MARUNOUCHI CAFEにおいて連日ゲストをお招きして開催されているトークサロン。22日のゲストは第8回東京フィルメックスコンペティション作品『ヘルプ・ミー・エロス』のリー・カンション監督と、この映画で音楽を担当された安田芙充央さんのお二人。「それぞれのシネマ(音楽編)」と題して、リー監督と安田さんとの出会い、お二方の音楽に対する考え方などを語って頂いた。安田氏は海外、とりわけヨーロッパでの活躍が目覚しく、日本国内での活躍は写真家の荒木経惟氏とのコラボレーション(『アラキネマ』)などで知られる作曲家・ピアニストである。
進行役は、この映画で安田さんの友人という縁で音楽プロデューサーを務めた、映画プロデューサーの榎本憲男さんが務めた。
まず榎本氏より「(22日12:30より上映された)今日の上映はご覧になりましたか」との問いに、「作品は観ていないのですが、映画が終わる頃になって、会場の出口付近に行って、観客の反応を見ていました。東京のお客さんはとても感動していたような印象を受けました」と、監督。
『ヘルプ・ミー・エロス』はベネチア国際映画祭をはじめ、トロント、釜山、バンコク国際映画祭でも上映されてきた。そのうちバンコク映画祭では審査員大賞を受賞。また、地元台湾では来年1月に一般公開を控えており、公開に向けて台湾各地の大学で講演を行う予定だという。
続けて榎本さんが「ベネチア国際映画祭は数ある映画祭の中でも最も歴史が古く、格式が高い映画祭で、その中でもハードルが高いコンペティション部門にエントリーされたわけですが、手応えのようなものは感じましたか」と尋ねると、監督は「ベネチアでの観客の反応はとても良かったです。上映後は10分にも及ぶスタンディングオベーションになったほどです。ヨーロッパの人々が一番評価してくれていると思いました」と答えた。
続いて今回のテーマである音楽についての話になった。実はリー監督は第一作『迷子』でも、俳優として多数出演しているツァイ・ミンリャン監督の映画でも、音楽を使用することはほとんど無かったという。それでは今回の映画で音楽を取り入れたきっかけは何だったのだろうか。榎本さんから「安田さんに作曲依頼をしたのはどういった経緯からだったのですか」と聞かれたリー監督は「これは本当にご縁、というべきものなのですが」と言い、こう続けた。「2年前に自分の作品『迷子』とツァイ監督の『楽日』『西瓜』のプロモーションで来日したときに荒木さんとお会いする機会があり、その時に新宿のカラオケ店で彼の作品(『アラキネマ』)を見せてもらいました。それを見て、荒木さんの感覚をすごく端的に表現している音楽に、ツァイ監督も僕も大変驚いたのです。それで、僕の新作の映画は安田さんに音楽をお願いしたい、と思い直接メールで依頼しました」。これに安田さんが「最初にメールが来たとき、「?エロス」というタイトルだったのでてっきりスパムメールの一種だと勘違いして、削除しそうになりました(笑)」と返し、会場にどっと笑いが起こった。「それからメールを読んだんだけど、「私はMr.アラキの友人だ」と文中にあって、まあ、エロス系はアラーキーとだいぶやってきてますから…やはりポルノ映画なのかと、始めは思っていました」(安田)
続けて安田さんは「ふつう映画音楽の作曲依頼というのは、事務所などを通じて来るものなのに、監督から直接依頼のメールをもらえて嬉しかった。実は10年くらい前からずっと、映画音楽をやってみたかったんです」と語った。
ここで『アラキネマ』が上映された。安田さんは、この作品で監督がどの曲を気に入ったのかを把握し、『ヘルプ・ミー・エロス』で自分の引き出しの中からどのパターンを使うかを決めたという。
「それで音楽の方向性を決めることが出来たんですか」という榎本さんの問いに安田さんは「まあ、それもひとつですが、「エロス」という言葉に触発されたというのが大きい。僕は自分なりの「エロス」を表現したいんです。やってみたいんですよ、「エロス」を」と強調した。
リー監督は今回、パナイという女性歌手の歌を使って欲しい、とリクエストしたそう。「彼女は、前作『迷子』のエンディングテーマを歌ってくれたのですが、久々に彼女の新しい歌を聴きたいと思っていました。彼女は台湾の先住民族の一人で、とても自然で原始的な声の持ち主です」と監督。彼女の歌声についての感想は、と聞かれた安田さんも「声の強さ、メロディの強さを感じた」と同意した。
ちなみにパナイの歌は先住民の言語で歌われているが、歌詞を理解できるのですか、という榎本さんの問いに監督は「全然分かりません」と答えた。ここでも会場は笑いに包まれたが、それをさえぎるように安田さんが「でもね、そこは重要だよ。そんなの理解する必要なんてない。彼女の声がすべてを語っているんだから」と力強くコメント。この言葉にリー監督は「音楽に国境はないと思います。だからこそ、僕は安田さんに音楽を依頼したのだと思うし、歌詞が分からなくても音楽というのは人の心を打つ、ということです」と応じた。
最後に、榎本さんが「この映画にスタッフとして関われたことをとても幸福に思う。この映画は、とても力強くて、とても正直で、そしてみずみずしい映画です」と語った。続いて監督も「僕の映画も、そしておそらく安田さんの音楽も、ものすごくポピュラーなものというわけではないと思います。でも皆さんが僕たちの作品を好きになって応援してくれたなら、この先どんな苦労をしてもそれは皆さんの応援で報われるし、また苦労するに値するものなんだと思います」と締めくくった。
終始、穏やかな佇まいで質問に答えていたリー監督。時に話に熱が入って、訳しづらいのでは、と通訳を気遣う場面も見られた。
(取材・文:大坪 加奈)
投稿者 FILMeX : 2007年11月22日 21:00