2006年11月20日
『クロース・トゥ・ホーム』Q&A
中東地域の長い抗争の歴史でもかつてない程の、市民生活における緊張と繰り返される流血の応酬。平和な毎日を過ごしていては、あるいは一般の映画ファンというだけであれば、ともすれば見過ごしたくなる現実を、一方の当事者の国に暮らす2人の女性が鋭く鮮やかに切り出して見せた。大上段に「社会派」を構えるのではなく、ただ、イスラエルの若い女性兵士たちの日常と非日常とを交錯させて。
ダリア・ハゲル監督はプロとしての初作品、ヴィディ・ビル監督は初の長編映画をひっさげての来日、司会を務めた市山尚三プログラム・ディレクターに促されて、そろって感想を述べた。「今回のご招待有り難うございます。心温まる歓迎に感謝しておりますし、東京の街も大好きになりました」
Q&Aは市山の質問から始まった。私たちにとって未知の領域である女性兵士を描く企画はどのように始まったのだろう。どちらか1人の提案から?
ビル「兵役はイスラエル女性にとって現実の一部であり、過去の記憶の一部でもあります。私自身20年余り前に経験しています。当初は2人でTVシリーズを作る予定でしたが、偶然兵役の思い出を語り合ううちにこれまでになかったこのテーマの映画を制作するよい機会だということになったのです。イスラエルの50年におよぶ兵役の歴史でも初めての試みでしたから」
続いての観客からの質問、「“Close to Home”というタイトルの理由は?」に、ハゲル監督が、「これは軍隊用語なんです。兵士たちは親元に住みつつ兵役に就いていますから、その意味。また、パレスチナ人とイスラエル人は同じホームに同居しているという意味でもあります」世界の趨勢に反して喫煙する女性が多いという指摘には、「確かにイスラエルでは女性が男性より吸うほど。軍隊では特に。若い頃は健康にも構わないし」と。ストーリー中、除隊してロシアに移り住むという女性が編んでいたセーターを結局上官にプレゼントしたのは何故?と聞かれて、「セーターを勤務中に編んでいたこと知らないで厳しい上官が喜んでいる、というジョークですよ」と、シニカルにビル監督。
次の質問者が、「映画の中で軍隊が直接的に批判されているとは思わなかったが、兵士達がストレスの多い暮らしをしていることはよく分かった。撮影に際して軍の協力は得られたか」と聞く。「軍に対する批判は表現したつもり。でも、軍はユニフォームを貸してくれるなどの協力はしてくれました」
共同監督の役割分担やその長所短所については、「当初は互いの役割を決めていたけれど、結局はすべてを2人共がすることに。21日という短期間にエルサレム市街での撮影はとても慌ただしいものでしたから」と感慨深い様子で述べた。そして、「監督というのはとても孤独な仕事。プロデューサーに叱られたときに2人だと慰め合える」と、茶目っ気も見せる。「長い時間をかけて脚本を共同執筆しても意見の合わない時があったのは欠点といえるかもしれないけれど、最終的には同意に至りました」
女性兵士という人物像を描くにあたり、演出上で気をつけた点はという質問に、ビル監督は「80%の女子が兵役に就く国であり、ほとんどの女優たちもその実体験があるので、その点での困難はありませんでした」映画のラスト近くで、ID登録を拒んだパレスチナ人との絡みの後で、映像は激しい声だけの応酬になるのはどんな意図なのかと聞かれると、「実際の暴力の場面を表現するよりも、暴力的なシーンを観客に想像させる方がずっと力強いインパクトを与える効果があると信じています」と、この映画の大切な主張を誠実に語った。
最後に市山から、「将来また2人での制作の計画は?」と聞かれたのに対して、ビル監督が「今回はほんとによい経験でしたが、この広い宇宙でひとは各自の道を歩むもの。私たちも今後はそれぞれの道をゆくでしょう」才能溢れるふたつの個性の未来を、私たちも楽しみにしたい。
(取材・文:山口紀江)
投稿者 FILMeX : 2006年11月20日 22:00