【レポート】『コンプリシティ』舞台挨拶、Q&A

11月17日(土)、有楽町スバル座にて近浦啓の長編デビュー作『コンプリシティ』が上映された。本作はトロント国際映画祭でワールドプレミア上映され、続いて釜山国際映画祭の「アジア映画の窓」へ出品、日本国内では初の上映となる。昨今、社会問題と化している失踪した技能実習生を主人公に、異国の地でどう行きていくか、普遍的な物語を描いた意欲作だ。他人になりすまして蕎麦屋に住み込みで働き始める中国人青年チェンを中国人俳優ルー・ユーライが演じ、寡黙な蕎麦屋の主人役を藤竜也が演じる。上映に先立って近浦啓監督、藤竜也、赤坂沙世、松本紀保の舞台挨拶を行われた。

藤竜也さんはルー・ユーライさんとの共演を振り返り「非常に新鮮な現場でした。ユーライさんは当然ながら日本語はしゃべれません。共通語はお互いの不確かな英語です。でも、基本的に俳優として難しいコミュニケーションをとる必要はないんです。演じる上で、何となく分かり合えちゃうんですよね」と両社の間に役者同士の通じるものがあったと語った。

赤坂沙世さんは、「ユーライさんは悪夢除けのために、日本の5円玉みたいなのを枕の下にいれて寝ていて、それをホテルに忘れてきちゃって大変だった」とエピソードを語り、会場の笑いを誘った。蕎麦屋の娘役を演じた松本紀保さんは「わたしは蕎麦屋の娘でユーライさんにいろいろ教える役でしたが、オフの時でも日本語を覚えようと一生懸命な姿が印象的でした。普段のにこやかな印象と撮影前の真剣な表情のギャップに驚きました」と語った。

近浦監督は「この映画で描いた技能実習生、不法滞在者については、最近ニュースでよく話題になっています。しかし、この映画では社会的なテーマではなく、もっと小さな物語、彼らが何らかの理由で姿を消し不法滞在者になったあとに、どう異国の地“日本”で生きていくかを描きたいと思いました」と述べた。

上映後のQ&Aでは、近浦監督と藤さんが登壇した。藤さんの出演のきっかけは「会いたい人に会いにいく」がテーマの近浦監督が立ち上げたインタビュ−サイトだったと明かした。それを発端に、近浦監督による『Empty House』という20分の短編に藤さんは出演、続いて製作した『SIGNATURE』という短編では、本作の主人公チェン・リャンの前日譚が描かれる。藤さんは本作のオファー時にこれを観て「すごく感動した、ルー・ユーライが説明出来ないような不思議な存在感で、なんて悲しそうでせつない顔をしているのだろう」とユーライさんに魅了され出演を快諾したという。

会場からは、「技能実習生の失踪というタイムリーなテーマですが、参考にしたものがありますか?」と質問があがると、近浦監督は「2014年に起こったベトナム人の技能実習生が農家で育てていたヤギを除草剤で殺して解体して食べたというニュースがあって衝撃を受けました」と答えた。それをきっかけに、監督は技能実習生の制度の仕組みを調べ、そして多くの実習生が失踪し、年々その数字が上がっている状況を知る。「失踪したあと、彼ら、彼女たちはどのように生きただろう」と想像をふくらますことが着想のきっかけとなった。彼らの置かれている状況や故郷に帰れない理由を聞き、取材を重ねていくことで映画の構想へと連なっていく。それから「藤竜也さんに出演してもらうために、藤さんに何の役を演じてもらおうか?」と考え、最終的に蕎麦屋の職人に決めたという。

「僕は職人の役が大好きです」と答え、以前出演した映画の中華料理人の役づくりについてのエピソードを披露。「プロの中華の大先生からワンツーマンで五ヶ月半、中華料理のすべてを学びました。オファーが来た時は、次はそばの練習が出来るんだ!って喜んだ」とのこと。蕎麦屋の主人役の役づくりについては「現実は実習生の様々な問題があるんでしょうけれど、僕が演じる親父はそういう事をなにも知らないと思う。だから僕自身がきちんと蕎麦を打てるようになってしまったら、あとは何も考えない。その親父にまかせようと思いましてね、全部即興で演じて、蕎麦だけはひたすら必死に打ちました。全部で70キロくらい打ちましたね」藤さんの蕎麦づくりの打ち込む様は、普段厳しい蕎麦の先生が驚くほどで、そのプロさながらの手さばきに免許皆伝も近いと監督は加えた。

