2005年10月14日
山形国際ドキュメンタリー映画祭2005 レポート
アジアにとどまらず世界においても有数のドキュメンタリー映画祭として国内外から広く支持されている山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)2005が10月7日から13日まで、山形市内の公民館や各映画館を会場として開催されている。
http://www.city.yamagata.yamagata.jp/yidff/home.html
今年は10周年記念となるプサン国際映画祭と同時期に開催されていることで、映画ファンや関係者などの参加者が減るのではないかと懸念されていたが、いざふたを開けてみると、三連休を中心にインターナショナル・コンペティションが上映されるメイン会場の山形中央公民館(600席)や、フォーラム5(200席)が満席になる上映回もあるなど、かなりの盛況をみせている。動員数はこれまでとは変わらないくらいでは、という見方もあり、これは今年から会場数が減ったことで、元々の観客層が一部の人気上映回に集中したこともひとつの原因のようだ。
とは言え、映画祭の核となるインターナショナル・コンペティション(15作品)は、どの回もたくさんの観客であふれており、この映画祭の理念が映画ファンや山形市民に定着していることを窺わせる。上映作品の中では、今年春に東京で開催されたアラブ映画祭でも上映された、ミシェル・クレイフィとエイアル・シヴァンによる270分の大作ドキュメンタリー「ルート181」や、どちらもベルリン映画祭のフォーラム部門で上映された、中国の「水没の前に」、インドの「ファイナル・ソリューション」、その他にも数々の映画祭での受賞歴をもつ「ダーウィンの悪夢」など、海外の映画祭の話題作がここ山形においても好評を博した。その他、アイスランドの多国籍サッカーチームの泣き笑い転戦期「アフリカ・ユナイテッド」も多くの観客に支持されていたようだ。
また、今年の東京フィルメックスで最新作「焼けた劇場の芸術家たち」が上映されるカンボジアのリティ・パニュの前作にあたる「アンコールの人々」もこの部門に参加している。アンコールワットを訪ねる観光客にお土産品を売りつける少年や遺跡発掘作業に携わる労働者の視点から、様々な社会問題が立ち上る様子を“ドキュメンタリー”と一概に括りつけることの出来ない演出を用いて描き出した野心作である。1回目の上映となったフォーラム5は観客が入りきれず入場を断られるほどの人気であった。2001年のYIDFFでは「さすらうものたちの地」がロバート&フランシス・フラハティ賞を、2003年には「S21 クメール・ルージュの虐殺者たち」で優秀賞を受賞するなど、この映画祭におけるリティ・パニュ監督の人気がよく分かるが、残念ながら予定されていた来日はキャンセルとなった。あらためて東京フィルメックスでの出会いに期待したい。
これら15本のコンペティション作品は、東京フィルメックスでもおなじみのジャ・ジャンクー監督ら審査員5名によって審査され、最終日の「世界」の上映に引き続き行われる表彰式で発表される。
■受賞結果↓
http://www.city.yamagata.yamagata.jp/yidff/2005/2005.html#award
コンペティションと並んで、毎年の山形の顔となる「アジア千波万波」部門では、26作品が紹介されて、こちらも多くの観客を集めていた。
また、並行してプログラムされた、数々の特集上映部門のうちでも、その膨大な数と内容により評判を集めたのが、在日をテーマにした特集「日本に生きるということ-境界からの視線」である。在日作家による作品はもちろんのこと、日本から海外へ活躍の場を移した監督の作品や、各種ニュース映画や総連映画製作所の作品、テレビドキュメンタリーやはたまた在日が物語の一部にに登場する日本劇映画までをも含めた貪欲なプログラムは、決して一方からの視点だけを観客に押し付けるのではなく、より多角的かつ立体的に在日という概念を捉え直して、ひいては日本に生きるという意味をも見つめ直すきっかけを与えてくれるものである。諸事情で未公開のまま、今回発掘された劇映画「赤いテンギ」などを始めとして、朝から配布された整理券が上映前にはなくなってしまうという盛況ぶりをみせた。
その他にも興味深い特集上映がプログラミングされた。今年の東京フィルメックスでは1920年代から1940年代に製作されたスイス映画6本が上映されるが、ここ山形でもスイス・ニヨンのヴィジョン・デュ・レール映画祭との共同企画で「私映画から見えるもの スイスと日本の一人称ドキュメンタリー」と題された特集が行われた。日本とスイスの、ベテランから若手まで様々な作家によるセルフ・ドキュメンタリー作品が上映され、また2回にわたり開かれた公開ディスカッションでは、登壇したスイスの作家たちや佐藤真監督、河瀬直美監督の間だけでなく、観客の間からも積極的な意見が提示され満員の会場は熱気に包まれていた。
また、東北芸術工科大学との共催で行われた「雲南映像フォーラム」では、雲南省の少数民族に関する新旧の記録映像を上映して、ゲストを招いたディスカッションが行われるなど、貴重な機会が設けられた。ただ珍しい作品が上映されたというに留まらず、民族映像の意義を問い返すきっかけとなったことは喜ばしい。
映画祭が作家を育て、支援していくという理念を私たちの前にはっきり見せてくれた特集プログラムが「大歩向前走-台湾『全景』の試み」と題された6本の上映である。このプロジェクトは1999年9月21日に発生した台湾大震災を、その発生直後から現在に至るまで数年間にも及ぶ長期取材を通して記録した、「全景」という制作者集団の作品群による。そのうちの1本、呉乙峰「生命(いのち)-希望の贈り物」は2003年の山形で優秀賞を獲得したが、今回、その他の5本の新作が新たに紹介された(他に1本、10時間近くに及ぶ作品がポスプロ中という)。
呉乙峰の新作「天下第一の家」を始めとするこれらの作品は、震災後に地表から噴き出したかのような地域間や世代間の対立、財産や家への執着など人間の“なま”の部分を描き出しながらも、それでも人々は生きていくという姿を数年間にわたり追い続けている。台湾での上映の際には「生命」ほどの反応は得られなかったというが、確かに“感動”を与えるような構成ではなくとも、作り手の被写体や観客に対する誠意と真剣なまなざしが十分に伝わる映像は貴重な記録となっている。
奇しくも映画祭期間中にパキスタンでの大震災が発生して、現在もその推移を見守っている最中である。2003年の「生命」をきっかけとしたこの特集上映が、作家にとって発表と成長の舞台になっていることを実感した。この「全景」のこれからの活動と、それを支援していくYIDFFの姿勢に声援を送りたい。ただ、他のプログラムと比較して観客数が寂しいようであったが、裏返せばYIDFFのプログラムがそれだけ充実しているということの証でもあるだろう。
山形市民を中心とする200名を超えるボランティアスタッフや、ゲストとの出会い・交流の場となる「香味庵」など、映画祭を支える人々の姿も印象に残る、まさに「遠くにありて想うふるさと」のような映画祭である。
(文責・岡崎 匡)
投稿者 FILMeX : 2005年10月14日 13:44