2013年8月4日に生誕100年を迎える中村登は、松竹の看板監督として生涯に82本の劇映画を残しました。特に文芸映画で高い評価を得ており、『古都』(63)と『智恵子抄』(67)で2度、アカデミー外国語映画賞にノミネートされています。8月28日から開催される第70回ヴェネチア国際映画祭クラシック部門にて、『夜の片鱗』(64)がニュープリントで上映されます。
第14回東京フィルメックスでは、この『夜の片鱗』を始めとした中村登監督の特集上映を行ないます。その他の作品については、後日、発表いたします。
『夜の片鱗』
(The Shape of Night/1964年/106分)
■監督:中村登 脚本:権藤利英 原作:太田経子
■ 出演:桑野みゆき、平幹二朗、園井啓介、岩本多代 、富永美沙子、菅原文太
■ あらすじ:19歳の芳江(桑野)は、工場で働くかたわら、夜はバーに勤めていた。そこで知り合ったサラリーマンの英次(平)に人生を託して身体を許したが、実は彼はヤクザ組織に身を置いていた。やがて金を無心するだけでなく、売春を強要するようになった英次に耐えきれなくなった芳江は逃げ出そうとするが…。どうしようもない男と知りつつ離れることのできない、複雑な心理に揺れ動く女性を桑野みゆきが好演。印象的な色彩設計やカメラワークが深みのある美しさを生み、物悲しさをたたえた叙情的な世界を作り出すことに成功している。
【ヴェネチア国際映画祭クラシック部門 ステファノ・フランチャ・ディ・チェッレェ氏(Stefano Francia di Celle)コメント】
——スタイリッシュな演出と、美しき桑野みゆきの鮮烈な演技との、巧みなバランス。桑野は『青春残酷物語』(大島渚)で欧米の観客に知られている。そして中村登を同時代の松竹ヌーヴェルヴァーグの巨匠たちと比べて見ることは、とても意義があるだろう。そこには、女性への虐待、解放への苦闘、急激な経済成長の中での社会環境の過酷さといった共通したテーマが見られる。しかし、他の巨匠たちが自らの映画的・文化的な探求を進めるのに対して、中村監督はそうした状況を背景にしながらも、主人公の女性がたどる”遥かな旅”にあらゆる人が自分を重ね合わせられるような物語を紡いでいる。『夜の片鱗』は、作家的な映像の探求、社会問題、大衆映画的な訴求力との間にある興味深く、巧みなバランスを体験できるだろう。
【中村登プロフィール】
1913年8月4日、東京・下谷に生まれる。1936年東京大学文学部卒業と同時に助監督試験を受けて松竹に入社、大船撮影所で斉藤寅次郎、島津保次郎らにつく。1941年6月監督に昇進、記録映画『生活とリズム』(1941)を1作目に製作。続いて同年に劇映画としてのデビュー作である『結婚の理想』(1941)のメガホンを執る。『我が家は楽し』(1951)では、大船調のホーム・ドラマで優れた演出ぶりを発揮して好評を得る。松竹カラー映画の2作目となる『夏子の冒険』(1953)では、カラー映画にふさわしい華麗な演出を展開し、第一線監督としての名声を築いた。 川端康成原作の『古都』(1963)は、岩下志麻の二役で双生児を登場させる物語のユニークさと京都の季節ごとの美しさを折り合わせた作品となり、アカデミー外国語映画賞にノミネートされる。有吉佐和子の原作を映画化した『紀ノ川』(1966)は、明治、大正、昭和に生きた女の姿を描き出し、ベテラン監督の風格を見せつけた名作である。1981年5月20日、死去。享年68才。勲四等旭日章を受勲。
*英語字幕付きニュープリントは、東京都及び東京都歴史文化財団の協力により作成されます。