第9回東京フィルメックスの関連イベントとして、「それぞれのシネマ」と銘打ったトークサロンが、MARUNOUCHI CAFEで開催されている。このイベントの2日目にあたる11月25日は、「ブラジル[音楽×映画]編」と題して、音楽プロデューサーでラジオ番組ディレクターの中原仁さんをゲストに、インテリア・ブランドの「IDEE」でIDEE Recordsを担当する大島忠智さんがお話を伺う形で、ブラジル音楽と映画の密接なつながりに関するトークが繰り広げられた。
これまで40回以上ブラジルを訪れているという中原さんは、ブラジル音楽のラジオ番組やコンピレーションCDのプロデュースを多数、手がけている。一方、大島さんは、ブラジル音楽を中心に、DJとしても活躍中。2008年は、日本人がブラジルに移民してから100周年になる記念の年にあたり、今年のフィルメックスでも、ブラジル映画が上映される。その劇中で使われた音楽や、関連する楽曲を聴きながら、中原さんと大島さんの熱く楽しいトークが展開した。
まずは、オープニングを飾った『リーニャ・ヂ・パッシ』について。ウォルター・サレス監督とダニエラ・トマス監督によるこの作品は、サンパウロに暮らす家族を描いたドラマである。「『リーニャ・ヂ・パッシ』とは、ポルトガル語で『(サッカーの)パスラインやパスコース』という意味なんです」と中原さん。11月22日におこなわれた今作のQ&Aを会場で見たという中原さんは、そのときに登壇したトマス監督の言葉を引用しながら、「子供たちがサッカーボールをパスしあうゲームが『リーニャ・ヂ・パッシ』と呼ばれていて、リフティングの延長のような遊びです。(日本の平安時代に流行した)蹴毬(けまり)に似たゲーム。映画自体も、家族の人生がシンクロして、それこそ『家族同士でパスをしあう』ようなイメージだった」と語った。
更に中原さんが、「僕ら音楽関係者は、『リーニャ・ヂ・パッシ』というタイトルを聞くと、ある楽曲を思い出す」と続けると、「ジョアン・ボスコ。ギターと声の魔術師」と大島さんが言葉を引き取った。ボスコはブラジルのシンガー・ソング・ライターで、かつて「リーニャ・ヂ・パッシ」という曲を作っており、「映画のタイトルは、この曲がもとになっているのだろうと思っていたけれど、違うみたいなんですよね」と、中原さんと大島さんは顔を見あわせて笑った。ここで、ボスコの歌ったオリジナルの「リーニャ・ヂ・パッシ」が会場に流れた。軽やかでスピーディーな曲である。この曲を聴きながら、中原さんは、「映画自体には直接関係ないとはいえ、こういう(軽快な)センスが、映画にも反映されているのかな」と話し、また、この映画の登場人物にサッカー選手を目指す少年がいることに触れて、「今作を見ると、ブラジル人にとってサッカーがどれだけ生活に根ざしているかということが窺える」と続けた。
『リーニャ・ヂ・パッシ』で使われた曲で印象的だったものについて大島さんに訊ねられた中原さんは、「この映画の音楽を担当したのは、『モーターサイクル・ダイアリーズ』の音楽でも有名なグスタボ・サンタオラージャで、静かな曲を作る人だが、サッカーのシーンなどで流れたパーカッションの音を聴いて、『これはサンタオラージャの曲じゃないだろう』と感じた。あとで調べたら、ブラジルのパーカッショニストのマルコス・スザーノや、トマス監督の弟にあたるアントニオ・ピントの曲も、アディショナル・ミュージック(追加音楽)として使用されていた」と語った。
「『リーニャ・ヂ・パッシ』は、音楽的というよりは、心理描写を描いた映画だと思って観ていたら、エンド・ロールでセウ・ジョルジの歌が流れたから驚いた」と中原さん。ミュージシャンのジョルジは、『シティ・オブ・ゴッド』や『ライフ・アクアティック』に出演するなど、俳優としても活躍しているブラジルの大スターである。『リーニャ・ヂ・パッシ』には出演していないが、彼の歌う“Juizo Final”という曲がエンディングで使われた。「“Juizo Final”は、日本語に訳すと『最後の審判』という意味で、オリジナルは、ネルソン・カヴァキーニョというサンバのミュージシャンの曲。映画でジョルジが歌ったカバー曲はヒップホップ調だった」と中原さんが解説した。ここで、カヴァキーニョの歌うオリジナルの“Juizo Final”が流れた。
