11月29日、東京フィルメックスの最後を締めくくるクロージング作品『渇き』が有楽町朝日ホールで上映された。「復讐三部作」で知られる韓国の鬼才パク・チャヌク監督の新作にして、09年カンヌ国際映画祭では審査員賞を受賞するなど、注目を集めている本作。上映後に行われたQ&Aではパク監督が登壇し、映画の異様な雰囲気に興奮冷めやらぬ会場から、数多くの質問が寄せられた。
上映前に行われた舞台挨拶で、パク監督は「東京フィルメックスは本当に面白い映画祭だと聞いていたので、声が掛かるのを待っていたら、10年も経ってしまいました。今年、やっと呼んでもらえたと思ってスケジュールを見ると、クロージング作品とのこと。結果的に、上映作品を1本も見ることができず、とても残念でした。今度は是非オープニングで呼んでくれたら嬉しい」と述べ、さらに「これはヴァンパイア映画なので、血と暴力のシーンも含まれていますが、ユーモラスなシーンもたくさんあります。笑えるところは思い切り笑ってほしい」と映画の見どころを語った。
上映後のQ&Aで再び登壇したパク監督は、本作の構想について「最初からヴァンパイア映画を目指したわけではなく、神父を主人公にした作品にしようと思っていました」とコメント。「神父が、強い誘惑に襲われ堕落の道を歩む機会を与えられたらどうだろう、と考えたんです。神父はミサの時にイエスの血に見立てられたぶどう酒を飲みますが、ヴァンパイアになった彼は、生存のために人間の血を飲まなければならない。人を救うはずの神父に与えられた苦痛を描こうと思いました。それに、神父がヴァンパイアになるという映画はほとんど聞いたことがなかったので」と説明した。
また、神父を演じたソン・ガンホさんの起用について問われると「この物語は、『JSA』(00)の撮影中から構想していて、真っ先に話したのが(同作に出演していた)ソン・ガンホさんでした。自分の中では、その時から彼を主演にすることはなんとなく決まっていましたね」とパク監督。「でも、ガンホさんからは「監督、あまり面白そうじゃないですね」と言われ、周囲の人間からも「普通、ヴァンパイア役は彫刻のような美男子が演じるもので、ちょっと違うんじゃないか」と言われてしまいました。考えてみたら、本人も周りも反対していたのに、なぜ起用したのか自分でもわからない(笑)」とキャスティングの裏話を披露した。
会場からは、神父を惑わせる人妻・テジュについての質問も寄せられた。「テジュ役のキム・オクビンさんには、演技の参考にしてほしくて、イザベル・アジャーニ主演の映画『ポゼッション』を見てもらいました。最近、韓国では押さえた演技が良しとされる傾向があるんですが、感情を爆発させるような演技もあると知ってほしかったんです」と演出について説明。さらに、「テジュはファム・ファタールの機能を持っており、神父と彼女の関係はひとつのフィルム・ノワールと言えます」と語った。
また、物語の展開においてユニークな役割を果たす、テジュの姑について尋ねられたパク監督は、エミール・ゾラの小説「テレーズ・ラカン」の影響を受けていることに触れ、「一歩引いた形で、ずっと事態を見物している人物を登場させたかったのです。それがテジュの姑で、彼女の目は、神父を見守る目であり、神の目であり、観客の目であり、神父が客観的に自分を見る目でもある。彼女はただ見続けるだけですが、その視線は審判でもあるのです」と答えた。
さらに質問は、映画のクライマックスに関わる部分にも及ぶ。「終盤に、神父が自分を聖者と崇拝している人々に対して驚くべき行動に出るが、その真意は?」と問われると「実は、以前マスコミ試写を行ったときも、このシーンにばかり話題が集中してしまって、正直驚いたんです」と率直な思いを語った上で、「神父は、あえて自分を堕落したように見せかけて、信者たちの目を開かせようとするのです。彼にとっては崇高な、殉教者の精神で行った行動なんですね」と説明した。
カトリックの家庭に育ち、「いつかは神父を主役にした作品を作るのではと予感していた」というパク監督ならではの、独特な宗教的視点も盛り込まれた本作。当サイトでは『サースト~渇き~』の仮題が表記されていたが、先日『渇き』という邦題に正式決定した。2010年2月、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館で公開。
(取材・文:外山香織/写真:村田まゆ、関戸あゆみ)
投稿者 FILMeX : 2009年11月29日 23:00