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2008年11月24日 『いつか分かるだろう』Q&A

sanselme_1.jpg 東京フィルメックスでは既にお馴染みとなったアモス・ギタイ監督の最新作『いつか分かるだろう』が24日、特別招待作品として有楽町朝日ホールで上映された。同作は、たった20年ほど前まで、フランスでは語ることすらタブーとされていた第二次世界大戦中のユダヤ人問題に焦点を当てている。昨年上映の『撤退』に引き続き、今年もゲストとして脚本を手掛けたマリ=ジョゼ・サンセルムさんが会場に駆けつけ、上映後のQ&Aで観客からの熱のこもった質問に答えた。

上映前にも舞台に上がったサンセルムさんは、挨拶ももどかしい様子で「第二次世界大戦中のフランスにおけるユダヤ系移民とカトリック系フランス人の関係。また、その時代を知らない子どもや孫の世代が、過去の問題をどう理解していくのかを描いた作品です」と、ポイントの説明を始めた。「フランスの対独協力政府は、ドイツの占領下に入るとすぐに、反ユダヤ的な法律を成立させました。以上の基本的な背景を踏まえてご覧下さい」。フランスとホロコーストを容易に結び付け難い、日本の観客への配慮が見て取れる。

sanselme_5.jpg 1時間半の上映終了後、再び拍手で迎えられたサンセルムさんに、客席から作品の核心に迫る質問が次々と投げかけられた。「ユダヤ教のラビがカトリック信者に儀式への参加を促すやり取りが登場する。こういった現象は、フランスではよく起こりうるのでしょうか」。この問いかけに答え始めようとしたサンセルムさん。すると、突然。リリリリリーン。なんと携帯電話が鳴り始めた。掛けてきたのは、故郷のイスラエル・ハイファにて新作を撮影中のギタイ監督!昨年のビデオメッセージに引き続き、思わぬ“遠距離参加”である。市山尚三東京フィルメックスプログラム・ディレクターから観客へのメッセージを促され、電話の向こうで上映の喜びを述べているらしいギタイ監督。残念ながら会場マイクで拾うことはできなかったが、日本の観客に対する思いが十分伝わる心憎い演出であった。

会場の空気も暖まり、宗教の捉え方についての回答に戻る。「この映画で監督が伝えたかったのは、(ジャンヌ・モロー演じる)主人公は自分がユダヤ人であることにこだわる人物ではなく、様々な人を受け入れる非常に寛容な女性であったということ」と述べ、劇中のユダヤ教とカトリック信者の描き方について、ギタイ監督の意図を説明した。

sanselme_2.jpg 次に、フランス政府が取り組んでいるホロコースト犠牲者への賠償金支払いについて、次のような質問が出た。「もちろん(ホロコースト問題は)お金で解決できることではないと思いますが、賠償金について、敢えて映画の中で提示した背景をお聞かせ下さい」。
「フランスにおける問題というのは、第二次大戦中にフランス政府の責任において、ユダヤ人を逮捕し、ドイツに引き渡し、強制収容所などに送ったこと」と、サンセルムさん。「シラク前大統領の時代になって、初めて政府として公式に認めた」のだと語る。「作品の序盤、主人公の息子は過去の記憶を留めた“物”を通し、自分の母と祖母夫婦に何が起こったのか知ろうとしています。それが段々と減っていき、結局記憶を留める物はすべて無くなってしまう。最後に残るのは、決して賠償金では賄えない“消失”なのです」。
映画は大きな慰霊碑がある場所のシーンから始まる。ユダヤ人犠牲者の慰霊碑がパリで作られたのはごく3~4年前のこと。極めて重要な点は、それまで強制収容所等で家族を失った人は、故人を偲ぼうにも行く場所がなかったことだ。「なぜならば何も残っていないから。どこで死んだかも分かっていない。やっとできた慰霊碑にも、名前しか書かれていない。なぜなら、殺された時には名前しか残っていなかったからなのです」と、サンセルムさん。そして、これらの事実をフランスが公式に認めるまで、およそ半世紀という長い年月がかかったことを強調した。

続いて、劇中に登場した元ナチス親衛隊員、クラウス・バルビーの裁判について質問が及んだ。「それまでフランスでは、レジスタンス戦士は英雄だという価値観があったと思うのですが、バルビーは裁判で、レジスタンスの中にもユダヤ人を売った人間がいることを証言していたと記憶している。あの裁判によってフランス国民の価値観は変ったのでしょうか?」。
これを受けてサンセルムさんは、「クラウス・バルビー裁判は1987年に行われました。終戦直後は、そもそも対独協力があったということ、つまり戦時中のヴィシー政権を中心とするフランスが、実はドイツに協力していた時代があったということを認識することすら難しい問題でした」と解説。バルビー裁判を待って初めて、ドイツ占領下におけるフランスの問題、対独協力の問題が、おおっぴらに語られるようになったと語った。

作品のポイントを、フランスが抱えるユダヤ人問題と照らして丁寧に語っていくサンセルムさん。その様子からは、映画を通して人々が背負っている歴史の重みを表現するギタイ監督をはじめ、作り手の真摯な姿勢が滲み出ていた。

(取材・文:新田理恵)

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投稿者 FILMeX : 2008年11月24日 15:30


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