デイリーニュース

TOP<>BACK

2009年11月26日 フォーラム<国際映画祭を考える>

eigasai_1.jpg 11月26日、有楽町朝日ホール11階スクエアにて、矢田部吉彦さん(東京国際映画祭コンペティション部門ディレクター)、石坂健治さん(東京国際映画祭アジアの風部門プログラマー)、藤岡朝子さん(山形国際ドキュメンタリー映画祭ディレクター)林 加奈子東京フィルメックスディレクターの4人をパネリストに迎え、フォーラム<国際映画祭を考える>が開催された。司会を務めるのは東京国際映画祭「シネマ・プリズム」部門の作品選定に携わった経験があり、また映画プロデューサーとしての顔も持つ市山尚三東京フィルメックスプログラム・ディレクター。約2時間のフォーラムには、映画関係者の姿も多く見られ、映画祭の直面するさまざまな問題について、活発な討論が行われた。

最初に市山Pディレクターから、映画祭の作品選定において近年特に重視される傾向にある「プレミア上映」の話題が提起された。
例えば、カンヌ国際映画祭はインターナショナルプレミアであることが出品の条件である。ベルリン国際映画祭は、フォーラム、パノラマといったサイドバーの部門はやや条件が異なるが、コンペティション部門はカンヌと同じ。ベネチア国際映画祭は、2年前からコンペ作品はすべてワールドプレミアとなった(2008年の『崖の上のポニョ』と『スカイ・クロラ』は特別な例外扱いとなった)。
一方で、トロント国際映画祭が直前に開催されるという事情から、条件を緩和したサンセバスチャン映画祭など、映画祭によって対応はさまざまだが、全体としてはプレミアを求める傾向はますます強まりつつあるという。お隣・韓国の釜山国際映画祭でも求められるプレミア度は高まっており、新人監督が対象のニューカレンツ部門では2006年からすべてインターナショナルプレミアとなっている。

eigasai_3.jpg 山形映画祭では、特にプレミアを重視していないという。「山形が多く取り扱っているアジアのドキュメンタリー作品は、プレミアどころか国際映画祭に出ることすら難しい時代もありましたから」と藤岡さん。また、石坂さんも、「アジアの風部門ではプレミアを気にしていない」と話す。
また、林ディレクターも「フィルメックスではジャパン・プレミアが規約上のスタンス」としながら「ディレクター次第、という面はある」と話す。「どこにも紹介されたことのないものを紹介できるのは素晴らしいことだけど、世界各地の映画祭をにぎわせた作品を日本に紹介したい、という思いも両方ありますね。どちらにしても、一番重要なのはやはり作品の質です」。

プレミアと質、重視するポイントは映画祭のカラーによって異なる。
東京国際映画祭では、2009年のコンペ部門出品作品15本のうち、ワールドプレミア、インターナショナルプレミア、アジアプレミアが各5本。日本国内随一の大規模な国際映画祭として、TIFFにとってプレミア上映は外せない条件となっている。矢田部さんは「プレミアが何本、というファクターは、映画祭のステイタスをはかる上で無視できない基準」と指摘。「とはいえ、観客にとってはそれほど大きな問題ではないでしょう。良質な作品を「プレミアではないから」という理由で除外し、観客に届けられない、となると大きなデメリットです。プレミアか、質かというジレンマに陥るわけですが、最終的には質を重視しています」

市山Pディレクターは「私がいた頃からよくマスコミから出ていた批判が、カンヌの「ある視点」部門や監督週間に出品された作品が、TIFFで賞を取る傾向がある、ということ。今年東京サクラ・グランプリに輝いた『イースタン・プレイ』も、監督週間に出た作品でした」と指摘する。
一昨年の『迷子の警察音楽隊』昨年の『トルパン』と、「ある視点」部門に出た作品がグランプリを取る例が続いている。これについて矢田部さんは「カンヌの後追いコンペにはしたくないが、やはり無視はできない」と話す。「東京が初上映じゃない、やっぱりカンヌで既に上映されていた、となると、ジレンマは続きますね」