会場から「中国との製作の上で大変だったことは?」と聞かれ、「中国との国際共同製作と言葉だけ聞くとおおげさな感じはしますが、端的に言うと親友の中国人の映画作家と一緒に作った形です。彼にも話を持ちかけた時、『この映画にはナイーブな部分もあるけど、描かれているのは人間と人間の普遍的な関係だ。これは、お互いの国で絶対上映しよう』という小さなところからはじまりました。現場では、もちろんクリエイティブな意見の衝突はありましたが、撮影でも編集でもすごくよい関係の中で作れました」と映画製作の上では、国家間の壁がなかったことを語った。

文責:松下加奈 撮影:吉田(白畑)留美

11/17 『コンプリシティ』 舞台挨拶


11/17 『コンプリシティ』 舞台挨拶
有楽町スバル座

藤竜也(俳優)
赤坂沙世(俳優)
松本紀保(俳優)
近浦啓(監督)

神谷直希(東京フィルメックス ディレクター)

日本、中国 / 2018 / 116分
監督:近浦啓 (CHIKAURA Kei)
製作:クレイテプス

Complicity
Japan / 2018 / 116 min.
Director: CHIKAURA Kei

【来日ゲスト追加決定】スタンリー・クワン監督来日・Q&A決定のお知らせ

11月22日(木)の18:40より上映を予定しております特別招待作品『8人の女と1つの舞台』で、スタンリー・クワン監督の来日が決定致しました!上映後のQ&Aに登壇いただきます。

意外にも、スタンリー・クワン監督は、フィルメックスでは初めての監督作上映・登壇となります。チケット残席もまだございますので、ぜひ多くの方のご来場をお待ちしております!→追記: 監督作品は初ではありませんでした。第2回で『藍宇(ランユー)』を上映しています。

11/17 『僕はイエス様が嫌い』 舞台挨拶


11/17 『僕はイエス様が嫌い』 舞台挨拶
有楽町スバル座

佐藤結良(俳優)
大熊理樹(俳優)
チャド・マレーン(俳優)
佐伯日菜子(俳優)

市山尚三(東京フィルメックス ディレクター)

日本 / 2018 / 76分
監督:奥山大史(OKUYAMA Hiroshi)
製作:閉会宣言

Introduction
Japan / 2018 / 76 min.
Director: OKUYAMA Hiroshi

【レポート】『期待』Q&A

11月18日(日)、有楽町・朝日ホールにて、「特集上映 アミール・ナデリ監督」から『期待』(’74)が上映された。本作は、1970年代にイランで撮影されたナデリ監督の初期作品の一つ。東京フィルメックスではすっかりお馴染みの顔となったナデリ監督は、上映前に、にこやか登壇し、初期作品の上映の機会を得た喜びと感謝を述べた。古い映画をイランから持ち出すのは難しいそうだが、今回はイラン側の協力を得てDCP上映が実現した。

上映後に再び登壇したナデリ監督は、自伝的作品としての本作の背景を語り始めた。イラン南西部にある石油産業の町アバダンで生まれ育ったナデリ監督にとって、子供の頃の思い出といえば石油の匂いだったとか。砂漠と海はあるが緑はなく、水や氷はとても貴重なものだったそうだ。劇中の設定どおり、子供の頃は、おばあさんの言いつけでガラスの器を持って氷を買いに行き、誰よりも先に冷たい水で喉を潤すことが楽しみだったという。そして、氷で満たされたガラスの器を渡されるときには手しか見えないが、その手の女性に恋心を抱いていたとも。イラン・イラク戦争が始まってから、その氷をくれた家を再び訪れたそうだが、すでに一部が崩れ、誰も住んでいなかったという。

ガラスの器に反射する眩しい光の場面が印象に残るが、全編を通して、人工的なライトを加えずに、自然の陽光のみで撮影したそうだ。ナデリ監督は、久しぶりにこの作品を鑑賞しながら、今の自分がこの作品をもしリメイクするならばどうするだろうかと考えていたそうだが、「ワンフレーム違わず、まったく同じものを撮ると思います」と本作に対する自信をのぞかせた。そして、『CUT』(’11、第12回東京フィルメックスにて上映)の美術監督を務めた磯見(俊裕)さんにこの作品を捧げたいと述べ、来場していた磯見さんに会場から拍手が贈られた。

