映画祭のプレイベントである「水曜シネマ塾~映画の冒険~(全5回)」の第4回目が、11月18日に東京・丸の内カフェで行われた。ゲストは、今年6月に3作目となる『ディア・ドクター』を発表した西川美和監督。新作に関するエピソードをはじめ、映画の世界へ入ったきっかけ、オリジナル脚本へのこだわり、今年のフィルメックス上映作品の中で期待している映画などについて語られたほか、会場からはユニークな質問も数多く寄せられ、熱気を帯びたイベントとなった。
東京フィルメックスの市山尚三プログラム・ディレクターとともに、西川美和監督が登場すると、満員の場内は大きな拍手に包まれた。
まずはじめに、映画に興味を持ったきっかけについて、市山Pディレクターが質問。西川監督は「映画館で初めて見たのは『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』。当時まだ幼稚園でしたが、兄が見たいと言ったので母が一緒に連れて行ってくれたんだと思います。小学生のころは『ゴーストバスターズ』が印象に残ってます。ビル・マーレーが好きでしたね(笑)。おこづかいを貯めて町の映画館に行くことが大人、という感覚でした。中学生以降はヨーロッパ映画も見るようになりましたよ」と語った。
しかし、映画に興味はあっても、映画を作ることまでは考えていなかったと言う西川監督。「大学時代は写真部でした。人と組んで作る映画よりも、むしろ一人で、言葉を使わずに表現したいと思っていたんです」。それがやがて、「やはり言葉を紡ぎたい」という願望に変わり、見えてきたのが映画という選択肢だったと言う。とはいえ、映画業界への就職は厳しい。そんな中、TV番組製作会社の面接で出会ったのが、『幻の光』を発表した是枝裕和監督。結果的にその会社は不採用だったものの、以後是枝監督の下で経験を積み、助監督として働くことになる。「とてもラッキーでした。是枝監督以外の、様々な監督さんの下でも働きましね。でも、やっていくうちに、助監督という仕事が自分には向いていないなと言うか、限界を感じるようになり。助監督は、調停役であり、色々な段取りを進めていく立場。それに、自分と考え方が合う監督や脚本ばかりとは限らないですし、想像力や順応性も必要なんです。助監督というと、監督をやりたい人がほとんどですが、自分は書くことが好きだったので、脚本家を目指そうと思いました。脚本を見てくれる人は回りにたくさんいますから。シナリオスクールに通うお金もないですし、見よう見まねで書いてみました」。
「それがデビュー作の『蛇イチゴ』ですか?」と市山Pディレクターが尋ねると、「いえ。24歳くらいのとき、『蛇イチゴ』の前にひとつ書いているんです。でも、理想が詰まりすぎて、すごく膨大なものになってしまい先輩の助監督に見せたらこき下ろされてしまいました(苦笑)。その後何年かかけて別の脚本を書き、ブラッシュアップしたのが『蛇イチゴ』です」。
この作品は、第3回フィルメックス(02年)のコンペティションでも上映された。市山Pディレクターが「脚本がとてもしっかりしていたので、学校で学んできた方なのかと思っていました」と驚きを伝えると、西川監督は「全然違うんですよ(笑)。私は、この作品で脚本家デビューできればいいと思っていました。ところが、是枝監督から『まず1回は自分で監督をやってみたら』と言われたんです。考えたらとても贅沢な話ですよね。是枝監督がプロデューサーを務めてくださって。当初の予算は2500万円。映画としては低予算なんですが、「家族もの」で1セット、一晩限りの話ならできるのではないかと考えました」と振り返った。
かくして見事デビューを飾った西川監督だが、自身はこう言う。「映画監督をやりたい人がたくさんいる中で、消極的だった自分が監督デビューできたのは、とてもラッキーなことでした。映画の世界は、人との縁や出会いに左右されることが非常に大きい。そこで化学反応が起きるのだと思います」。
次に、話題は新作『ディア・ドクター』に向けられた。この作品は「ニセ者の医者」がテーマとなっているが、西川監督は「前作『ゆれる』が予想以上に高評価を得て、とても怖くなったんです。自分はそれほどの力もないのに、みな騙されていると。そこからニセ者の話にしようと思い至りました」と説明する。
