11月23日、有楽町朝日ホール11階スクエアにて、コンペディション作品『ブッダは恥辱のあまり崩れ落ちた』のハナ・マフマルバフ監督、その兄でありプロデューサーのメイサム・マフマルバフさんの2人を迎え、トークイベントが行われた。アフガニスタンの少女の視点から戦争の無慈悲さを描いた『ブッダ…』を19歳で撮ったハナ監督には、第8回東京フィルメックスのキャッチフレーズである「映画の未来へ」にちなんで、「子どもと映画」というテーマから、幼い頃の映画体験や映画への思いを語ってもらった。
まず、司会の林 加奈子東京フィルメックスディレクターが、ハナ監督、メイサムさんの紹介を行った。ハナ監督、メイサムさんの父はイランの有名な映画監督であるモフセン・マフマルバフ監督。また姉は、『ブラックボード 背負う人』や『午後の五時』などでカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞したサミラ・マフマルバフ監督だ。まさしく世界的な映画一家だが、ハナ監督やメイサムさんは、幼い頃どのような映画体験を積んで来たのだろうか。また、ハナ監督がわずか8歳のときに撮影し、スイスのロカルノ映画祭に出品された『おばさんが病気になった日』の制作についても、話を伺った。これに対し、監督は笑顔で挨拶を行ったあと、質問に答えてくれた。
「その頃、私は他の子どもたちとビデオカメラで映画を撮って遊んでいたんです。『おばさんが病気になった日』も、そんなところから生まれた映画です。やはり父であるモフセン監督の影響は、幼い頃から大きかったと思います」
「夫婦のみならず、ご家族の皆が映画関係のお仕事をなさっているというのは、やはり世界でも珍しいですよね」と林ディレクター。続いて監督は、最初の映画体験について語ってくれた。
「私は、まだ母のお腹の中にいた頃から、父の映画撮影の現場にいました。最初に見て影響を受けたのは、やはり父の映画だと思いますね。父は朝昼晩と、ご飯を食べるときにも映画の話をするんです。まさに一日中映画に接しているような環境で、私は育ちました。ですが私が幼い頃、一番興味を持っていたのは絵を描くことだったんです。父の友達の奥さんに、描いた絵を見てもらっていました。しかし、彼女はいつも、公園などで一人ぼっちで、絵を描いていたんです。一方で父は、脚本を書く際、多くの人と話し合い、様々な人の考えを聞いていました。より多くの人と関わることのできる映画制作のほうが、私には徐々に魅力的に感じられてきたんです。父が映画を撮るときのエネルギーに魅せられてしまったんですね」
モフセン監督は、自身の学校であるマフマルバフ・フィルム・ハウスにて映画を教えている。幼い頃からそんなモフセン監督に教えを受けてきた2人だが、監督の言葉で特に印象に残っているものなどはあるのだろうか。これには、メイサムさんが質問に応じてくれた。
「父の学校で、ある詩をよく歌わされていたんです。水を探さないで、という詩なのですが、どういう意味かというと、水を探す前に、まず喉が渇かなくては、水をおいしく感じられない、つまり、まずはそれを手に入れようとする心がないと何も意味がない、という意味なんです。ハングリー精神がないと、本当に素晴らしい映画を作ることはできない。父が教えてくれたことです」
マフマルバフ・フィルム・ハウスについて、さらに話は弾んだ
「父の学校では、実際の映画制作に役立つ編集や演出といった作業以外にも、水泳や、車の運転、スケートなどを教えてもらいました。というのも、映画監督というのはまず体力がないといけないし、自分の周り??世界や街のことをよく知らないと、いい映画は撮れないからです」(メイサム)
続いて、ハナ監督もこの学校について語ってくれた。
「とにかく、たくさんの映画を見させられました。1つの国、1人の監督の映画を集中的に見て、いいところや悪いところを批評する、という勉強もしましたね。映画学以外にも、哲学や心理学の勉強をしました」
東京フィルメックスでは、来春、子どもたちへ向けた映画制作ワークショップを開くことを計画している。今回の東京フィルメックスのキャッチコピーである「映画の未来へ」にも、子どもたちに映画の面白さをもっと知って欲しい、という思いが込められている。このワークショップに対するアドバイスを、まずはメイサムさんに聞いた。
「カメラさえあれば、映画は簡単に撮れます。それよりも、何を伝えるのか、その内容やメッセージのほうが重要ですよね。映画は楽しむためのものだけではない。何について語るべきなのか、何について考えるべきなのか、ということを、子どもたちが学べたらいいのではないかと思います。また、自分たちの国の古い映画を見ることも大切なのではないでしょうか。日本なら、黒澤、小津、溝口といった監督たちの映画ですね。自分たち国の映画が、どのようなところから生まれたのか。それを知ることは重要だと思います」
続いて、ハナ監督もコメントしてくれた。
「映画を学ぶために必要な時間は、本当は1週間や2週間では足りません。ずっと、学び続けなければならない。私の父も、今でも勉強する姿勢を忘れていません。そういった姿勢がなければ、映画を撮り続けることはできないでしょう。自分以外の、1人1人の人生に共感し、それを味わうことの大切さを学ぶことが重要ではないでしょうか」
最後に、林ディレクターが、会場の観客から質問を受け付けた。これには、『ブッダ…』に出演していたアフガンの子どもたちの自然な演技をどのようにして導き出したのか、という質問が出た。ハナ監督は、「アフガンには、映画を見たことのない子どももたくさんいます。ですから、できあがった映画を見せたとき、彼らは驚いていましたね。撮影のときは、演技を要求する、というよりは、カメラの前で遊びましょう、という感じで、彼らを撮りました。そのために、カメラも、わざと小さめなものを使ったんです。演出なども特にしませんでした」と撮影のエピソードを語ってくれた。
幼い頃から映画に囲まれた環境に育ち、充実した映画体験をお持ちのハナ監督とメイサムさん。父であるモフセン監督への尊敬や、その教え、映画に対する深い洞察に考えさせられながら、約40分間のトークイベントは終了した。どの質問にも笑顔で、明快に答えるハナ監督と、メイサムさんの姿が印象的だった。
来年春に開催される子どもたちへ向けた映画制作ワークショップについては、今後公式ホームページに募集要項を掲載する予定。有楽町朝日ホール11階スクエアでは、24日・25日にもゲストを招いてトークイベントが行われる。
(取材・文:和田 真里奈)
投稿者 FILMeX : 2007年11月23日 14:00