続いて、少年が遭遇する宗教的な儀式について質問があがった。この儀式は年に1回イランで行われている渇きや水をテーマとした祭りで、男性は屋外で、女性は屋内で儀式を行うとのこと。ただ、子供の頃に見ていた儀式のイメージを映像化することに苦心したそうだ。そして、「渇き」という話の流れでは、「今の自分は水を欲しがっているのではなく、ただ映画を作りたいだけ」と映画制作への熱い想いをあらためて語ったナデリ監督。

また、この作品はどこかファンタジックなもののように見えるが、現地ではリアルなものとして見られるのかという、作品のとらえ方についても話が及んだ。実は、この作品を制作していた頃、溝口監督に憧れていたというナデリ監督。この作品はすべてリアルなものを映し出しているが、溝口監督がよく使っていたゴーストのような感じ、夢の中のような感じが映像に出ているという。「誰か気付いてくれないかなと期待していたのに…」と茶目っ気たっぷりに残念がる一幕も。

「この頃の作品は自分が欲するものや希望がテーマで、その後はどうやって生き延びるかということがテーマでした。『山<モンテ>』(’16、第17回東京フィルメックスにて上映)の後は、原点に戻りたいと思いました。新作の『マジック・ランタン』(’18、第19回東京フィルメックスにて上映)は、『期待』の続きとなるものです。ぜひご覧ください」と述べ、Q&Aを締めくくった。

本年の東京フィルメックスでは、「特集上映 アミール・ナデリ監督」と題して、ナデリ監督の新旧合わせて5作品を紹介する。11月20日には『マジック・ランタン』、11月23日には『ハーモニカ』(’74)と『華氏451』(’18)、11月25日には『タングスィール』(’73)が上映される。この貴重な機会を見逃さないよう、ぜひ会場へ足を運んでいただきたい。


※ロビーにある『マジック・ランタン』のポスター前で

文責: 海野由子 撮影: 村田麻由美

【レポート】『名前のない墓』Q&A

11月18日(日)、TOHOシネマズ日比谷12にて特別招待作品『名前のない墓』が上映された。多彩な文学作品を引用しつつ、クメール・ルージュの支配がいかに無軌道であったかが語られる。上映後のQ&Aにはリティ・パン監督が登壇した。

パン監督は『S21 クメール・ルージュの虐殺者たち』(03)で犠牲者と加害者の関係を問い、「Duch, le maître des forges de l'enfer」(11)で政治犯収容所S21の所長だったドッチを撮った。15年以上前から温めてきたテーマは、「人々の心に宿った暴力性」であるという。

「これらの映画をつくる過程で考えたのは、どうすれば死者を悼むことができるのか。よく『赦す』などと言いますが、それは何が起こったかが分かって初めてできること。大量虐殺の場合、犠牲者の遺体の所在が分からないことが問題です。この映画では死者のさまよえる魂を探求することになりました」

映画には監督自身も出演している。「出るつもりはありませんでしたが、あるとき、この映画のアプローチを尊重しなければならないと思ったのです。例えば、霊媒師や僧侶が儀式に参加するよう、私を手招きします。そうすると、どうしても頭の一部や手の先が写ります。霊媒師の一人が、私の父の魂を呼び出して自らに憑依させたとき、父が私を呼んでいるのだと分かりました。そのとき、私はカメラを回し続けて後ろにいるべきか、父に会いに行くべきかを考えました。そして、後者を選んだのです。あまりにも強く彼女が私を抱きしめたので、本当に父の魂がそこにいるのだとはっきり分かりました。その時から、自分がフレームの中に存在することが当然のことになりました。けれども、実に謙虚な気持ちでカメラの前に立っています」

観客からは、「2人の村人の証言が重要な要素となっているが、彼らは犠牲者と加害者のどちらの側にいたのか」という質問が挙がった。

「村には新人民と旧人民がいました。新人民は1975年にクメール・ルージュによって『解放』され、都市から地方へ強制移動をさせられた人々です。私もその一人でした。インタビューを受けているのは、2人とも元から村にいた旧人民です。一人は農民で、新人民より権力を持っていました。もう一人は軍人で、1950年代から革命に参加し、戦争にも出陣した幹部です。この映画は、彼らのような旧人民、犠牲者、私を含めて生き延びた人々という、三角関係で成り立っています」とパン監督。さらに、霊媒師も重要な役割を果たしていると言い、「霊媒師は村人が心を打ち明ける相手です。ですから、彼らはその土地で起こっていることや、人々の抱える苦しみもよく理解しています。トラウマを癒やすには、薬よりも言葉が効くこともあるのです」と説明した。

