世界の映画祭だより

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2004年07月26日


第32回ラ・ロシェル映画祭・レポート

 フランスの大西洋側の港町、ラ・ロシェルで映画祭が開かれた。期間は6月25日?7月4日。後半の5日間だけだが、今年初めて参加したのでここに報告する。

 この映画祭は今年で32回目を迎えるという老舗の一つだが、ノン・コンペティション(上映と上映後のディスカッションだけ)なのであまり世間では話題にならない。だが毎年の上映作品を見れば、各国の新作とレトロスペクティブという映画ファン好みのリストが見られる。今年のレトロスペクティブは、ハリウッドの黄金時代を支えたヴィンセント・ミネリ作品19本と、トーキー時代になってマルクス兄弟の「我輩はカモである」(33)、スクリューボール・コメディの傑作「新婚道中記」(37)、戦後にはメロドラマの最高峰「めぐり逢い」(57)などを発表したレオ・マッケリーの無声映画時代のコメディ23本。ハル・ローチのスタジオで製作されたこのコメディに主演したのは、チャーリー・チェイスという映画史に忘れ去られた喜劇俳優(1910年代にはチャップリンの初期作品にも出演)。上映はピアノ演奏つきだが、その奏者が時によってバンドネオンやピッコロ・ベース(?)を弾くという変則的なものだった。チャーリー・チェイスの動きはチャップリンに似ているが、顔は何となく小津安二郎や清水宏作品の常連、斉藤達雄似というアンバランスが楽しかった(とくにふざけた顔のとき)。また、最終日にはオールナイトでキャサリン・ヘップバーン作品を5本上映し、翌朝には会場のすぐ横にある港に簡単な朝食が用意されているという趣向もあった。
 上映会場は市民ホールに2館(850と280席)、市内の映画館(ル・ドラゴン)の5スクリーン(それぞれ180、200 x 2館、320、380席)、文化センター(210席)の計8スクリーン。観客層は圧倒的に市民で、ジャーナリストや映画祭関係者は50人程度と思われる。ラ・ロシェルという街がフランス国内の避暑地であること、また近年、イギリスやオランダ人などが移住してきたこととから、彼らも観客として参加していると思われる。

