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2009年11月28日 トークイベント「アモス・ギタイの世界」

gitai_1.jpg 11月28日、有楽町朝日ホール11階スクエアにて、アモス・ギタイ監督によるトークイベントが行われた。フィルメックスではおなじみとなったギタイ監督は、特別招待作品である『カルメル』上映前に、映画のなかの重要な背景やモチーフについて語った。司会進行役は、市山尚三東京フィルメックスプログラム・ディレクター。本作品は、2009年のカナダ・トロント映画祭で上映されている。

市山Pディレクターが到着したばかりのギタイ監督をねぎらうと、監督は「日本に戻ってこれて嬉しく思う」と応え、これまで数多くのギタイ監督の作品を上映したフィルメックスに対して信頼関係があると語った。ギタイ監督は、今回の映画について「『カルメル』は私の作品のなかでも特別な作品です。個人的な作品であり、構成も特殊」と述べた。

映画を構成する要素のひとつは、ギタイ監督の母の書簡集だという。「私の母親は、1909年に今のイスラエル(当時のパレスチナ)に生まれ、20歳の時から70年以上にわたって手紙を書く習慣を続けてきました。手紙のなかでイスラエルの変化を彼女自身の目で観察し続けていたのです。それは彼女のジェネラルかつパーソナルな目線です。中近東は戦争や衝突が起こり続けている場所であり、それぞれの人間が巻き込まれているため、歴史そのものが個人的なものにならざるを得ない」

gitai_2.jpg 「『カルメル』では、私の母だけでなく、息子や娘を通して、彼らのイスラエルという社会のなかでの位置づけからイスラエルをみようとしています。この地域について語るとき、その大きな歴史からも逃れることはできません。なぜなら人類全体に大きな影響を与えているさまざまな宗教がこの地域で生まれているためです。私はある意味で、現代に起こっている戦争や衝突をより大きなスケールの文脈のなかに位置づけようとしているかもしれません。作品ではユダヤ戦争(紀元前70年に、当時ローマ帝国の支配下にあったユダヤ人領で、独立を求めたユダヤ人とローマ帝国の間で起こった戦争)に言及していますが、私の映画のなかにたびたび現われる”幽霊”のようなもののひとつは、その戦争のことでしょう。『カルメル』では、戦争のエピソードが2回出てきますが、現代の目線から、かつての戦争という事件を見直した時にどのように見えるかということを試みています」

この後、2009年7月にフランス・アビニョン演劇祭で上映されたギタイ演出舞台を記録した『the war of sons of light against the sons of darkness』の映像を紹介。こ の作品は、『ユダヤ戦記』をジャンヌ・モローが朗読するシーンから始まる。「モローが『ユダヤ戦記』を記録した歴史家の役を演じています。冒頭の舞台はアビニョンにある昔の石切り場で、ピーター・ブルックの演出によるインドの一大叙事詩『マハーバーラタ』が初演された場所でもあります。石工たちの石を切る音を音楽として使いましたが、この音は私の第一作のドキュメンタリー『家』(1980)でも使っています。映画作家の仕事のなかでは、ある作品の要素が次にインスピレーションを与え、繰り返しそのモチーフが出現することがある」。

gitai_3.jpg 次に、1993年のベネチアビエンナーレのオープニングで上演された際の舞台を記録した作品を上映。この時は、歴史家をサミュエル・フラーが演じている。「私にとって重要なのは、語り部を演じている人間の存在感。それは男性でも女性でも同じ」とギタイ監督。ポーランド・クラクフのユダヤ人墓地の映像をコラージュしたこの作品について、市山Pディレクターが「映像作品としても面白そうですね」と感嘆した。監督は「身近な現代に起こっていることから遠い昔のことまで、さまざまな要素が折り重なりながら行ったり来たりしています。いくつかの要素がどういう位置にあるか、映画を観る前に皆さんにわかっていただくことはいいアイディアだと思う」と、考えつつ述べた。

市山Pディレクターが『カルメル(Carmel)』というタイトルについて質問すると、ギタイ監督は「イスラエルの北部にあるハイファという、私の生まれた町のすぐそばにある山の名前」と説明し、「ちなみに私が生まれたのは、クリント・イーストウッドがカリフォルニア州カーメル(Carmel)市の市長になる、かなり以前の話です」と会場を沸かせた。

続いて、監督は家族の写真を示しながら、自身のルーツについて語った。
「母方の祖父母はロシアで最初の革命が失敗に終わった1905年に、旧ソ連のオデッサからの移民として、オデッサからアレキサンドリアまで船で、そこからイスラエルまでラクダにのって旅をしたということが私の家庭のなかでの伝説となっています。それだけ長い旅をしたということは、彼ら自身が頑固な信念のある人たちだったということかもしれません。しかし、それはまた、別の映画の別の話になるでしょう」

現代のイスラエルの状況を、ローマ帝国とユダヤ人との戦いという遠い歴史にさかのぼりつつ映像化し、自身や身近な家族の目線で描くことによって“戦争”について考えさせるギタイ監督の作品。お話に引き込まれた市山Pディレクターが思わず英語で監督に語りかける一場面も。監督の個人的かつ壮大なスケールの語りと映像が観客と一体となった貴重なイベントが拍手で締めくくられた。ファンにとってギタイ監督の今後の作品にも期待を抱かせる時間であったことは間違いない。


(取材・文:宝鏡千晶/写真:秋山直子)

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投稿者 FILMeX : 2009年11月28日 17:00



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