上映の数日前、クメール・ルージュの幹部2人に大量虐殺の罪で有罪判決が出された。そのニュースをどのように受け止めたかとの質問に、「このような犯罪を裁ききるのは不可能だと思います」とパン監督。「その判決は、チャム族とベトナム系民族に対してのみ認められました。『大量虐殺』は、ルアンダ、ボスニア、カンボジアのケースでそれぞれ異なり、毎回定義し直す必要があると思います。犠牲者の数だけでなく、イデオロギー的な暴力が行われ、個人の尊厳が破壊されていることも考えなければなりません」。続けて、「ロヒンギャやイエメン、そしてカンボジアでも再び、同様のことが起こっています。だから私は過去に戻り、起こった出来事を再び理解しようと努めている。カンボジアで200万人の犠牲者がいるとすれば、200万本の映画が必要です。私にとって映画とは、再び生まれる行為で、今を生きる存在証明のようなものです」と熱く語ると、会場からは自然に拍手が起きた。

最後に、映画を作り続けた上での変化を問われると、「以前より心が平穏になったように思います」とパン監督。「私は常に死者と共に生きています。彼らの犠牲の上に、今の私があるからです。私の仕事は、人々の『記憶』を撮り続けること。当時何が起きたのか、誰が犠牲者で加害者なのか。それが分かれば、次の世代は重荷を抱えることなく、新しいページに進むことができます。死ぬ直前に思い浮かべるのが、私の好きな人たちの微笑む姿だったら。その瞬間に向けて、映画をつくっているように思います」と語った。

質問は尽きなかったが、予定時間を大幅に上回り、Q&Aが終了。一つひとつの質問に丁寧に答えるパン監督の姿が印象的だった。


※終電間際にもかかわらず、多くの方が残られてトークに耳を傾けておりました。

文責: 宇野由希子 撮影: 吉田(白畑)留美

11/17 第19回東京フィルメックス 開会式


11/17 第19回東京フィルメックス 開会式

TOHOシネマズ 日比谷

ウェイン・ワン (映画監督)
モーリー・スリヤ (映画監督)
エドツワキ (イラストレーター、アートディレクター)
西澤彰弘 (東京テアトル株式会社)

市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター)
大倉 美子(通訳)

【レポート】『草の葉』舞台挨拶

11月17日(土)、TOHOシネマズ日比谷スクリーン12にてホン・サンス監督の『草の葉』が上映された。オープニング作の『川沿いのホテル』に続いてホン・サンス監督作品がもう1作品上映されることから、関心も高く、場内は駆けつけた観客で賑わった。上映に先立ち、『川沿いのホテル』上映後にも登壇した出演俳優のキ・ジュボンさんを迎えて舞台挨拶が行われた。

「みなさんにお会いすることができて嬉しく思います。日本の映画館に来るのは生まれて初めてですが、みなさんとお会いできることは、私の人生におけるご縁だと思っています」と笑顔で挨拶したキ・ジュボンさん。

本作は、昨秋の9月~10月に3日間、さらに補充日として1日を追加して撮影が行われたそうだ。市山尚三東京フィルメックス ディレクターによると、今年2月のベルリン国際映画祭で発表されたことから驚きの速さで仕上げられた作品といえる。

直前に上映された『川沿いのホテル』の質疑応答では、キ・ジュボンさんのプライベートな部分が作品に反映されたという話題に及んだが、『草の葉』に出演することになった経緯について、「昨秋、個人的に私生活で少し難しい時期を迎えていたのですが、ホン・サンス監督に『草の葉』に出ないかと誘っていただき、元気をもらいました。この作品の後、『川沿いのホテル』にもつながりました」と述懐。