続けて、ピントの話題に。「彼はブラジルのサントラ王で、『セントラル・ステーション』で有名になり、『シティ・オブ・ゴッド』や『シティ・オブ・メン』の音楽も手がけている」という中原さんの解説のあと、ピントが作曲した『セントラル・ステーション』のオープニング曲が流れた。次に、前述したジョルジが『シティ・オブ・ゴッド』のために書きおろした「人生への招待」というサンバ。曲を聴き終えたあと、中原さんはジョルジについて、「『ライフ・アクアティック』に出演したときの彼は、デヴィッド・ボウイの曲をポルトガル語で歌うという不思議な役を演じていた。ウェス・アンダーソン監督はジョルジを気に入って、彼が弾き語りをする『ライフ・アクアティック・スタジオセッションズ』というアルバムを、サントラ盤とは別に発売した」と語った。続けて、ピントが作曲した『シティ・オブ・メン』のエンディング曲が流れた。男女によるデュエットである。中原さんは、「この曲を歌ったのは、セウという女性歌手と、クルミンという男性歌手で、クルミンはサッカー映画『GiNGA ジンガ』のエンディング曲も歌った」と解説した。
話題は、特別招待作品の『ウェルカム・トゥ・サンパウロ』に移った。さまざまな映画作家たちによる17のエピソードで構成されたドキュメンタリー・オムニバス作品である。「日本人の吉田喜重監督も参加していて、夫人で女優の岡田茉莉子さんが、日本料理店で働く日系人にインタビューをするという内容。このエピソードを見ると、サンパウロでの日系人移民の重要性に関する発見もあって、嬉しくなった」と中原さん。ここで、今作からの1曲「サンパ」が流れた。ブラジルの歌手カエターノ・ヴェローゾの曲で、中原さんによると、「この映画のキーワードとなっている曲。サンパウロにちなんだ楽曲はあまりないので、『サンパ』はこの土地の名がついた数少ない歌のひとつ」ということ。ヴェローゾはこの映画のナレーションも担当している。「ヴェローゾは、12歳のときにフェデリコ・フェリーニ監督に魅了されて、映画監督になることを夢見ていた」と中原さん。音楽家になったヴェローゾは、ウォン・カーウァイ監督の『ブエノスアイレス』のサウンドトラックに参加し、プライベートでも仲のよいペドロ・アルモドバル監督の『私の秘密の花』や『トーク・トゥ・ハー』にも楽曲を提供している。
次は、特集上映のジョアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ監督の作品について。「フランスのヌーヴェルヴァーグの影響がブラジルの映画界にも伝わって、1960年代の後半から1970年代にかけて、シネマ・ノーヴォ(ニュー・シネマ)という映画運動が起こった。アンドラーデ監督は、その代表者のひとり」と中原さん。大島さんも、「ブラジル映画に限らず、ヌーヴェルヴァーグが好きなかたがたには必見の映画です」と太鼓判を捺す。
まずは『マクナイーマ』の話題に。「この映画はものすごい!」と中原さんが言うと、大島さんも、「最高でした!」と笑顔になる。『マクナイーマ』は、マリオ・デ・アンドラーデが著した同名小説が原作で、中年の姿で生まれた黒人の男が、魔法の水を浴びて白人に変身して冒険の旅に出るというストーリーである。「この物語には、ブラジルが混血の多民族国家であるという特徴が表れていて、『ブラジルの本質とはなにか』という内容になっている。キーワードのひとつに『人食い主義』があって、このテーマは、のちにブラジルで起こったトロピカリアという芸術運動に影響を与えた。マクナイーマは実在の人物ではないが、ブラジルではアンチ・ヒーローのシンボルになっている」と中原さんは語った。ここで、サンバが1曲流れた。この曲について、中原さんは、「ポルテーナというサンバのチームが、(キャラクターとしての)マクナイーマを讃えてこの曲を作り、リオのカーニバルでパレードをした」と解説した。
次は、『ガリンシャ』について。ペレと並び称される伝説的サッカー選手ガリンシャのドキュメンタリー映画である。彼は一時期、ブラジルの有名な歌手エルザ・ソワレスと結婚していた。ここで大島さんが、持参したソワレスのLPレコードを取り出し、そのジャケットを観客に見せたあと、DJイベントでよく使っているというソワレスの1曲を流した。曲を聴き終えたあと、中原さんが、「多民族国家のブラジルでは、貧富や人種の違いを越えて、サッカーでアイデンティティーを共有している。音楽にも影響していて、サッカーにちなんだ楽曲も多い」と語った。
