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2008年11月25日 トークイベント「野上照代さんを囲んで」

nogami_1.jpg 11月25日、元黒澤プロ プロダクションマネージャーであり、第9回東京フィルメックスコンペティションの審査委員長を務める野上照代さんと元ベルリン国際映画祭のフォーラム部門ディレクターである、ウルリッヒ&エリカ・グレゴール夫妻のトークイベントが有楽町朝日ホール11階スクエアにおいて行われた 。野上さんから見た現場での黒澤監督のエピソードを中心に、国際映画祭でも評価の高かった黒澤映画について、映画界の重鎮による熱いトークが交わされた。

林加奈子東京フィルメックスディレクターのオープニング挨拶の後、グレゴール夫妻は野上さんの著作「天気待ち 監督黒澤明とともに(英題 Waiting on the weather)」を読むことで黒澤明の世界と作品に対してより深く理解することができたと述べ、この本を中心に野上さんへ質問するという形式でトークイベントがスタートした。

ウルリッヒさんは野上さんを「黒澤監督の右腕というより、両腕」と評し、黒澤監督と映画を作るとはどういうことかという質問を投げかけた。野上さんは「私は非常に運のいい女。最初に『羅生門』についたことは運が良かった、その後も幸運の女神がついていてくれた。中でも、私の幸せは黒澤さんの仕事につき続けることができたこと」と監督との仕事を振り返る。自らの仕事を「天才を助ける道具」に徹することとし、「いい道具でありたい」と努めてきた野上さん。黒澤映画の中で最も重要な編集を長く経験している野上さんは「編集は黒澤監督にとって至福の時」だったと語り、「編集室には誰も入れません。監督と私と助手だけが入ります」と監督だけの聖域であったことを明かした。その中で「監督は誰にも邪魔されたくない。私たちもいるとは思っていない。透明人間みたいなもの」と話す。監督に空気のように寄り添い、編集になくてはならない人物であるからこそいえるユニークな表現だ。

nogami_2.jpg ウルリッヒさんの質問は黒澤監督の仕事のスタイルに移る。
「噂で聞いたのですが、黒澤監督は独裁者的であったと聞いたことがあります。チームの人は黒澤監督を怖がっていたというようなことはあったのでしょうか」「もちろん、みんな怖がってますよ」平然と答える野上さん。「野上さんも、怖がっていましたか」「怖いですよ、どうしてもこうしたいのに、時間に迫られて、(自分の考えているように)ならない。怒鳴る声が大きい」と笑いながら答えた。自分のビジョンに夢中になっている監督を見守る野上さんの言葉は独裁者に向けられるものとは異なり、とても温かい。

話は国際映画祭に関する話題に移る。
国内ではあまり評判は高くなかった『羅生門』が、ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞する快挙は大きな驚きだったのだろうか。「私たちも驚きましたし、大映の社長が一番びっくりしていました」と裏話が野上さんより出てくる。「エイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』も海外で評価を受けて、国内でも評価が高くなった作品ですが、『羅生門』もそうだったのですね」とウルリッヒさん。「特に当時は松竹で作った『白痴』が当たらなく て、めちゃくちゃに叩かれていたのです。後の仕事も断られているところへ、グランプリのニュースが入ったので、東宝に戻れることになったんです」と当時を振り返る。「ですから映画祭というのは、そういう意味では(映画に携わる人の)力になりますよね」と野上さんは語る。映画祭で作品の評価によって、映画製作者は次の作品を作るための力を得る。映画製作者にとって映画祭の意義は非常に大きい。

nogami_3.jpg また、国際映画祭での黒澤映画についての評価について、ウルリッヒさんから「『羅生門』や『七人の侍』などは外国で高い評価を得たわけなんですが、その評価を与えた人たちは「非常に日本的な映画である」と言っています。ところが、日本国内では「黒澤さんは特に日本的な監督ではない、この二つの作品に限っても、日本的とは言えない」という評価を聞くのですが、どのように思われますか」との問いに、野上さんは「それは、黒澤さんがよく怒って言うのですが、日本では外国で気に入られるように作っていると言われる、だけど「外国のために映画を作ってはだめだ、自分の国のために作るから、外国に分かるんだ」と。ですから(日本国内で)とても誤解されているんですよ」と答えた。
エリカさんも「中国でも昔のソ連の映画でも外国で有名になった監督は外国人のために作ったというような偏見がありますけれど、それは全く正しくないと私も思います」とコメントされた。

次に国際映画祭向けに黒澤映画が日本とは異なる長さの版を製作したという話について質問が出た。「『七人の侍』にはいろいろな長さの版があると聞きました一番長いのが最良の作品と聞いたのですが、そのプリントは残ってないのですか?」とのウルリッヒさんの質問に、野上さんは「ヴェネチアに出品する際に長さに制限があると言われたものですから、それで短い外国版というのを作ったんです。逆に今、そのプリントは見ませんね。長いほうでやっています」と返答した。「初めて聞いたことです。ヴェネチアにしても(海外の映画祭で)そういう(時間制限の)条件をつけるというのは考えられないことですし、 去年のヴェネチアでは9時間の作品が上映されたそうなんですけど」ウルリッヒさんは映画祭に時間制限があった事実に驚きを隠せない。「私たちは分からないけど、その当時はそれじゃないと出せないと思ってました。」と笑いながら野上さんは答える。

終了の時間が迫る中、ウルリッヒさんは黒澤監督の映画に対する考えについて、あと2つだけと矢継ぎばやに質問をした。
「黒澤監督には、多分『乱』でいらっしゃった時だったと思うのですが、カンヌ映画祭の記者会見でお目にかかりました。その時に記者会見の席で「この作品はまだ不備なところがある、だから色々と手直したいのだ」と、それを聞いて我々は、こんな素晴らしい作品に不備な点があるんだろうかと、 監督の謙虚な態度に心を打たれたのですが、その後、手直しはされたのでしょうか?記者会見の言葉は本心から出た言葉なのか、それとも謙遜の表れだったのか」との質問に、野上さんは「私が黒澤さんに代わって答えてはいけないけれど、想像しますよ。やっぱりなかなか諦めがつかない。見れば見るほど直したくなるのでしょう」と黒澤監督が作品に込める気持ちの強さについて語った。
「あるいは日本的な挨拶かと思った人もいるでしょうがアメリカのアカデミーでも、「私にはまだ映画が分かりません、素晴らしい賞をもらっても」(と言っていました)。やっぱりあるんだと思います。正直な気持ちで」と監督が製作者として常に謙虚な姿勢をもっていたことに触れ「彼がなくなる直前、家で車いすでしたけれども、いつまでも言っていたのは「映画というのはカットとカットの間にあるのじゃないのかな」ということでしたね」。

最後の質問は「黒澤監督自身が気に入っている作品はなんでしょう」というものだった。
「よく、そういう質問されると(監督が)答えるのは「私はみんな自分の子供のように可愛い、どれが一つとは言えない」といっていました」と野上さんは答える。映画を愛する黒澤監督らしい回答である。

ここで、トークイベント終了の時間になる。まだ、野上さんへの質問リストの半分も質問をしていないというウルリッヒさん。3人の会話は別の形で繰り広げられるのであろう。

(取材・文:安藤文江)

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投稿者 FILMeX : 2008年11月25日 19:00


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