プレミア上映は映画祭の集客や話題性に深く関わっている。ヨーロッパでプレミア競争が起こるのは、距離的に近い映画祭同士の競合でバイヤーやジャーナリストを集めるには、ワールドプレミアが重要なファクターとなるためである。とはいえ、日本でワールドプレミア上映を揃えたからといって、果たして海外からどれほどの注目を集めることが出来るのか、という問題がある。

eigasai_6.jpg ここで、会場から「質の高いプレミアを獲得して海外から人を集めることが、TIFFの役割ではないでしょうか。有名な監督の作品の世界初上映、ということになれば、多くの人を集めるでしょう。映画のマーケットとしての日本は、いまなおフランスに次ぐ規模で、まだまだ魅力はある。全ての映画祭でそれを行うべきだとは言いませんが、公的な資金が投入されているTIFFの存在意義はそこにあるのではないか」という意見が寄せられた。これに対し矢田部さんは、「本音としては、もちろんプレミアは欲しい」と明かした。「作り手やセールスカンパニーに、他の映画祭ではなくTIFFに、というモチベーションをいかに持ってもらうことができるか。それには日本国内での興行の盛り上がりが非常に重要になってきます。日本・アジアのマーケット的な重要性を高めることが、TIFFの存在感を高めることになる」

次に、自国映画の海外への発信に関する話題へ。海外のジャーナリストを通じて日本映画を世界に紹介していく試みも、国際映画祭に期待される重要な役割である。客席のジャーナリストから、「TIFFでの国際批評家連盟賞(FIPRESCI賞)の復活はないのでしょうか。海外のジャーナリストを呼ぶ努力をするべきでは?」という声が上がった。FIPRESCI賞はTIFFでは1991年まで、山形映画祭では2005年まで設けられていた。国際批評家連盟に所属するジャーナリストを、映画祭側の経費負担で審査員として招聘する、という形で実施される。同様のやり方で、アジア映画に与えられるNETPAC(アジア映画振興ネットワーク)賞も様々な映画祭で行われている。

市山Pディレクターは「作り手としてはどこどこ映画祭でFIPRESCI賞を取った、なんていうと話題になるからありがたい面もあります。ジャ・ジャンクーの『プラットホーム』(2000年)をプロデュースしたとき、ベネチアのNETPAC賞を頂いて「ベネチア国際映画祭最優秀アジア映画賞受賞」なんて宣伝を打たせてもらいました」とプロデューサーの立場からのエピソードを披露した。石坂さんは「アジアの風で現行の最優秀アジア映画賞をNETPAC賞とダブらせようかと思ったこともあるが、外国人審査員の数など、双方の規約の違いで、スムースな提携が難しい面もある」と語った。

審査員としてでなくとも、海外からジャーナリストを招待する試みは続けられている。今年TIFFの負担で招かれた海外ジャーナリストは10名ほどだという。「私がTIFFにいた頃、ル・モンド紙の批評家ジャン=ミシェル・フロドン氏を毎年招待していました。TIFF全体に対して好意的であるにしろないにしろ、彼がTIFFで発見した日本映画について書くことで日本映画のヨーロッパでの紹介に繋がっていた、っていうことはありましたね」(市山)

また同じ質問者から、「ジャーナリストとして、プレミアがなくともプログラムが魅力的な部門があれば行きたい。例えば「日本映画・ある視点」部門の充実をはかるべきでは」という指摘も。
これに対し「TIFFの「日本映画・ある視点」部門は今年からインディーズ映画応援の場にしたいと思っている」という矢田部さんに、「自国映画の紹介は重要なファクター」と市山Pディレクターが応じた。「最近、ある映画祭ディレクターにお聞きしたんですが、彼が釜山に魅力を感じていたのは韓国映画の質の高い新作が見られるという点。かつては韓国国内の作家がこぞって釜山に出品し、そこから海外の国際映画祭へ飛び立っていく、という流れができていた。最近では韓国の作り手も直接海外に出すことに慣れてきたようで、以前ほどの必然性はなくなってきているという見解もあります」
フィルメックスでも、日本映画を海外に紹介するという試みは続けられている。林ディレクターは、今年で5回目を迎えた「New Cinema from Japan」(ユニジャパンとの共催による日本映画の新作試写)を紹介した。ジャーナリストはもちろん、釜山、ベルリン、カンヌなど多くの映画祭プログラマーもセレクションに活用している。また、海外ゲスト同士の交流の場ともなっているという。

新作のプログラムばかりではなく「レトロスペクティブや特集上映もまた、思想や方向性が表れる映画祭の顔」と石坂さん。「TIFFでは、アジア映画史の読み直しを行っています。アジア映画に関する文献はヨーロッパ発のものが多い。そこで現地からの視点を入れて読み直して行こう、と。この試みは海外から好反応を得ています」
山形もまた、特色ある特集上映を行っている映画祭である。今年は東京日仏学院との共催によるギー・ドゥボール特集が話題となった。藤岡さんは「6年越しの、念願の企画でした。東京と山形で上映を行ったんですが、反応の違いが面白かったですね。ドゥボールのような独特の作品を、山形の市民がどう受け止めるのか、とても興味深いものがありました」と振り返った。

