「映画」の時間

『お早よう』を話そう〜親子鑑賞会レポート

寒さがまだ残る3月9日(日)に、都内の松竹本社にて第8回<「映画」の時間>が開催されました。今回は「『お早よう』を話そう〜親子鑑賞会」と題して、小津安二郎監督の1959年の名作を親子で鑑賞し、上映後のワークショップで感想を共有する試みです。
 
S0075542.JPG小津監督は、日本国内のみならず、世界の映画ファンや映画監督からも尊敬を集めています。2013年に生誕110年と没後50年を迎えたことを記念して、4作品がデジタルリマスター復元され、昨年5月のカンヌ映画祭で『秋刀魚の味』、8月のヴェネチア映画祭で『彼岸花』、今年に入って2月のベルリン映画祭で『秋日和』、そして3月の香港映画祭で『お早よう』が上映されました。これら4作品がBlu-rayで発売される機会に、松竹のご協力をいただいて実現いたしました。
 
P3095269.JPG参加者は一般の公募で集まった12組のご家族、子どもたちは6歳から12歳までの17名。
受付では登場人物の顔写真が印刷された紙に、自分の名前を書き込んで名札代わりにします。
 
まずは「おはようございます」の挨拶から。慣れない場所だからか、見知らぬひとたちに囲まれているからか、子どもたちの声に少し力が足りません。「これから観る映画は、あいさつがとても重要な役割を果たします。もう一度おおきな声でやり直しましょう」今度は、とても元気な声で「おはようございます」の挨拶が聞こえてきました。
 
S0325743.JPG上映の前にはスタッフと子どもたちの間で短いお話をしました。「ラジオがお家にあって、聴いたことがあるひと?」との質問に、子どもたちは「おばあちゃんのお家にならある」との声が。やはり普段はあまりなじみがないようです。「じゃあ、テレビを観たことがないひとは?」誰も手を挙げません。「みなさんはいま欲しいものがありますか?」の質問には「Wii U!」と素早い反応が返ってきます。「おとうさん、おかあさんは欲しいものはありますか?」「おかあさんは宝石が欲しいんだよ」と子どもが教えてくれます。
「これから観る映画は、テレビがまだお家にあまりなかった時代。10軒のうち、3軒ほどにしか、ありませんでした。だから、大人も子どもも、みんながテレビに夢中で、みんなが欲しいと思っていた時代のことです」と、いまの感覚からは、あまり想像できなかったことを補足します。映画を観る前のお話は、これだけ。
 
参加者には、コミュニティシネマセンターが2006年に作成したリーフレットと、当時を理解するためのヒントになるキーワードについての副読本を配布してあります。(収録されたキーワードは…「婦人会」「軽石」「ねこいらず」「給食費」「若乃花」「押し売り」「ルンペン」「西洋寝着」「翻訳」「タンマ」「テレビ」「デジタルリマスタリング」)
 
今回は”『お早よう』をお話しよう”というイベントです。映画の中でも、お話する、伝えるということが、とても重要なポイントになっています。そこで、今回の映画は「たくさんお話をしてもよい」ということにしています。上映の最中に、聞き取りにくかったり、分からない言葉や、難しいなと思ったことは、隣にいるお父さんやお母さんに聞いてもかまいません。ただし、映画と関係のないおしゃべりをしてはいけません。
 
さて、いよいよ上映開始。
最初は少し硬かったような場内の雰囲気も、映画の中のおならの数が増えるにつれて次第にやわらかく変化していきます。土手の上でラジオ体操をしながら、リズムに合わせておならを連発するおじさんに、子どもたちは大喜び。押し売りとの攻防や、ご近所のうわさ話などはお母さんたちにも実体験があるのか、大人からも笑い声がもれてきます。特に勇の「ちぇっ」と胸の前で指を鳴らすフリや、覚えたてで脈絡のない「アイ・ラブ・ユー」などの数々の微笑ましい言動に、自然と笑いが起きます。実と勇が盗み出した、おひつとやかんが無人の交番の机に並べられている場面では、子どもたちの笑いがどっと起き、<省略>の味わいも楽しんでいたようです。
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(C) 1959 松竹
 
また、上映前に「お話しよう」とナビをしたこともあり、上映中も親子で映画の内容やセリフ、画面に出てきたモノについて会話をしている光景も見られました。
94分の上映時間、「終」のマークとともに場内からは自然と拍手が起きました。
 
試写室から出て来て、会議室へと場所を移します。
まずは名札に印刷された登場人物「お父さん」「お母さん」「実」「勇」にあわせて4つのテーブルに分かれて座ります。「お父さん」は父親と母親の混成チーム、「お母さん」は全員母親のチーム、「実」は2年生から6年生、「勇」は1年生と年長さんのチームです。いきなり説明もなく、お父さんやお母さんたちと分かれて、見知らぬ同年代の子どもたちとテーブルを囲み、「これから何をするんだろう…」とやや不安げな子どもたち。
 