本作は、喫茶店を訪れる人たちの会話が続く作品だが、その際にセリフは用意されているのか、あるいは、俳優に任されているのかと訊かれ、キ・ジュボンさんは次のように説明した。
「ホン・サンス監督は、撮影の当日に台本を書きます。朝書いて俳優に渡すというやり方です。例えば8時から撮影があるときは、監督が6時にやってきてシナリオを準備します。俳優たちは8時にやってくると、その日の頭の回転にまかせて撮影に入ります。事前に俳優に準備させるのではなく、俳優のその日の考えを反映させるというやり方で撮っています」

ホン・サンス監督の斬新な撮影手法に興味は尽きないが、最後に、夜遅い上映時間にもかかわらず集まった観客から温かい拍手がキ・ジュボンさんに寄せられた。フィルメックスでは、11月21日に『川沿いのホテル』、11月20日に『草の葉』が再上映される。

文責: 海野由子  撮影: 吉田(白畑)留美

【レポート】『川沿いのホテル』Q&A

11月17日(土)、TOHOシネマズ日比谷スクリーン12にて、第19回東京フィルメックスのオープニング作としてホン・サンス監督の最新作『川沿いのホテル』が上映された。本作は、ホテルに滞在する詩人とその息子たちや女性客との軽妙なやり取りを通じて、人生の機微を紡いだモノクロ作品だ。上映後には、本作での演技で、ロカルノ映画祭の主演男優賞を受賞したキ・ジュボンさんが登壇し、「みなさんに歓迎していただき、とても気分がいいです」と挨拶した。

ホン・サンス監督作品には9本ほど出演しているキ・ジュボンさんだが、今回は非常に印象に残る役どころを演じている。市山尚三東京フィルメックス ディレクターから、本作への出演の経緯について訊かれると、「昨年、個人的に辛い時期を過ごしていた中で、映画を撮ろうと手を差し伸べてくれたのがホン・サンス監督でした。そのおかげで、パワーをもらい、映画に臨むことができました」と明かしてくれた。

続いて本作の撮影の順番について質問があがった。本作は全体的に順撮りで、ホン・サンス監督はその撮り方を守っているとか。ただし、主人公がぬいぐるみを持ち出す場面は、当初ムーミンが使用されていて、著作権の関係から撮り直したという。また、劇中で酒を飲む場面は本当に酒を飲んでいたそうだ。

ホン・サンス監督は作品ごとに形式や手法を変えている。そうしたことについて、俳優に事前の説明があるのかということ、そして、俳優の境遇を反映して撮影するのかということについて話が及んだ。

俳優に事前の説明があるのかどうかという点では、監督から作業前に説明があると答えたキ・ジュボンさん。今回初めて取り入れた手法としては、カメラを動かしながら撮るということだったという。「これまでは固定カメラの中で俳優が動くことが多かったのですが、今回は俳優が動くとそれをカメラが追いかけてくるという手法を取り入れていました」と説明。

また、俳優の境遇を反映しながら撮影しているのかという点では、キ・ジュボンさんは、監督との個人的な語らいが本作につながったと次のように振り返った。「昨秋、『川沿いのホテル』の前に『草の葉』を撮影していたとき、俳優としての私生活について監督といろいろ話をしました。それがこの作品に反映されることになりました。監督は俳優からよく話を聞き、それを作品に反映させるということがよくあります。俳優に配慮しながら、俳優から聞いた話を通してインスピレーションを得ているようです。俳優とたくさん話をして、俳優の考えを読みとってくれます。」

さらに、ホン・サンス監督の撮影では、撮影当日の朝に俳優にシナリオが渡されることが知られているが、キ・ジュボンさんによると、撮影したものはほとんどカットされずに使われるという。ホン・サンス監督作品の撮影は、他の監督作品に参加するときとは異なると語るキ・ジュボンさん。通常は、俳優として作品や演じる人物を徹底的に分析してから撮影に臨むものだが、ホン・サンス監督作品の場合には、朝にシナリオがあがるので、シナリオを渡されたときに敏感に頭をフル回転させながら作業するとか。ホン・サンス監督作品の常連的な存在感を示すキ・ジュボンさん、ベテラン俳優らしい冷静な一面をのぞかせた。

質疑応答では、観客から質問が途絶えることはなく、ホン・サンス監督作品への関心の高さがうかがわれた。フィルメックスでは、11月21日に『川沿いのホテル』、11月20日に『草の葉』が再上映される。ぜひ、この機会に両作品でキ・ジュボンさんの演技を味わっていただきたい。

文責: 海野由子