次に、減少しつつあるアート系映画の上映機会の話題に移った。カンヌに出品された作品など、80年代であれば多くの観客を集めたであろう作品が、配給も決まらないという状況にある。市山Pディレクターは「日本の一部の商業映画がメガヒットを記録する一方で、アート映画は観客数が減少している。映画祭がアート映画の最後の上映機会になってしまっている」と憂慮する。

これについて藤岡さんは「山形では89年から、フィルムライブラリーへの収蔵を行ってきました。このライブラリーから貸出された映画が、各地で上映されてきました。しかし、配給会社がついて一般公開されるということが、広がりをもって見ていただけるという意味で望ましい。89年にはコンペの15本中1本でしたが、90年代に入ると4~5本に配給がつくようになりました。2000年以降は毎年1本程度ですね」と話した。現在公開中の『ピリペンコさんの手作り潜水艦』は2007年のコンペ作品。また劇場公開への支援として、2005年からコミュニティシネマ賞が設けられた。受賞作品には3000ドルの配給補助金が支給される。2005年は『ダーウィンの悪夢』、2007年は『長江に生きる 秉愛(ビンアイ)の物語』が受賞しており、いずれも劇場公開が実現している。2009年の受賞作『ビラル』は、「現在配給元を募集中」とのこと。

とはいえ、配給がついて劇場公開という流れが実現困難となりつつある現状では、非商業的な上映を各地で行うことも、上映機会を増やす上で重要な役割が期待される。
石坂さんは「以前国際交流基金が行っていたTIFF出品のアジア映画の巡回上映も、映画祭後のケアという点で今から思うと大きな意味をもっていましたね。昔はアジア映画が売れなかったからあり得たことでした。今は、映画祭に出品された時点で商業的に売ろうという意志がある。ビジネスもふまえた上でアフターケアできるのか、というところがネックになってくる」と話す。これに応じて矢田部さんは「TIFFのグランプリを受賞すると、セールスカンパニーは高値で売ろうとするが、結局配給が決まらない場合もある。10月の映画祭後にノンシアトリカルライツを購入し、年度内に巡回上映にかける、というのが理想的なんですが、当然ながらセールスカンパニーとしては(価格の安いノンシアトリカルではなく)オールライツで売りたい。そんなわけで、交渉しているうちに年が明けてしまう」と述べ、非商業上映実現の難しさを語った。
林ディレクターも「映画祭のネットワークを作り、地方で上映することは望ましい」としながら、そこには多くの壁がある、と指摘。「クラシックの場合、プリント調達の問題があります。革命前のイラン映画をやったときはプリントが世界各地のアーカイブに分散していて集めるのが大変だった。管理の問題上巡回は難しい。また新作の場合、ビジネスとして成り立たないこのような巡回上映はセールスエージェントの許諾をどうとりつけるか課題が残る」

やや悲観的なパネリストに対し、会場の映画上映関係者から「地方での上映は可能」との意見が上がった。「上映者の側から映画祭に企画を持ち込み、最初から予算をシェアするという形で巡回上映を実現させることもありえる。地方ではデジタル素材で対応する、あるいは契約をし直し、ノンシアトリカルライツを取って字幕を打ち込んで上映する。困難さが増す中でもリスクや経費を分担しながら実現していく、と。TIFFが地方の映画祭の中心となる、という可能性は十分にありうると思います」と、各組織が連携することで問題を克服することに期待の声が寄せられた。

ここで藤岡さんが釜山映画祭のアジアン・シネマ・ファンドの試みを紹介した。今年から、ドキュメンタリー映画の韓国内での配給のために毎年1000万円が与えられるシステムが始まっている。その資金は、韓国で大ヒットした『牛の鈴音』の収益から、監督とプロデューサーの意志によって提供されるという。
こうした韓国での試みに、石坂さんは「官民が連携し文化政策として映画を支援している点は、日本でも参考にすべき」と指摘する。市山Pディレクターは「釜山はプレミア云々とは別のベクトルが存在していて、ポスプロを韓国で行うと支援金が出るという制度がある。これには審査があり釜山映画祭でWP上映することが条件。製作支援と映画祭のプログラムの充実を両立させている。これはロッテルダム映画祭のヒューベルト・バルス・ファンドのシステムを踏襲しています。映画祭にはこういった地道な側面もある。日本での実現は容易ではないが、視野に入れていきたい」と話した。


(取材・文:花房佳代)

eigasai_2.jpg eigasai_5.jpg eigasai_4.jpg

投稿者 FILMeX : 2009年11月26日 18:00



up
back

(c) TOKYO FILMeX 2009