まずは本題に入る前の準備体操として、ミニゲームをしました。映画の中で、両親とケンカしてだんまり作戦を実行中の実と勇が、給食費を学校に持っていかなくてはならなくなり、大ピンチ。どうにかして、お母さんから給食費をもらおうと、言葉を使わずにジェスチャーで伝えようとしますが…。久我美子演じる節子おばさんにも分かってもらえず、このやりとりが爆笑ポイントになっています。この場面を思い出しながら、まずはそれぞれのチームでジェスチャーゲームをしてみました。お題は「好きなもの」。各チームのファシリテーターから始まり、それぞれ2人にジェスチャーをしてもらい、30秒の制限時間内に正解を見つけます。大人チームはさすがに人生経験の余裕からか、見事に正解を連発しますが、子どもチームは苦戦しています。3ゲームが終わったところで切り上げようとすると、勇チームからは「もっとやりたい!」の声が出ましたが、本題に移ります。
 
「これから始めることは、学校の授業とは少し違います。正解を見つけることが目的ではありません。みなさんが「気づい」たことを「話し合う」ことを大切にしたいと思います」
 
各テーブルに配られたA4の白紙とカラーペン。「映画の中で、覚えている場面、忘れられないことを絵に描いてください」と告げられました。制限時間は4分。絵は上手でなくても構いません。棒人間でもいいです。何が映っていたかな…誰がいたかな…どんな色だったかな…描きながら思い出していきます。おしゃべりをたくさんしても構いません。みんな次々に描いていきます。
何を描こうかな…と迷っている子どもたちもいます。ファシリテーターとお話しながら、「場面」を見つけていきます。

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さて、制限時間になりました。今度は、その描いた絵をもとに、ひとり1分ずつ、チームのメンバーにどの場面か、何を描いたのか、なぜ気になったのか、などをお話していきます。同じ場面を描いたひともいれば、ばらばらになったチームも。思い思いの場面がテーブルの上に広がりました。
 
P3095310.jpgそして、次はそれぞれの絵とコメントをもとに、メンバーが思いのままにお話していきます。
大人チームは大盛り上がり。1人が感想を言うと「私もそれが気になりました」「他に◯◯もありましたよね」と続き、疑問点が出てくると、みんなで考え込んだり。子どもチームも絵を見ながら、言葉をつなげていきます。
出て来たコメントや感想、疑問点など、なんでもぜんぶを拾い集めて、ファシリテーターが付せんに書き出していきます。大きな模造紙を、各チームの付せんが埋めつくしていきます。
 
6分ほど話し合ったあと、1分間でまとめの時間です。この後の発表に向けて、それぞれ似た内容の付せんを分類して模造紙に貼付け、分類したグループに名前をつけていきます。それぞれのチームで、どの話題がホットだったかが次第に浮かび上がってきます。
さて、発表の時間です。
 
DSCF5930.JPGまずは「勇」チームから。子どもたちの絵を見せながら、どんなことを話し合ったのか、他のチームに伝わるようにお話していきます。
このチームはいちばんちいさな子どもたちが集まっていたのですが、みんな積極的にお絵描きをしていました。その中でも、映画本編の冒頭で、松竹のロゴマークとともに浮かび上がる富士山が強く印象に残ったらしく、紙いっぱいに立派な富士を描く子どもが続出しました。中には「松竹」と漢字で書いている子どもも…。普段から、山を描き慣れているから、というのもあるかも知れません。
大きく分けると、やっぱり大人気の①『おなら』(いろいろな人物のおなら、うまくできない子どもなど)、だんまり作戦中におひつとやかんのお茶を盗み出して土手で食べたり、おならを上手に出すために軽石を食べたりする②『食べる』、朝の登校や町内会費をめぐるやりとりなど当時の③『生活』に注目するお話が多く出ました。
 

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P3095354.jpg続いて「実」チームは、勇チームと比べて少しお兄さんにあたる子どもたちです。絵を描いて見せることに照れている子もいますが、どんどん描いていく子もいます。ここは助産師をしている原口さんのおばあちゃんが、押し売りを大きな包丁で撃退するところが一番人気でした。勇チームと同じく、土手におひつとやかんを置いて逃げ出したところや、勇が覚えたての「I Love You」を文脈に関係なく連発して笑いを誘っていたことなども印象に残ったようです。二人が意地になってだんまり作戦を敢行するところでは「やりとげる根性がすごい、僕なら絶対ムリだと思った」という意見も。
 

