東京国立近代美術館フィルムセンター大ホールでの山本薩夫監督『忍びの者』上映後に、第8回東京フィルメックス審査員の行定勲監督と市山尚三プログラム・ディレクターによるトークイベントが行われた。山本監督作品から多くの衝撃を受けたという行定監督は、「もっと多くの若い人たちにも観てほしい」と訴える。その魅力について語る行定監督の言葉のなかに、作品に対する愛情や敬意を垣間見ることができた。
山本作品はリアルタイムではなく、上野の映画館でのオールナイト上映で観ていたという行定監督は、『金環蝕』がとにかく好きで、「圧倒的に面白い娯楽映画でありながら、社会的な面もきっちりとらえている」と強い衝撃を受けたという。
「山本薩夫が描いてきたのは、理不尽に対して登場人物が正義をもって立ち向かうが、その正義は抑圧されてしまうという社会。そこがリアルだし、不甲斐ない自分たちの人生に重ね合わせることができる」
市山Pディレクターも「社会性の強い『傷だらけの山河』は、実在する巨大企業を描いていて、すごい力を感じる。2時間半という長さを全く感じさせない面白さがある」と頷いた。
行定監督は、山本作品間における「連鎖」について指摘する。
「監督にとって連鎖って勇気がいることで、市川崑監督は自分の作品をリメイクしていますが、やり直すというか、これはめずらしいケースです。山本監督は別の作品に昇華させていて、別の形、別の角度でまたえぐる。『松川事件』で得たものが『にっぽん泥棒物語』に昇華されている。『松川事件』は列車の脱線事故の話で、虚偽によってどんどん違う方向に流れていく話なんですけど、『にっぽん泥棒物語』はある一人の証人が語る話になっていて、圧巻。両方とも法廷劇なんですが、とにかく心揺さぶられた。『座頭市牢破り』もそこで出会った勝新太郎と、同じ年にまた撮って今度は『にせ刑事』になる。これも連鎖しています」
その独特の配役については「山本監督は必ず同じ役割で配役をするのも一つの特徴。伊藤雄之助をこんな野放しにしていいのかというぐらい、どの作品をみても彼はやり過ぎですよね」と行定監督。
それに答えて、市山Pディレクターは「他の作品もそうで、とことんやらせる部分を垣間見せる。『荷車の歌』では、三国連太郎も前半やり過ぎです。ただその分、相手役の望月優子の抑えた演技がものすごく立っている。そういう計算が、山本監督のなかにすごくあるんじゃないかと。魅せるものは魅せる、という面白さはすごくあります」
山本監督の映画をリメイクするとしたらどの作品をやりたいか、という問いに、行定監督は『赤い水』を挙げた。「まだ観てないんですけど楽しみにしています。過疎の村の村長選挙を題材にしようと、いまシナリオを書いています。小さい社会を描いてるんだけど、その背景にある大きなものを感じさせる『赤い水』の話に近いんじゃないかと」
行定監督は、山本作品を次のように評する。「政治側、すなわち社会を動かしてる方を描くとコメディーになり、市民側に立つとすごくシリアスになる。これを徹底して繰り返しやってきて、風刺をする監督として、生き生きした映画を作り続けた。50~60年代の映画なのに、今の社会に重なるところがある」
東宝を解雇された後独立プロを立ち上げ、そこで好きなテーマに立ち向かうことができたのも一つの大きな要素であると、その制作背景についても言及した。
最後に行定監督は観客へのメッセージとして、次のように締めくくった。
「山本作品は僕らの世代も観てないし、若い人たちにもっと観てもらいたい。
最近『華麗なる一族』『白い巨塔』がTVドラマ化されたが、山本監督にはこの他にも、2時間の中で社会への憤りが息づいていたり、逆に風刺して笑いとばしている作品がたくさんある。憤りも笑いも同じエネルギーの中で描かれている。今回の映画祭で、これだけの作品が観られることは、現在ではすごく重要だと思う。特に『にっぽん泥棒物語』は久々にめちゃくちゃ感動した。機会があったらぜひ観てほしい」
山本薩夫監督特集は、期間中フィルムセンター大ホールにて、11/25まで連日上映中。
(取材・文:鈴木 自子)
投稿者 FILMeX : 2007年11月18日 14:00