台湾で出演することにより、出番は少ないけれども、ツァイ・ミンリャンの”顔”となったわけです。台湾での撮影は監督の一時帰国時に行われ、私が出るシーンは3日間で撮り終えました」

tsai_2.jpg 審査員として、コンペティション作品の上映で席を立たなければならないチェンさんが拍手で送られた後、ツァイ監督が笑顔で語った。「彼女は長いつきあいで、私のことをよく分かっていてくれると思います。細かい打ち合わせがなくとも、ツァイ組の皆が来てくれました。スタッフは皆、私がどんなものをやりたいか分かっています。でもそれはパリでも同じで、ジャンヌ・モロー、ナタリー・バイ、ファニー・アルダンも、コミュニケーションが難しいことはなく、古いなじみのある友人のように映画を一緒につくることができました。それは、やはり映画に対する見方、態度といった、彼らと私を結びつけるものがあったということです。クリエイティブな仕事というものは、自分のすべてをかけて向かっていくわけですから、共通点があります。彼らも、私が自分の世界観のすべてをかけて映画を撮ることをよくわかってくれていたからだと思います。シャンチーが先ほど言ったように、映画には私のすべてが盛り込まれていると言っていいと思います。今回、ルーブル美術館の招きで、私の世界観を存分に盛り込んだ作品を撮ることができたことは嬉しいことでした。映画は特別な思いを持って観るべきものであり、私の人生そのものなのです」

会場から、映画に現われる母というテーマ、料理、今後大作を撮るプランについて質問されると、監督は「(大作を撮ることは)ない」と断言し、会場は笑いに包まれた。続いて監督は、「私は、目の前にあることに対応するが、マーケットを意識したことはありません。自分はマーケットに対応できないと思うからです。商業的な作品にするなら、今回の映画のように母に対する献辞のような個人的な思いは入れられません」と語った。「この作品では内心の投影が反映されていて、実生活とオーバーラップしています。創造は、さまざまな人の犠牲を伴います。母は私が彼女の元に帰り、一緒に暮らすことを待っていたと思います。今回の映画の脚本を書いている間に、母は癌になり、半年間付き添いましたが、亡くなりました。母に対して尽くせなかったという悔いが残り、母についての概念を考えつづけていました。作品の中で肉を包丁でたたくシーンは、母が実際に料理してくれていた時の記憶です」

tsai_3.jpg 次に、別の観客から「この作品はトリュフォーのイメージがあるが、トリュフォー作品のなかで好きな映画は?」との質問があり、監督は、「トリュフォー作品の表現方法は優しいが、私の作風は冷酷だと思う」と話した。「『大人は判ってくれない』(1959年)、『野生の少年』(1970年)、『アメリカの夜』(1973年)が好きです。トリュフォー作品との作風の違いとしては、私は主に人物の内面の世界に絞っているところでしょう。最初に観たトリュフォーの映画は、『アデルの恋の物語』(1975年)です。大学時代、2本立ての映画館で1本目に観て、映画の世界に浸りきってしまったので、2本目は観ずに映画館を出てしまったほどです」

また、『ヴィザージュ』に重要な役で出演したジャン=ピエール・レオについて「トリュフォーの作品のなかでは、彼が特に好きです。『大人は判ってくれない』のラストのレオのクローズアップの場面は衝撃的で、私に影響を与えてくれました。クローズアップは強烈な意味をもつということをあのシーンを観て感じ、驚きました。映画は鏡のように現実を映し出すのだ、と思いました」。さらに、監督は「わかりにくさというものは、観る人に思考をもたらします。人間に考えるという行為をうながす効果があると思います。私の後期の作品は、前期と違い、観客の皆さんにも自主的に映画を観る力を要求しています。映画を作る人にコントロールされず、一人ひとりが、自分のこれまでの人生経験をもって、私の映画をしっかりと観てほしい。ストーリーでなくムービーを観ていることを認識してほしい」と述べた。

音楽について質問がおよぶと、「1930~1970年代の中国語の古い歌が好きでよく聴いています。レティシア・カスタが踊る場面で流れる歌は、チャン・ルー(張露)という女性歌手の『あなたはとても美しい』という歌ですが、私は幼い頃によく聴いていて、皆がくちずさんでいました。カスタはとても上手に口を合わせているので、彼女が実際に歌っているようにみえます」と監督は語った。「ですから、私の映画はますます自由になり、なんでもありになっています。音や光のない場面もある。映画でどこまでいけるのか、映画とは何かという本質を追求するようになっている」

「スペイン語の歌も登場しますが、これは日本でもザ・ピーナッツがカバーした『ある恋の物語』(カルロス・エレータ・アルマラン作曲)ですね」と市山Pディレクター。監督が「1960年代に中国語圏で流行った歌」と説明し、「中国語では『私の心のなかにはあなたしかいない』というタイトルで、レスリー・チャンが好きだと言っていた歌です。1993年の東京国際映画祭に、私は『青春神話』(ヤングシネマ部門ブロンズ賞受賞)を出品しましたが、審査員をしていたのがレスリー・チャンでした。彼とは、そこでの出会いが最初で最後になりました。この歌を使ったのは、レスリー・チャンへの思いからです」と語った。

もうひとつの映画の最後に出てくる歌について市山Pディレクターが尋ねると、「バイ・クアン(白光)という上海のスターが歌っています。悪役でしたが人気があり皆に愛された女優です。映画のなかでは、リー・カンションの母親が死んだ後に流れる曲ですが、主人公の心情にマッチする歌詞です」と監督は答えてくれた。

また、リーが横たわっているそばでカスタ演じるサロメが踊る、音楽なしのシーンについて、「歌をやめて現実の音を拾うことで、現実的な感じを出しました。振付師は(音なしで踊ることは)無理だと言いましたが、私は難しいほうがいいと言って、あのシーンを演出しました。カスタとカンションはいい演技をしてくれました」と語った。


最後に、監督は会場にむかって、「まだ日本での配給が決定していませんが、インターネットなどで多くの方にお知らせいただいて、配給が実現できるようご協力いただければ、と思っています。アートフィルムの配給マーケットが小さくなっていますが、皆がわかりやすいものに走っていると思う。マーケットが小さくならないよう、皆も努力していってほしい」と訴えた。観客は盛大な拍手で監督のことばに応じ、ツァイ・ミンリャン世界を堪能するイベントが終了した。


(取材・文:宝鏡千晶/写真:関戸あゆみ)

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投稿者 FILMeX : 2009年11月23日 19:30



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