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P3095355.JPG「おかあさん」チームでは、やはりおかあさん目線のコメントがたくさんあがりました。佐田啓二をめぐる『恋愛』や、当時の風俗が垣間見える『時代』、『子どもたちの様子』などについても出ましたが、なんと言っても『主婦・女性の視点』に意見が集まりました。主婦のうわさ話の恐ろしさや、エプロンの前が濡れていたり、お父さんの足袋の裏が汚れていたり、結局、最後はテレビを買っちゃうんだね(子どもに甘いなあ)というような、”あるある”ネタに共感したようです。また、多くの方が『色の使い方や柄、インテリア』がオシャレ!と感じたようです。たとえば、おばあちゃんの服やふすまの柄がかわいい、赤とえんじ色の使い分け、お茶碗の柄がみんな違う、道路の街灯がモダン、などなど。
 
P3095356.jpg最後の「おとうさん」チームは、男性と女性の混成チーム。ここでは子どもチームと同じように『おなら』の話題も出ましたが、おひつや火鉢、フラフープなどあまり見かけなくなった『モノ』に視線が集まったようです。そして、いちばん盛り上がった話題が『家、建物』について。各家庭の配置がどうなっているのかが謎、外観も内観もどれも同じように見えるのが不思議、玄関と勝手口の関係など間取りがわからない…など、すっかり小津世界の迷路にはまりこんでしまいました。そもそも建売りなのか借家なのか…丸山さんが引っ越したから借家に違いない、家の中にいながら隣の家と会話できるなんて面白いねえ…など、話は尽きませんでした。
 
さて、それぞれのチームからの発表が終わりました。お家に帰ってから、今度はお父さん、お母さん、子どもたちで自分たちの描いた絵を見せながら、またいろいろとお話が出てくることでしょう。
 

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ここで松竹株式会社メディア事業部の藤井宏美さんに、今回上映した『お早よう』のデジタルリマスタリングについて、解説していただきました。実際の35mmフィルムやDCPのHDドライブ、Blu-rayディスクなどを見せていただくことで、より実感できるものとなりました。
 
また、先日104歳で亡くなられたまどみちおさんの『おならはえらい』という詩を紹介しました。この詩には、『お早よう』と重ね合わされる部分がいくつもあるように見えます。
 
最後に、参加してくださった子どもたちにお土産が配られました。
中に入っていたのは…昔なつかしい紙風船と巻鳥のほか、作品ポスターにも映り込んでいる木製のなげわのミニチュア、喜びを爆発させた勇が景気よく回すフラフープ(組み立て式!)、そしておならと言えば…ブーブークッション。これをつかえば、軽石を飲まなくても、実や勇より上手におならを鳴らすことができます。

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P3095343.JPGそして、今回の鑑賞会特製のソーマトロープとマジックロール。マジックロールの方は、お家に帰ってから自分で作れるようなキットになっています。鉛筆を左右に動かすことによって、節子おばさんが部屋に入ってきた途端に勉強をしているフリをする実と勇が見えます。これも、徹底的に構図や相似形のアクションにこだわった小津監督の特性が、見事な笑いに転化したものです。
 
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P3095359.jpgここで第1部が終了、一時的に解散しました。
続いて第2部の企画展示を鑑賞する家族は、フィルムセンターへ移動します。
フィルムセンターでは岡田秀則主任研究員が、展示品を丁寧に、子どもたちにも分かりやすい言葉で解説してくださりました。
 
『お早よう』のタイトルクレジットや、小津監督が参加者の子どもたちと同じ小学生の頃に書いた作文や習字などの貴重な資料もあります。『お早よう』の文字デザインも、監督自身が手がけ、色の指定なども書き込まれていました。『お早よう』の絵コンテと撮影用シナリオを見比べたり、上映後のお話タイムでも出て来た「建物の位置関係」の謎がすっきりと分かる、オープンセットの平面図やセット写真のスクラップブックも見ることができました。
展示室の入口に作られた「とんかつ」の看板やポリバケツのセット模型では、小津独特のローポジションを体感できるとあって、親子で撮影に盛り上がっていました。

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半日たっぷりのワークショップも、無事に終えることができました。
当日の模様はご取材いただいたメディアでもご紹介をいただいています。
 
・eiga.com(3/9)
「親子で小津安二郎の「お早よう」鑑賞 55年前の名作に子どもたちも笑い声」
 
・日本経済新聞夕刊(3/15)
「子供たちと小津を見る」
 
・しんぶん赤旗(3/18)
「親子で映画楽しむ」

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ご参加をいただいた親子のみなさま、企画にご協力をいただいた松竹株式会社、東京国立近代美術館フィルムセンター、リーフレットを提供していただいたコミュニティシネマセンター、当日の運営を手伝ってくださったスタッフのみなさま、本当に有り難うございました。
(報告者:岡崎 匡)


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