11月25日、有楽町朝日ホールにてコンペティション作品『黄瓜(きゅうり)』の上映後、チョウ・ヤオウー監督を迎えてQ&Aが行われた。北京に暮らす3組(工場を解雇された中年男と家族・映画監督志望の青年と彼女・屋台で野菜を売る親子)の日常を並行して描いたこの作品は、32歳のチョウ監督の長編第一作目。「今回初めて東京に来ました。東京フィルメックスに参加できて本当にうれしい」と初々しく挨拶すると、女性客からも積極的に質問が飛んだ。
林 加奈子東京フィルメックスディレクターがまず、3組の生活に黄瓜と特徴的な料理がそれぞれ絡んでいることに触れ「なぜ、その料理を選んだのか」と質問すると、チョウ監督は「この3つの料理は中国の人が家庭でよく食べる料理です」とした上でそのひとつひとつを丁寧に解説した。「工場を解雇された中年男・ラオチュンが毎日作って食べているのは「豚のマメの炒め物」。豚のマメとは豚の腎臓のことで、男性機能に良いといわれています。ラオチュンは男性機能を失っているので毎日家でこの炒め物を作って食べていますが、子供からは『もう食べたくない』といわれ、奥さんには愛人がいてやっぱりうまくいきません。映画監督志望の青年がよく食べているのは「鶏肉の炒め物」。中国語では“鶏”と“妓”(売春婦)は同じ“ジー”という発音です。つまりは青年の彼女がそうした仕事をしていることを表現しています。屋台で野菜を売る親子が食べたがる「魚香肉?」(ユイシャンロース)は、その料理名から子供は魚料理だと思っているのですが、実は魚の香りがする豚肉の細切り炒めという、中国人からするとおかしい勘違いになっています」
続いて観客からの質問に移り「線路や踏切が印象に残った。作品ではみんな勝手に渡っているが実際にそういう場所があるのか」と聞かれると、チョウ監督は「私は鉄道に対して特別な思い入れがあります。汽車は遠くへと人や物を運び、また期待をも乗せていきます。この作品で鉄道はとても重要な意味を持っています」とし、撮影場所についても「北京の西直門(シージーメン)駅から少し離れたところで、この作品を撮っているときは自由に入ることができたが、オリンピックによって入ることができなくなりました」と語った。
女性客からは「登場人物の顔のアップが少ないのはなぜか」と質問されると、「この映画の撮影の手法としてはミディアム・ショットで少し離れて撮ること主とし、それに加えて、フィックス(固定)して長回しをしています。なぜ、そういう手法をとったのかといえば、人物を冷静に見たかったから。クローズアップでは客観的な雰囲気は失われてしまいます」とチョウ監督。林ディレクターもそうした撮影の手法が活かされた最初のシーンを「これから始まる物語の人間模様を予感させてくれるすごいシーン。監督の才能を感じた」と絶賛。
さらに、ラオチュンが彼にしか見えない葉っぱを取ろうとしているシーンについても質問が及ぶとチョウ監督は「あれは黄瓜の葉っぱですが、シュールレアリズムの手法をとっています。人間は心理的にどうしようもなくまいってしまったときに何かしらの幻覚が見えると思います。男性機能を失ったラオチュンが自分にないものを掴もうとしている様子を表現しました」と語った。
和やかな雰囲気で進んだQ&Aの最後には、次回作の構想についても触れ「去年、中国・山西省で起きた闇レンガ工場事件を題材に作品を撮りたい」とチョウ監督。貧しい地域からたくさんの子供たちが集められ奴隷のような扱いを受けていたというこの事件を知った時、怒りを感じたのがきっかけという。「12歳くらいの3人の少年を主人公にして、彼らの運命を描きたい」と熱く語るチョウ監督を後押しするように、林ディレクターは「この他にもチョウ監督はたくさんの企画を温めています。彼が抱える問題は制作資金集め。ご興味のある方は公式カタログに連絡先が書いてありますのでぜひ」と会場に呼びかけた。
林ディレクターの言葉や、観客からの感想・質問に対し常に礼を述べ丁寧に答える様子からはチョウ監督の謙虚さや思慮深さが滲み出ていた。いつの日かまた新しい作品とともに東京フィルメックスのステージに立つ姿を願うばかりだ。
(取材・文:田中美和)
投稿者 FILMeX : 2008年11月25日 18:00