続いて、大島さんと中原さんが、サッカーにまつわる楽曲を、それぞれ1曲ずつ流した。大島さんは、歌手のミルトン・ナシメントが1970年代にサッカー映画のために録音した曲をセレクト。中原さんが選んだのは、スカンキというロック・バンドの曲で、中原さんいわく、「さあ、サッカーの試合だぜ!」という意味合いの歌だという。
「ブラジルのサッカー選手には、ジーコやペレのように、実際に歌を出す人も多い」と中原さん。ロマーリオやロナウジーニョはサンバを歌って、トゥーリオはコンピレーション・アルバムを作製したという。ここで、ジーコが友人のミュージシャンであるファギネルと共に歌った曲が流れた。
続いては、『キャットスキン』の話題に。貧しい少年が、捕まえた猫を楽器職人に売って金を稼ぐという映画である。少年がこのような行動をする理由として、中原さんは、「かつて、タンボリンという打楽器に猫の皮が使われていたため、リオのカーニバルが近づくと、楽器職人が猫の皮を大量に必要とした」と解説した。この映画のメイン・テーマを作曲したのは、ボサノヴァの名手カルロス・リラで、映画ではインストゥルメンタルだったが、のちに自らの声で歌を録音したという。ここで、リラのヴォーカルが入ったこの曲が流れた。
次は『シネマ・ノーヴォ』について。1967年に作られたこの映画は、当時の映画の撮影現場や劇場公開の模様などを捉えたドキュメンタリーである。今作に使われた楽曲ではないが、ブラジルには「シネマ・ノーヴォ」というタイトルの曲があるという。中原さんによると、「ジルベルト・ジルとヴェローゾが、1968年にトロピカリア運動を起こしてから25年後の1993年に、『トロピカリア2』というアルバムを発表した。この中に、ニュー・シネマ讃歌ともいえる『シネマ・ノーヴォ』という曲がある」ということだ。ここで、その曲「シネマ・ノーヴォ」が流れた。
「シネマ・ノーヴォを代表する監督としては、カルロス・ディエギス監督も有名」と大島さん。『オルフェ』や「ゴッド イズ ブラジリアン」(第16回東京国際映画祭にて上映)が、ディエギス監督の代表作である。「ディエギス監督は、映画監督になる前に、ボサノヴァのコンサートの主催に関わっていて、ボサノヴァのミューズと呼ばれるナラ・レオンと一時期、結婚していた。パリに亡命したふたりは、ジャン=リュック・ゴダール監督やフランソワ・トリュフォー監督とも交流があった」と中原さんが語った。ここで大島さんが、レオンの「美しきボサノヴァのミューズ」というLPレコードを取り出して、観客にジャケットを見せた。レオンがパリに亡命してから作ったアルバムだという。続いて、このアルバムから、「ジサフィナード」という曲が流れた。
残念ながら、トークサロンも終わりの時間が近づいてきた。最後に、近年のブラジル映画のサウンドトラックから、中原さんと大島さんがお薦めの楽曲を1曲ずつ選んで流すことになった。
中原さんがセレクトしたのは、ホセ・パディーヤ監督の「ジ・エリート・スクワッド(英題)」から「武器のラップ」という曲。「Tropa de Elite」という原題のこの映画は、リオデジャネイロのスラム街を舞台に麻薬販売組織とエリート特殊部隊との抗争を描いた作品で、2008年の2月に開催された第58回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した。
大島さんのお薦めは、2006年の映画「Antonia(原題)」から、ネグラ・リの歌う曲。彼女は劇中で主人公を演じてもいる。テレビ・ドラマの映画化であるこの作品は、サンパウロに住む4人の女の子がヒップホップのグループを結成して、友情や恋愛の問題を抱えながら、音楽的にも人間的にも成長していくという青春物語である。
中原さんと大島さんは、ブラジル旅行での思い出話もまじえながら、音楽と映画にまつわる楽しいトークをたっぷりと聴かせてくれた。なお、『リーニャ・ヂ・パッシ』は11月28日(金)11:10から、『ガリンシャ』と『シネマ・ノーヴォ』(併映)は同日14:10から、有楽町朝日ホールにて、それぞれ上映される。また、12月6日(土)にアテネ・フランセ文化センターにて、アンドラーデ監督特集が上映される。。
(取材・文:川北紀子)
投稿者 FILMeX : 2008年11月25日 22:30