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2008年11月26日 トークイベント「それぞれのシネマ ブラジル [アート×映画]編」

art_4.jpg 11月26日、トークイベント「それぞれのシネマ ブラジル [アート×映画]編」が丸の内カフェにて行われた。第9回東京フィルメックスではブラジル映画に焦点を当てているが、東京都現代美術館では10月12日より「ネオ・トロピカリア:ブラジルの創造力」展が開催されている。アートと映画を巡り、同美術館チーフ・キュレーターの長谷川祐子さんと駐日ブラジル大使館公使のジョアォン・バチスタ・ラナリ・ボさんがトークが繰り広げた。

トークイベントは、特集上映されたジョアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ監督作のピックアップ映像に基づき、本国のブラジリア大学では映画の講義も受け持っているというラナリさんの解説からスタートした。
まずはブラジルのニュー・シネマ運動であるシネマ・ノーヴォの代表作『マクナイーマ』(1969)。インディオの民話をベースにした小説を、ブラジルの通俗映画「シャンシャーダ」の要素も盛り込みながら映像化し、大変な人気を博した映画だ。食人主義やエロティックな表現も特徴的であるが、多くのメタファーや、政府に反旗を翻す女性ゲリラの登場など、軍事政権下(1964?1985)にあった当時の状況も色濃く反映されている。また、表現の自由を弾圧する政令(AI5法、1969年)により、検閲の結果いくつかのシーンがカットされた経緯のある作品だ。『キャットスキン』(1960)は貧民街を描いたオムニバス映画で、イタリアのネオリアリズモの影響が強く出ている作品。続いて、監督の長編第1作目となる『ガリンシャ』(1963)は、当時ブラジルではペレと並ぶほどの人気があったサッカー選手ガリンシャと、試合観戦する人々の様子を捉えたドキュメンタリー。ブラジルにおけるサッカーの社会的意味を理解できるとともに、一般大衆の記録と言う点でも価値のある貴重なフィルムだ。そして最後に監督の円熟期に製作された『夫婦間戦争』(1975)。3組のカップルの物語が交錯していく展開となっており、監督流のアイロニーが効いたオムニバス映画である。

art_2.jpg ここで、監督作の中でもとりわけ特徴的な『マクナイーマ』について、長谷川さんとラナリさんの活発な意見交換がなされた。長谷川さんは「ここには食人主義という考え方が強く出ていますね。飢えのために食すのではなく、倒した敵の優れているところを自分のものにするために、選択的に食べると言う原住民の古い習慣がベースになっています。」と述べ、食人主義がブラジル文化を構築するためのひとつの思想・哲学であると説明した。ラナリさんからも、「食人主義は、『ヨーロッパの植民地支配から文化的に独立するために、ヨーロッパ文化を貪り食う』という意味で20世紀初頭のブラジルのインテリ層が構築した独特な思想のメタファーで、現在のブラジル文化でも用いられます。文化人が自己を位置づけるパラメーターとしても機能します」と説明が加えられた。さらにラストシーンについてラナリさんは「ゴダール的な、ヌーヴェルヴァーグを髣髴とさせるセクシャルな意味付けもされており、観客をひきつけた要素のひとつでもあると思います。自分は当時12?13歳でしたが、とても衝撃的でした」と振り返った。また、この作品の背景を語る上で特筆すべき点として、地方から都市への人の流入と言う社会的現象を挙げ、「ブラジルの近代化が直面する困難な側面が描かれていると思います。この映画は小説が原作ですが、小説が書かれた当時にはない問題をも監督は描き出しているのです。」と続けた。

art_3.jpg 一方、アートの分野では、欧米文化から脱した独自の文化の創造を目指した芸術運動「トロピカリア」が1960年代以降に展開されていた。第一人者とも呼べるエリオ・オイチシカの作品は、東京都現代美術館にも展示されている。「エリオ・オイチシカは、それまで抽象的で幾何学的な作品を制作していました。ところが、訪れた町のサンバ・ダンススクールで、ダンサーのリズミカルな動きや生命力にインスパイアされ、『生きることはアートそのものだ』と発見するのです」と長谷川さん。また、自身のブラジルでのサッカー観戦の経験に触れ、「サッカー選手のプレイよりも、応援している観客のパフォーマンスの素晴らしさに驚きます。一般の人々が持っている内的なパフォーマティビティの美しさに感動しました」と、民衆に魅了されるという感覚に深い共感を示した。シネマ・ノーヴォの運動についても、アイディアとカメラを手にした監督たちが、ブラジルの路上に展開する民衆のパフォーマンスと出会い、そこに独自のメッセージを乗せて映像化していったのではないかと考えを述べた。
 しかし、高まりを見せたシネマ・ノーヴォなどの芸術運動もやがて停滞していく。軍事政権下において、芸術家たちは政治的な理由で逮捕されたり、亡命を余儀なくされる場合もあった。特に1969年以降は、表現活動を行うのにきわめて難しい時代であったと言える。

また、長谷川さんは人種問題について質問。「ブラジルは人種のるつぼと言われるくらい多彩な人種が存在し、それらが混ざり合っていますね。個人的には、人種差別がないと言う印象を持っています。『マクナイーマ』でも、主人公が黒人から白人に変わりますし、肌の色が異なる人たちが兄弟として描かれています。ブラジルでは、人種についてどのような考え方がなされているのでしょうか」それに対しラナリさんは「黒人が白人に変わるシーンはコミカルに描かれていますが、それはブラジルの現実をより捉えやすくするためのファンタジー風な表現と言えるでしょう。確かに、ブラジル人は寛容で、アメリカなどと比べれば融和していると言えるかもしれません。しかし、それほど事態は簡単ではなく、ブラジルにも人種差別は存在します。『マクナイーマ』ではそれを巧みに表現していると言えます」と答えた。

さらに話題はブラジルにおける男女の関係についても及ぶ。「『夫婦間戦争』では男女のカップルのさまざまな関係が描かれていますね。とてもおおらかな印象を受けますが、この映画はブラジルでの男女関係のあり方をリアルに描いているのでしょうか?」と長谷川さんが尋ねると、ラナリさんは答えに窮しながらも「ブラジルのカップルの不安定さを反映していると言えるのではないでしょうか」と述べた。「『マクナイーマ』についても、主人公は安定した男女の関係を築けない男として描かれています。実は、軍事政権最後の大統領であるフィゲイレード将軍(在任1979-1985)は、面倒くさがり屋で女好きという面が目立ったため、当時の新聞記者に「大統領は『マクナイーマ』である」と評されたことがあります。言われた本人は激怒していましたが、まさにその表現が的確で、言いえて妙でした」と興味深いエピソードも明かした。

最後に、長谷川さんが『マクナイーマ』がハンモックで寝ているシーンが多いことに触れ、ハンモックの魅力である自由さと不安定さが、ブラジルのカルチャーの魅力を表しているように見えると語り、トークを締めくくった。ラナリさんの丁寧な解説により、作品の背景にある社会的事情も理解することができ、充実したトークイベントだった。また、会場にはアンドラーデ監督の娘マリアさんの姿もあり、作品がより身近に感じられる時間ともなった。なお、アンドラーデ監督の作品は、12月6日(土)にはアテネ・フランセ文化センターで5作品が一挙に上映される。

(取材・文 外山香織)


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投稿者 FILMeX : 2008年11月26日 21:30


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