東京フィルメックスの10周年を記念して、過去の受賞作品を上映する「第10回記念 東京フィルメックスの軌跡~未来を切り拓く映画作家たち」が、シネマート六本木で開催されている。11月2日、『おそいひと』の上映前に、今作のメガフォンを執った柴田剛監督を招いてトークショーがおこなわれた。『おそいひと』は、第5回東京フィルメックスのコンペティションに出品された作品である。また、柴田監督の新作『堀川中立売』は、今年の第10回東京フィルメックスのコンペティションで上映される。
市山尚三プログラム・ディレクターに紹介されて柴田監督が登場すると、場内に温かい拍手が巻き起こった。市山Pディレクターが、「今回、初めて『おそいひと』を観るというかたはいらっしゃいますか?」と観客に訊ねると、多くの人が手をあげる。柴田監督は、「ああ、嬉しいですね」と目を細めた。
「それでは、あまりネタバレはできないですね」と前置きをした市山Pディレクターに、「『おそいひと』は、ひと言で言うと、どんな作品ですか?」と質問をされると、柴田監督は、「『障害者が健常者を殺す映画です』と、よく答えていたのですが、こう言うと、その点ばかりを見られてしまって……」と言葉を濁した。
『おそいひと』の主人公は身体障害者で、実際にも重度の脳性麻痺を持つ住田雅清さんが、本名で主演している。大阪芸術大学映像学科で学んだ柴田監督は、障害者支援施設の職員だった知人を介して、大阪在住の住田さんと知り合った。映画の舞台も関西で、住田さんの自宅も撮影場所として使われた。「身体障害者が殺人を犯す」という内容は、上映当時、物議を醸したが…
「なぜ『おそいひと』というタイトルをつけたのですか?」と市山Pディレクターが訊ねると、「あまりにも悲しいストーリーだから、主人公の名前だけでもメルヘンにしたい、と思ったんです」と柴田監督。アニメーション映画『スノーマン』のファンという柴田監督は、「住田さんは動作が遅いから、タイトルは『スローマン』にしようと考えていたら、外国人の友達に、それは『遅漏』の意味だ、と指摘されてしまって」と苦笑しつつ秘話を語った。その外国人の友人が、『Late Bloomer』と英題をつけてくれたという。「遅咲き・狂い咲き」の意味を持つ英語だ。日本語の『おそいひと』というタイトルも、同時に決まったとのことである。
『おそいひと』は、第5回東京フィルメックスで上映されたのを皮切りに、韓国のプチョン国際ファンタスティック映画祭、アメリカのフィラデルフィア映画祭、オランダのロッテルダム国際映画祭など、海外13都市の映画祭で上映されて、高い評価を得た。柴田監督は、「外国は障害者に対して大らかな印象を受けました。拒否反応はなかったです」と、当時を振り返った。
『おそいひと』が日本全国の映画館で公開されたのは、第5回東京フィルメックスで上映されてから、約1年後のことである。柴田監督は、「東京の映画館では評判がよかったけれど、西日本の映画館では公開を断られることが多くて、淋しかった」と、当時を回想した。結果的に、関西では、大阪と京都の2県でロードショーされた。
「(地元の)岡山で公開されたときには、中学校や高校の先生、生徒たちが多く観に来てくれました」と、柴田監督は嬉しそうに思い出を話した。来場した教師から「障害者と、どのようにコミュニケーションをとるのですか?」と質問されて、「適当に答えるしかなかったんですけど」と謙遜してから、「そういうことを訊きたくなる映画なんだなぁ、と思いました」と語った。
話題は、今年の東京フィルックスで上映される新作『堀川中立売』に移った。タイトルは、「ほりかわなかたちうり」と読む。これは京都に実在する堀川通りと中立売通りの交差点の名称で、柴田監督は初め、この地名が読めなかったそうだ。そこで、「『なんて読むのかわからない場所で、なんかよくわからない主人公たちが、なにかと戦っているのだけれど、なにと戦っているのかもわからない』という、そんな映画を撮りたくなった」とインスピレーションを受けたという。上映時間は、123分45秒。「偶然にも、12345とつながったんです」と柴田監督は笑った。
京都を舞台にしたサイキックの物語で、登場人物が多く、複数のストーリーが絡まりあっている作品である。柴田監督は、「これまで一人称の映画ばかりを撮ってきたので、その反動もあって、複数の視点からなる作品にしたかった」と語った。主人公を演じたのは、関西を拠点に活躍するバンド・オシリペンペンズのボーカル・石井モタコさん、柴田監督と親交のある山下敦弘監督と中学校の同級生だった俳優の山本剛史さん、関西の演劇集団・維新派で活躍していた野口雄介さんの3人。「この3人が、今の京都をぐるぐるまわしていく話です」と柴田監督は解説した。
お笑いタレントでレポーターのタージンさんや、ピラニア軍団の志賀勝さんなど、個性的なキャストが脇を固めている。「志賀さんを見たときは、『本物がいる!』と、びびりました」と柴田監督は楽しそうに笑った。ピラニア軍団とは、主に東映の映画で悪役や斬られ役を演じた俳優たちの総称である。また、『おそいひと』に主演した住田さんも出演している。
第10回東京フィルメックスでの『堀川中立売』の上映は、ワールド・プレミアである。当日は柴田監督も来場して、Q&Aがおこなわれる予定だ。実は、今作はまだ完成しておらず、現在、最終的な調整の真最中だという。「フィルメックスの開催までには、完成させるように頑張ります」と柴田監督が観客に約束したところで、トークショーは終了の時間を迎え、『おそいひと』の上映に移った。
『おそいひと』の上映後、シネマート六本木のエントランスに、観客を見送る柴田監督の姿があった。観客のひとりひとりにお辞儀をして、来場のお礼を伝えている柴田監督の笑顔を見て、『堀川中立売』への期待が更に募った。
(取材・文/川北紀子)
投稿者 FILMeX : 2009年11月02日 20:00