会場ではロケ現場の様子を収めた貴重なメイキングも披露され、西川監督や主役の笑福亭鶴瓶さんらの、生き生きとした撮影風景が映し出された。
主役のキャスティングについて話を向けられると、西川監督は「韓国人俳優のソン・ガンホのようなイメージでした。大柄で、人が良さそうで、二枚目ではない役者さん。日本人では誰がいるだろうかと悩んでいると、ふと是枝監督がテレビを見ながら「鶴瓶さんもいいんじゃない」と言ったんですね。正直、多忙な芸人さんであることに不安もありましたが、鶴瓶さん本人は好奇心が強くて、いろんなことに挑戦される方。映画に対して、正面から取り組んでくれました。師匠はロケ地の住民の方々らも大変人気があって、書いたサインは1000枚以上。それも決して断らない。師匠のカリスマぶりは映画の役以上です(笑)」と、撮影当時を懐かしむように語った。
モントリオールなど海外の映画祭でも上映され、高評価を得ている『ディア・ドクター』。「海外の観客も、反応は日本人と一緒ですね。こういうテーマなら、ギャップはないんだと思いました。映画は国境を越えていけると思っているので、嬉しいです」と微笑んだ。
さらに、話題は東京フィルメックスに及ぶ。「過去の上映作品で印象的だった映画は?」と問われると、「第8回フィルメックス(07年)で上映された、イ・チャンドン監督の『シークレット・サンシャイン』です。テーマも非常に挑戦的で、展開も衝撃的。打ちのめされましたね。日本も、わかりやすくて楽しい映画もあっていいとは思いますが、今までの解釈を打ち砕かれて、新しいものを発見するような挑戦的な映画があってもいいと思います。挑戦することも、映画の役割のひとつですね」と熱く語った。
今年のフィルメックスで期待している作品については、パク・チャヌク監督の『サースト~渇き~(仮題)』、『ヴィザージュ』、『グリーン・デイズ』、コートニー・ハント監督のデビュー作『フローズン・リバー』を挙げ、さらに特集上映の「ニッポン★モダン1930」にも注目していると述べた。
最後に、会場とのQ&Aの時間も設けられた。全3作とも自身でシナリオを手がけ、「自分で考えるのが映画づくりだと思っている」とオリジナル脚本へのこだわりを見せる西川監督には、「監督と脚本」に関する質問が数多く寄せられた。
まず「自分の書いた脚本を映画化してほしい監督は?」という質問には、「監督していただきたい人はたくさんいますが、私の脚本で良いのかという思いもあります(笑)」と述べ、しばし考えた上で『サイドウェイ』のアレクサンダー・ペイン監督と答えた。
映画化したいと思う原作はあるかと尋ねられると、監督は「すごいと思う小説はありますよ。でも、映像化したらダメなものあると思うんです。文学にしても映画にしても、『これは文章にしかできない』『これは映像でしか表現できない』ということに対して、私は感動するんですよね」とコメント。
「他の脚本家のシナリオを自分が撮ることについては?」との問いには「自分は、このセリフを俳優がどんなトーンで言うべきか、一行のト書きがどこのアングルから撮られているのかを想定して書いています。でも他人の脚本となると、それを解釈しなくてはいけない。やはり自分で書いて撮るのが手っ取り早いんです」と語った。
さらに、脚本を書く時間については、「広島の実家に帰って、ずっと机に向かっています。たとえ書けていなくても、自分がその作品に向き合っていることが大事なんです。寝る前にも思い描いていると、夢の中でも繋がっていて、不思議と朝起きた時にもそれが続いていたりするんですね。多分、小さい子どもを育てているというような感覚に近いんじゃないかと思います」と語る。西川監督がどれほど脚本を大切にしているかが、改めて感じられるやり取りであった。
会場からはまだまだ多くの質問の手が上がったが、終了の時刻を迎え、熱気を帯びたまま閉会となった。「挑戦することも映画の役割」と語る姿勢は、まさに本イベントのテーマである「映画の冒険」と呼ぶにふさわしく感じられた。「自分はラッキーだ」という言葉が何度も飛び出していたが、プロとしての誇りと信念がチャンスを呼び寄せているのではないかと思えるほど、エネルギーに溢れている西川監督。更なる挑戦に期待したい。
(取材・文:外山香織/写真:秋山直子)
投稿者 FILMeX : 2009年11月18日 23:00