11月26日、有楽町朝日ホール11階スクエアにて、特別招待作品『ベガス』の上映に先立ちアミール・ナデリ監督によるトークイベントが行われた。ナデリ監督と東京フィルメックスの縁は深く、今回は『マラソン』(02)、『サウンド・バリア』(05)に続き3回目の出品となる。イラン出身のナデリ監督は、現在アメリカ・NYに活動の拠点を置き、大学で学生たちに映画について教えるなどその活動は多岐にわたる。トークイベントでは大学での教え方や『ベガス』の制作資金集めに関する仰天エピソードなどを大いに語った。
東京フィルメックス初日の22日に来日以来、コンペテション作品を見たり、アニエスベー・アワードに投票したりしている様子が林 加奈子東京フィルメックスディレクターから紹介されると「とても楽しんでいます。この映画祭は今回が3回目ですが、NYに帰るときはいつも故郷を離れるような気持ちなります。みなさんから多くを学んでいますし、みなさんも私から学ぶことがあると思います」と挨拶したナデリ監督。リラックスした様子でトークに参加すると、林ディレクターは早速、現在ネバダ州立大学などで映画について教えているというナデリ監督にその内容を聞いた。
「私自身は大学を出ていないし、映画をきちんと学んだこともない。ストリートや映画から映画を学んで映画作家になった」とし、学生への教授方法について「黒板はなく、ただ映画を見て映画を語ることを方針としている。現代は技術について学ぶことは比較的容易になっているので、私自身は教師として技術的なことを話さないようにしている。学生やスタッフには私は常日頃から『自己表現をしなさい』といい、心の中にある真実が何なのかそれを表現することを推し進めるよう伝えています。(映画に関わろうとしながら)メディアを使って言いたいことがないというのは問題があります」とナデリ監督。
しかしながら、テーマの見つけ方について「家族や学校、町などで出会うすべての人の心の中には何か秘めているものがあり、それをオープンに打ち出していくことができれば、新しい物語になる」とも語り、作りたいジャンルがあれば「そのジャンルの先人たちの映画を徹底的に見るように勧める」とした。ナデリ監督が教師として行っていることは「橋をかける作業。学生の背中を押し、向こう側に辿り着くことを教えている。そのために、学生一人ひとりに話しかけ、それぞれの個性を尊重している」と語り、特に知り合ってからの3ケ月は、お互いがどんな人間なのかを分かりあうために、一日4本くらいの映画を見ながらキャラクターや技術、音楽、音などの好みについて語りあうとした。
ナデリ監督が学生たちにクラシックの作品を薦め、また監督自身も過去の東京フィルメックス出品作品などモノクロ映画を多く撮っていることから、モノクロ映画への思いについて林ディレクターが聞くと「確かにモノクロ映画にこだわりはありますが、ノスタルジーを求めているのではありません」とナデリ監督。溝口健二、黒澤明、成瀬巳喜男、新藤兼人などの監督名を挙げ「日本のモノクロ映画は世界の映画の中でも素晴らしい」と称えたうえで、モノクロ映画の魅力について「観客はモノクロを見ながら自ら色を想像する楽しみがある」と語った。さらに現在のカラー撮影について「少なくとも色をコントロールしてほしい。色はエネルギーを持っていて、それは非常に微妙なものだから」とし、ナデリ監督自身も「大島渚監督の『少年』という映画に登場する日の丸の赤い色を見て、色が監督の主張や物語を表現することについて考えた」と語った。
今回の『ベガス』については「舞台となるラスベガスの町そのものが色だと思う。アメリカでもっともカラフルな町」と表現し、カメラの置き場所も、「町の真ん中に置くと町の持つ色に食われてしまうので、遠くにカメラを置いてラスベガスの彩りを撮った。撮影は光の関係上一日2時間、午後3時半から5時半の時間を選んだ」というこだわりを明かした。
「通常ラスベガスというとどこか別の場所からギャンブルをしにくる人たちに焦点が当たりがちだが、私はそこに生活する人を描きたかった。NYからラスベガスに移り2年間住んだが、それまでとまったく違う環境でどのように作品を描いていくか壁にぶつかった。そうしたとき映画の先人たちのスタイルを借りて作れるのではないか考えた」と好きな監督の名前と作品名を挙げるなど話が止まらない様子のナデリ監督に対し、林ディレクターは、「上映前のトークイベントは、ネタばれに気をつけたり、監督や出演者が緊張していることから、話を引き出すのに苦労することもあるが、今日大変なのは通訳の人、私は楽です」と会場を笑わせ、すでに予定時間をオーバーし上映時間も近づいていたが「最後にこれだけは聞きたい」と資金集めについて尋ねた。
ナデリ監督は「正直にいって映画で金儲けをしたことはありません。今までの映画は自分のために作ったが、今回はこの物語を独り占めするのは不公平だと感じた」と作品への思いを語ったうえで「時間をかけて脚本を作りあげると、カジノに通い、儲けた金で映画を作ろうと思った」と驚きのエピソードを明かした。実際にラスベガスのホテルに住みながらギャンブルを行い、そこでギャンブル中毒の人と親しくなったこと。しかし「映画を作るために金を稼ぎたい」といっても信じてもらえず、自身が映画監督であることを証明するために、インターネットが使える40km離れたファーストフード店まで行き、自身の記事を見せてギャンブル中毒の人たちに映画作りを手伝ってもらうことになったことなどを楽しそうに語った。そうして、NYの制作会社からお金を借り、彼らに50ドルずつ渡してそれぞれのカジノでギャンブルをしてもらい、ナデリ監督がその場所をまわって様子をチェックし、もうけていたら現金化し、さらに彼らの元に戻って20分間様子を見、負け続けたらお金を返し、勝ち続けたら翌日の撮影経費にまわすという、まさにキャンブル的手法で資金集めをしたと説明。「そのおかげて撮影は8ヶ月もかかった」というと場内は笑いに包まれた。
そうした話を受け、林ディレクターは「毎日にこの人と一緒にいたら大変だろうなと思うけど、たまに無性にナデリ監督に会いたくなる。それほどチャーミングな人」と話し、『ベガス』開演7分前にイベントを終了しようとしたが、ナデリ監督が「最後に一言!」と時間を求め「次の作品は月を舞台にする予定ですが、私はどこから資金を集めればよいでしょうか」と会場に投げかけ、場内は再び爆笑。結局トークイベントが終了したのは開演5分前。イベント参加者たちは、ナデリ監督の魅力を充分に堪能し、『ベガス』への期待を胸に上映会場へと足早に向かった。
(取材・文:田中美和)
投稿者 FILMeX : 2008年11月26日 19:30