11月28日、特別招待作品の『春風沈酔の夜』が有楽町朝日ホールにて上映された。ロウ・イエ監督は第1回東京フィルメックスにおいて、『ふたりの人魚』でグランプリを受賞。十年後の今年、審査員としてフィルメックスに戻って来た。新作『春風沈酔の夜』はホモセクシャルのカップルを中心に南京に住む5人の男女の人間関係を繊細に描いている。上映後のQ&Aでは、カンヌ国際映画祭において脚本賞を受賞し注目を集める本作品に、多くの質問が寄せられた。
まず最初に、ロウ・イエ監督より「十年前ここで最優秀賞をいただき、十年後に新作を持ってここに帰ってくることができて、本当にうれしく思っています。皆さん見に来てくださってありがとうございます。この映画は純粋なラブストーリーで、人と人との間の本当に身近に起こる具体的な日常のこと、そういうものを描いています」と感謝の言葉が述べられた。
最初に過激な性描写について、こだわりがあるのかとの問いに「そのこと自体はあまり重要でないと考えます。もし性描写が二人の愛情の中に必要だという場合、性愛と愛情が密接な関係を持つ場合、映画の中で描写せざるを得ません。しかし性描写が不必要であるならば、それは入れなくてもいいし、とても必要な関係であるならばそれは当然描写すべきです」
また、ホモセクシャルの関係性を描くきっかけについては「最初は特に同性愛を取り上げようというつもりはありませんでした。しかし、脚本のメイ・フォンと議論する間に、ラブストーリーの中にこういう同性愛があってもいいではないかという考えに至ったんです。愛の範囲をもっと広くもっ と自由にとらえようと考えたわけです。ですからゲイの要素のほかにこの映画の中では二人の女性をかなり大きな比重で描いています」あくまでも、ラブストーリー、人間関係の描写の重要性について説いた。
次に、林 加奈子東京フィルメックスディレクターから、カンヌで脚本賞を受賞しているこの映画だが、脚本のメイ・フォンさんとの共同作業について説明が求められた。「メイ・フォンは『パープル・バタフライ』のときに脚本顧問として携わり、その後、『天安門、恋人たち』で共同脚本を手掛け、今回は彼が脚本を担当することになりました。」と二人の長期にわたる関係について語った。メイ・フォンさんと作業することで自由な感覚で映画を製作することができるという監督。その作業は単に脚本を書く作業に留まらない。
「まず今回は最初に第一稿を書きまして、その後、撮影の現場でも絶えず修正を加え、そしてまた、撮影が終わった後、編集の段階でも 彼が立ち会って、様々な意見を出してくれて一緒に作り上げていくといったコラボレーションをしてきました」繊細な人間関係を描く中、メイ・フォンさんの対応は隅々にまでいきわたる。「彼は撮影の現場でも俳優の様子を見ながら随時セリフを変更していくとか、ロケーションに合わせてまた脚本を変えていくとかそういう風にコラボレーションをしていったのです。ですから、映画制作の全てのプロセスが脚本を書くプロセスと同じであると考えています」
複雑な役柄を俳優たちが完璧に理解して演技しているが、その演出指示はどのようにおこなわれたのだろうか、という質問には「演出の特別なコツはないのですが、私が制作の現場で一番大切にするのは雰囲気なのです。俳優たちの気分だけでなく、全てのスタッフの雰囲気。すべての人がこの物語の世界に浸って、撮影が続けられるように心がけています」と答えた。
また、作品中に朗読される郁達夫の詩について「中国では郁達夫の小説というのはとてもポピュラーでして、私は彼の小説が非常に好きで『春風沈酔の夜』以外に他の作品もとても好きなんです。なぜかというと、彼は個人というものをきちんと描いている。人と人との関係を、非常に綿密に描写しています。そこが私の好きな点です。実は私の前の作品もずっと郁達夫という小説の影響を色濃く受けていると言えます」と約100年前の小説家から受けた影響について明かした。
南京を撮影地に選んだ経緯については「私個人の考え方ですが、南京という町は現代の中国では特別な雰囲気を持った街です。上海のようにとても商業的な街でもなく、北京のように政治的な街でもなく、その中間に位置するような都市、それが南京なんです。そしてまた、南京というのは郁達夫が生きていた時代に中国の首都であった場所なんです。そこは文人の雰囲気あふれているような街でした」郁達夫への思いは撮影地にも及んだようだ。
最後に、前作『天安門、恋人たち』で中国政府から5年間の映画制作の禁止を言い渡されている監督が、この作品を中国で制作しようと思った理由について尋ねられると「『天安門、恋人たち』の後、私は多分中国で一番必死で努力している監督だと思います。映画監督は禁止されてはならない職業だと思っています。 ともかく撮り続けることが大事」と映画制作に対する熱い気持ちで締めくくった。
(取材・文:安藤文江/写真:関戸あゆみ)
投稿者 FILMeX : 2009年11月28日 22:00