11月24日、丸の内カフェにてミュージシャンの小西康陽さんと映画評論家のミルクマン斎藤さんによるトークイベント「それぞれのシネマ 蔵原惟繕[ジャズ×映画]編」が開かれた。ジャズはもちろん映画音楽にも造詣が深いお二人。特集上映されている蔵原監督作品について、自身の思い出など絡めながらたっぷりと語った。あいにくの空模様にもかかわらず、多くの映画ファンが足を運び、会場は、雨空を吹き飛ばすかのような盛り上がりをみせた。
今まで何回か対談をしたことがある小西さんとミルクマンさん。トークショーは再会を喜ぶ挨拶で始まった。ジャズ映画の音楽のサンプリングを試みていた時に、ミルクマンさんからたくさんの作品リストを受け取ったという小西さん。思い出のジャズ映画はというミルクマンさんの問いに、「外国のものだったら『黄金の腕』(1955)」とのこと。ミルクマンさんにとって蔵原監督は「『キタキツネ物語』(1978)の監督というイメージ。当時は映画館へ行くよりもテレビでみて好きになるという経緯。いろいろな作品をテレビで見ているうちに『憎いあンちくしょう』(1962)がリアルタイムで受けた衝撃だった。蔵原監督のイメージをジャズに一変させたのは、テレビ大阪で夜中に放映されていた『狂熱の季節』(1960)と『黒い太陽』(1964)の二本だという。一方の小西さんは、「このトークショーの出演を機に、蔵原作品を見直し、石原裕次郎のかっこよさを再発見」したという。
次にミルクマンさんは『海底から来た女』(1959)などについて触れ、石原裕次郎を日本の大スターに育て上げ、日活を軌道に乗せた監督の一人として蔵原監督を紹介。今回の特集では、「初めて見た作品も多いが、面白いものが多い」と述べた。モダンジャズに乗せ、手持ちカメラの奔放な映像の衝撃作『狂熱の季節』については「演技にしても映画の作りにしてもメソッドを超えた映画。望遠を多用したカメラワークにしてもヌーヴェルヴァーグを意識している作品。まるでカメラがスイングしているようなスピード感のあるシーンが多い」と紹介。また同監督の映画に対する姿勢について「この時代の日活の制作本数は膨大だが、蔵原監督はクオリティの高さからみても、非常にねばる監督だったのではないか」と話した。
『黒い太陽』についてミルクマンさんは、「町へ飛び出してのロケ撮影が多い。広い舞台にありながら、登場人物の密接性をかもし出させるのが特徴的。この作品はカメラワークがフィルムノワール的」と分析する。蔵原作品でヒロインを務めることの多い、女優の浅丘ルリ子さんについては「蔵原監督によって開眼されたと断言できる。変わったと感じたのは『憎いあンちくしょう』。同じ年に『銀座の恋の物語』を撮っているが、この作品と比べても、かわいらしい少女からずいぶん変貌した印象」(ミルクマンさん)と語った。小西さんは蔵原監督作品の中でも『憎いあンちくしょう』が1、2位を争うほど好きだといい、「なかでも浅丘ルリ子をお祭りに連れて行くシーンが好き」という。
トークは蔵原監督の様々な作品にどんどん飛び火する。最愛の夫を戦争に送り出さねばならないヒロインを浅丘さんが演じた『執炎』(1964)について、ミルクマンさんは「上映時間の半分がナレーションという、自分がどこをとりたいかがはっきりしている作品。『憎いあンちくしょう』以降のテーマである純粋愛に焦点を当て、文学的であり、とてもポエティック。テーマは反戦映画であるが、それを超えるものとしてエロティシズムがある。恋に狂う女をうまく撮っている」と絶賛。また、蔵原監督が原爆投下の場面を目撃したエピソードについて述べ、その影響が随所にみられるとも言及した。
本イベントのテーマはジャズであるが、お二人は「『黒い太陽』を観ていて、正直そこまでジャズにこだわっていないのではと感じることもあった。あくまで音楽に執着をもっているのではなく、時代の象徴としてとらえていたのではないか。ジャズ映画としてみると違和感を覚えるかもしれない」と提起した。一方で、作中の音楽には全盛期のマックス・ローチと夫人であるアビー・リンカーンが参加しており、画期的なことだと述べた。
中盤、蔵原監督の弟であり、自身も映画監督の蔵原惟二さんが登場。『黒い太陽』撮影時のスナップショットを持参。ミルクマンさんがそれらの写真を会場に掲げて見せながら、スタイリッシュな蔵原監督の姿やローチ夫妻の来日に沸いた日活撮影所のエピソードを紹介した。蔵原監督とローチさんが曲の打ち合わせをしていたり、チコ・ローランドが白塗りをして控える姿など、貴重な舞台裏写真を多数見ることができた。「スチールだけ見ていても動きが感じられる」と、ミルクマンさん。
蔵原監督の音楽の使い方に関して、『風速40米』(1958)を例に出す。中平康監督『街燈』(1957)の中で、渡辺美佐子さんが歌うシャンソンが主題歌として使われているのだが、「歌のチョイスが面白い」と讃えるミルクマンさん。それに対し、「蔵原監督は音楽をうまくモチーフにする人」と小西さんも同意する。「『狂熱の季節』でチャイコフスキーを、『愛の渇き』(1967)では最後の晩餐のシーンでベートーベンをさりげなく使っている。あと、『狂熱の季節』で、川地民夫さんが買ったばかりのマックス・ローチのレコードをふみつけられちゃうシーンも印象的。僕のようなレコード好きにしてみたら、身体的に痛い(笑)」
ジャズの縛りを越え、蔵原監督の魅力について二人のトークが炸裂。「こんなに長い時間喋れないと思っていたけど、全然余裕だった」とミルクマンさんさんが言うように、長時間語り尽くせるだけのネタがある、蔵原監督作品。その魅力について知ることができた有意義な1時間半であった。
(取材・文:長村綾子)
投稿者 FILMeX : 2008年11月24日 22:00