 では作品紹介を見た順番に…。

① チャーリー・チェイス短篇6本(プログラム5)
② 「ナディアと不器用な男たち」(99年、ドミニク・カブレラ監督)
1981年にドキュメンタリストとしてデビューしたカブレラ監督は、1994年まで4本の短篇ドキュメンタリーをつくり、1996年、長篇フィクション(「海の向こう側」)に挑戦した。短篇はこちらの映画祭到着前に上映されていたので見られなかったが、解説によると全体的に社会の弱者への視点を描き続ける作風のようだ。僕にはまるっきり未知の監督だった。
この「ナディア」も社会の底辺で苦しむ男女の物語で、1995年の冬に実際にあったパリ交通機関のストを舞台に描いている。生後、半年の息子を抱えるナディアは、ただ一度だけ関係を持って逃げ出した鉄道員の父親を、ある日、鉄道ストを報道するテレビのニュースで見つけた。その男を捜すためにパリの街をさまようナディア、その途中で出会ったスト中の鉄道員たちとの関係を心優しいタッチで見せている。フィクションと現実の融合を見事にやり遂げた作品だ。
③ チャーリー・チェイス短篇5本(プログラム4)
④ 「人の優しさというミルク」(2001年、ドミニク・カブレラ監督)
 個人的に大好きなマリリン・カントという女優が主演の作品。二人の子供を持つ平凡な主婦が、あるとき突然に神経症に陥り家出する。心配した夫が友人や義理の両親宅などへ行ってみるが、彼女はいない。実は、下の階に住む一人暮らしの女性宅にかくまわれていたのだ。現代社会に生きる女性の地位や身分に関して考察する作品。ややステレオタイプの部分もあるが、女優の魅力で合格点。
⑤「蜘蛛の巣」(55年、ヴィンセント・ミネリ監督)
  ネブラスカの精神病院を舞台にした人間ドラマ。院長役のリチャード・ウィドマークをはじめ、シャルル・ボワイエ、ローレン・バコール、デビューしたてのスーザン・ストラスバーグ、そしてなんと言っても怖い会計係のリリアン・ギッシュという芸達者ぞろいだ。読書室のカーテンの架け替えを発端に、医師や患者だけでなく、院長の妻までも巻き込んで人間の醜さが描かれていく。
⑥「ニナ A matter of Time」(76年、ヴィンセント・ミネリ監督)
  娘のライザ・ミネリが主演したミネリ監督の遺作。1949年、イタリアの田舎からローマへ出てきた主人公がメイドとして勤めたホテルには、少し頭の狂ったサンジアーニ伯爵夫人が長期滞在していた。夫人に気に入られたニナは彼女の部屋に頻繁に出入りをし、昔話を聞くのだった…。ライザ・ミネリはもちろん歌を披露するし、イングリッド・バーグマンも昔日の美しさにはほど遠いが、気品を保って伯爵夫人役をこなしている。だが、全体に弛緩した雰囲気があるのは、老齢を迎えたミネリ(当時、73歳)の演出力の低下といえるかもしれない。とはいえ、未公開の作品を見られたうれしさは残る。
⑦チャーリー・チェイス短篇6本(プログラム3)
⑧「さらば、龍門客桟」(2003年、ツァイ・ミンリャン監督)
  去年の東京国際映画祭でも上映されたツァイ監督の最新作。キン・フー監督の「龍門客桟」と台湾の映画館への監督の思い入れから生まれた作品である。いつものようにセリフは極端に少なく、全篇のほとんどが映画館の中である。監督のお気に入り、リー・カンション演じる映写技師、「龍門客桟」に実際に出演していた石雋と苗天が映画館の観客として自分たちの主演作を見つめる。そしてその横には、なぜか日本人の若者が座っている。ほとんど全篇が長回しの映像で、これほど退屈で、これほど豊かさをもつ作品も珍しい(ただし、ツァイ監督のファン以外にはそっぽを向かれるだろう。プレノンが買ったという話も漏れ聞いた)。最後のほうで約7分近く、映画館のスクリーンだけが映し出されるシーンがある。何も動かず、観客たちは戸惑い、ラ・ロシェルの観客たちは2分もすると出て行く人もいて、3分ぐらい経つと失笑に近い笑い声も起きた。終わったときに拍手も起こったが、あれは感動したための拍手なのか定かではない。前作よりもいっそう過激になった監督の行き着く先はどこなのだろうか。
⑨「ヨランダと泥棒 Yolanda and the Thief」(45年、ヴィンセント・ミネリ監督)
  ミネリの日本未公開作品。フレッド・アステアとルシール・ブレマー演じるロマンスである。18歳まで修道院以外の生活を知らない少女が、両親の莫大な遺産を受け継いで叔母の家へ戻ってくる。それを聞きつけたケチな詐欺師(アステア)が、仲間と共に少女をだまし、財産を奪おうと奔走するが、最後には彼女の純粋さに打たれ恋してしまうというお話。やはり見どころはアステアのダンスだが、到底18歳には見えないブレマーがミスキャストであることを除けば楽しい作品である。
⑩「走り来る人々」(58年、ヴィンセント・ミネリ監督)
  個人的に、今回の映画祭最大の収穫だった(2回見た)。ゴダールの「軽蔑」のポール役を演じたミシェル・ピコリがお風呂の中でもソフト帽をかぶっているのは、この作品のディーン・マーチンへのオマージュである。出演陣の豪華さは今でも通用する。フランク・シナトラ、シャーリー・マックレーン、ディーン・マーチン、アーサー・ケネディ…。ぜひWOWOWで放映してもらいたい。
  1冊だけ本を出版したことのある男(シナトラ)が除隊して生まれ故郷に帰ってくる。その街で宝石商を営むまともな兄にとっては厄介者のご帰還である。そのうえ、彼を追って酒場女(マックレーン)までがついてきた。バーで知り合った賭博師(マーチン)と意気投合し、酒場女とともに彼の家に転がり込んで放蕩の日々を過ごす。あるとき兄の家で若き令嬢に出会い、ひと目ぼれするが…。
  ともかく3人の演技と脚本(原作があるらしいが)がすばらしい。笑いもふんだんに盛り込まれ(とくにソフト帽について)、最後には涙を誘うという大人のシニカルな風刺劇である。
⑪田舎町の春(48年、フェイ・ムー監督)
  田壮々監督作品「春の惑い」(2002)は、この作品のリメークである。日本では2002年にフィルム・センターで上映された。ラ・ロシェルでは田壮々監督のレトロスペクティブもやっていたので、その一環として上映されたのだろう。田舎の貧しい夫婦のもとに、夫の昔の親友が訪ねてくる。その男は、二人の結婚前にその女と愛し合っていた。そこから生まれる感傷的なメロドラマだが、主人公たちの葛藤が細かく描かれている。
⑫「踊る海賊」(48年、ヴィンセント・ミネリ監督)
  ジーン・ケリー、ジュディ・ガーランド主演、音楽は全篇コール・ポーターという豪華で楽しいミュージカル。伝説の海賊マココに憧れるガーランドが結婚のためカリブ海にやってきたとき、劇団の一座の奇術師ケリーに見初められてしまう。ケリーは彼女を口説き落とすため、あの手この手を使い(催眠術のシーンは秀逸)、最後には当然のごとくマココを倒し、二人で幸せに暮らすというもの。
  やはりケリー好きとしては、あのアクロバティック踊りには高揚感を感じてしまう。一緒に見た人は全員がアステア派でした。

 個人的には非常に充実した映画祭、それもロベール・アンリコ作品「冒険者たち」のラストに出てくる海の中の要塞へのクルーズに行けたことも大きい。昔は上陸もできたらしいが、現在は観光船でその周りを回るだけ。一時はホテルに改装する案もあったそうだが、現在はフランスのゲーム王の個人的な所有物。彼は要塞を買い上げるとそこを舞台にしたゲームソフトを開発し、そのためにフランスでも一躍有名な観光地になったそうだ。僕らが乗った船にも30人ぐらいの観光客がいた。
 決してメジャーな映画祭ではないが、映画ファンには街も映画も楽しめるものであった。

<文=寺尾次郎・字幕翻訳家>

投稿者 FILMeX : 2004年07月26日 18:00



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