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2009年11月21日 『マダムと女房』佐藤忠男さんトークショー

satou_1.jpg 東銀座の東劇で開催されている第10回東京フィルメックスの特集上映「ニッポン★モダン1930 ~もう一つの映画黄金期~」。1930年代の作品を中心に島津保次郎、五所平之助、清水宏、小津安二郎など、日本映画史上に残る映画監督たちの名作を連日上映する。初日の21日には、日本初のトーキー映画『マダムと女房』の上映に先立ち、映画評論家の佐藤忠男さんによるトークショーを開催。佐藤さんから当時の日本映画の魅力、その映画史上の意義を語っていただいた。

佐藤さんのお話は、日本で映画が作られるようになったばかりの時期から始まった。1910年ごろから本格的に製作されるようになった映画だが、当時は歌舞伎や新派劇など、旧来の舞台俳優を起用した作品が中心。だが、従来の俳優は演技がオーバーで、日常を自然に描くには向いていないと松竹は考えた。そこで、映画製作を開始するに当たって、新たな試みにチャレンジしたという。「それは、アメリカに社員を派遣して、ハリウッドから技術者をスカウトしてきたということです。アメリカに行って、セシル・B・デミル(『十戒』など知られる映画監督)に相談したら“アメリカ人を雇う必要はない”と言われたそうです。カメラマンとして頭角を現しているヘンリー小谷という日本人がいるから、彼をスカウトしたらどうなの、と」

satou_2.jpg こうして松竹の監督として働くことになったヘンリー小谷だが、その演出方法が特徴的だったという。「“そこに立って五歩歩いて、そこで止まって、あそこに助監督が拳を掲げているから、そこに視線をやりなさい”。それだけの演技指導なんですね。“向こうにいる人は誰なんですか”って聞いても“それは知らなくてもいい”って言うんです」
プライドのあるプロの俳優だったら、とても納得できない話だが、この演出にはきちんと意味があった。それまで、女性の役を演じていたのは“女形”と呼ばれる女性を専門に演じる男性が中心。だが、松竹が映画製作を開始した頃は、“女性の役は実際の女性が演じるべきだ”という動きが起こっていた。とはいえ、女形中心で動いていた映画界には、“女優”としての人材がいない。そこで、松竹はダンスホールのダンサーだった高杉早苗などを起用することになる。こういった素人に演技指導する上では、“そこに立って、五歩歩いて…”という演出が有効だったというわけだ。
「これを徹底的にやったのが小津安二郎です。コップを持って、“もう一センチ上へあげなさい”とか“いやもう二センチ”とか。“これじゃ飲めません”と女優さんが言うと、“キミの演技よりも僕の構図の方が大事”と言ったそうです」

これによって、ダンサーやスポーツマンといった世の中の風俗、空気を感じさせる人物を多く俳優として起用できるようになった。さらに彼らが、世の中の匂いを持ち込むことで、モダンと呼ばれた“蒲田・大船調”というスタイルが作り上げられていく。その頃の松竹で重要な役割を担ったのが、島津保次郎監督。その弟子には五所平之助、豊田四郎、吉村公三郎、木下恵介、中村登といった日本映画の歴史に名を連ねる監督たちがいた。
「島津保次郎という人は、非常に自然でさり気ない、だけどとても爽やかで今日的であるという松竹の流儀を作り上げた。このためには俳優たちに対して、優しくなければいけなかった。つまり、俳優たちを叱るとひがんだり、すねたり、自信喪失したりして、爽やかな表情を見せてくれないわけですよ。島津保次郎の書いた文章にはこうあります。まず俳優さんと朝一緒にお茶でも飲んで冗談でも言って、そして彼女は今非常にいい気分だな、これならば20秒のカットに耐えるな、というようなことを判断して演出したと。逆に、これはダメだから、後ろ向きで芝居させよう、とか」

satou_3.jpg “蒲田・大船調”の確立に大きく貢献した島津監督が用いた、“現場をいい雰囲気にして俳優に気分よく演じてもらう”というこの演出方法は、弟子である中村登、木下恵介たちに引き継がれたという。さらに佐藤さんのお話は、島津監督とは対照的な演出を行った溝口健二監督や、松竹最初のスター女優・栗島すみ子のエピソード、さらには今回上映される『隣の八重ちゃん』、『浅草の灯』の魅力などを盛り込んで続いた。そして最後、当時の日本映画に対する海外からの評価で締めくくられた。
「30年ぐらい前にフランス人のノエル・バーチという映画史研究者が、東京に来て1930年代の映画を研究しました。その結果、「戦後になって黒澤明や溝口健二などの作品で評価されたが、実は日本映画は1930年代に世界の第一線に立っていた。我々がそれを認
識していなかっただけのことである」と『To The Distant Observer』という本に書きました。この本が世界の映画研究者たちに与えた影響は非常に大きい。松竹蒲田、大船が作り上げた独特なモダニズムは日本ならではのユニークなところです。そういうところに欧米の研究者たちが着眼してくれたということが非常に嬉しい。今見ると、普通の映画のように見えるけれども、そこに込められた洒落たセンス、気取らないセンス、役者の持ち味を大事にするセンス。これは世界の映画史上でも研究者が非常に注目しているところです」

ステージには椅子とテーブルも用意されていたが、佐藤さんは終始立ったまま、身振り手振りを交えて熱のこもったトークを繰り広げた。客席のファンも、そのお話に感心したり、ユーモア溢れるエピソードでは笑いが起こったりと、満足した様子。最後も、佐藤さんはまだまだ話し足りないといった様子だったが、残念ながら時間切れ。客席からの惜しみない拍手に送られて終了となった。

「ニッポン★モダン1930 ~もう一つの映画黄金期~」は、東銀座の東劇で11月29日まで連日上映している。一部サイレント映画では無声映画伴奏者の柳下美恵さんによる伴奏付き上映も実施されることとなった。今では見る機会の少なくなった名作の数々、この機会にその魅力に触れてみてはいかがだろうか。


(取材・文:井上健一/写真:米村智絵)

投稿者 FILMeX : 2009年11月21日 17:00



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