開催期間:2005年1月31日?2月10日 (マーケット開催期間:2月4日?8日)
今年からコンペティションに2部門を新設して、より大きな成長を目指したファジル国際映画祭が、今月10日に閉幕した。新設されたのはスピリチュアル・シネマ部門とアジアン・シネマ部門。映画祭事務局からのニュース・リリースはもちろん、期間中に連日発行されるデイリーニュースや、クロージングセレモニーなどのイベントの際にも、この2つの新設部門を積極的にアピールしていた。
受賞結果については下に報告してある通りだが、この”改革”によって上映作品数は増加し、主催側が目指す「より大きな映画祭としての存在感」に近づいたものと言える。今年からクロージング・セレモニーが2日間に分けて行なわれたことも、その拡大路線を象徴している。最終日には従来の目玉部門である(イランのアカデミー賞とも言える)国内コンペティションの各賞が発表される「ナショナル・セレモニー」が行なわれたが、その前日には今回の新設2部門や国際コンペティションなどを併せて表彰した「インターナショナル・セレモニー」が行なわれた。単純に眺めればセレモニーが増えて華やかになったとも考えられるが、実際には国際コンペティションのために映画祭に出席した海外ゲストは少なく、代理受賞が数多く見うけられて盛り上がりに欠けた点も指摘できる。
ロッテルダム映画祭とベルリン映画祭という強力な2つのヨーロッパの映画祭に挟まれた日程の中で、今後、新設の2部門を含めて国際コンペティションがもっと海外ゲスト・出品側にとって魅力ある部門となることが重要な課題であろう。
映画祭期間中には、約30年振りとも言われる記録的な大雪に街中が真っ白に包まれたが、観客は例年通り熱狂的に映画祭を迎え入れていた。市内各所の一般の映画館が映画祭の会場として使用されているのだが、どこもチケットを求める観客で大にぎわいである。
10日後の2月19日(イスラム暦のため、毎年若干変わる)が、イランのもっとも重要な宗教儀式のひとつであるアーシュラーの日にあたり、町中は赤や緑などの原色のネオンサインで色とりどりにライトアップされて、華やかな雰囲気に包まれている。ファジル映画祭はこの熱狂的な1日を華やかに演出するイベントとして、市民から熱烈に受け入れられている。
【受賞結果】
各部門のうち、もっとも盛り上がりを見せる国内コンペティション部門では、レザ・ミルキャリミの2年ぶりの新作『Too Faraway, Too Close』が、作品賞、撮影賞、音楽賞など合計6部門、マジッド・マジディの『The Weeping Willow』が、監督賞、主演男優賞、観客賞など4部門を制して、事実上この2作品の一騎討ちとなった。
また、大ベテランのキアヌーシュ・アイヤリの新作『Wake up, Arezu』は、国内コンペでは芸術貢献賞のみにとどまったものの、国際コンペ部門で同じく芸術貢献賞と審査員特別賞を受賞し、復活の印象を与えた。
新人作品ではBijan Mirbagheriの『We Are All Good』が、国内コンペ部門の助演女優賞、編集賞、さらにFirst & Second部門のスペシャル・メンションを与えられるなどの活躍が目立った。
イラン映画以外では、「ブリキの太鼓」などで知られるフォルカー・シュレンドルフの『The Ninth Day』が国際コンペ部門の作品賞など3つの賞に輝き、前述の『Wake up, Arezu』と分け合うような形になった。
● 国内コンペティション
作品賞 『Too Faraway, Too Close』 レザ・ミルキャリミ
審査員特別賞 Mohammad Bozorgnia for 『A Place to live』
同 カマル・タブリズィー 『A Piece of Bread』
監督賞 マジッド・マジディ 『The Weeping Willow』
脚本賞 カンブジア・パルトゥビ 『Caf Transit』
主演男優賞 パルヴィズ・パラストゥイ 『The Weeping Willow』
主演女優賞 Fereshteeh Sadr Orafaie for 『Caf Transit』
芸術貢献賞 キアヌーシュ・アイヤリ 『Wake Up, Arezu』
撮影賞 Hamid Khozouie Abianeh for 『Too Faraway, Too Close』
音楽賞 Mohammadreza Aligholi for 『Too Faraway, Too Close』
観客賞 『The Weeping Willow』 マジッド・マジディ
助演男優賞 コスロー・シャキバイ 『Season Salad』
助演女優賞 Leila Zare’ for 『We Are All Good』
編集賞 Saeed Shahsavari for 『We Are All Good』
録音賞 Yadollah Najafi for 『The Weeping Willow』
衣装賞 Amir Esbati for 『Too Faraway, Too Close』
特殊効果賞 Najaf Fatahi for 『A Place to Live』
整音賞 Bahman Ardalan for 『Too Faraway, Too Close』
メイク賞 Mohammad Ghomi for 『Too Faraway, Too Close』
短編映画賞 『Only the Sound』 by Amir Heshmati
● First & Second Film部門
作品賞 Reza A’zamian for 『A Border for Life』
スペシャル・メンション Bijan Mirbagheri for 『We Are All Good』
● 国際コンペティション部門
作品賞 フォルカー・シュレンドルフ 『The Ninth Day』
審査員特別賞 キアヌーシュ・アイヤリ 『Wake Up, Arezu』
監督賞 フォルカー・シュレンドルフ 『The Ninth Day』
脚本賞 Dennis Gansel, Maggie Peren for 『Napola』
演技賞 Ulrich Matthes for 『The Ninth Day』
芸術貢献賞 キアヌーシュ・アイヤリ 『Wake Up, Arezu』
短編映画賞 Coralie Fargeat for 『The Telegram』
● アジアン・シネマ部門
作品賞 Dimitri de Clarcq for 『Earth And Ashes』
監督賞 Jamil Rostami for 『Requiem of Snow』
脚本賞 S.P. Ramesh, Anwar Ali, Rajiv Vijaya Raghavan for 『The Path』
● スピリチュアル・シネマ部門
作品賞 ナセル・キャミル 『Bab’ Aziz』
審査員特別賞 テオ・アンゲロプス 『The Weeping Meadow』
監督賞 カマル・タブリズィー 『A Piece of Bread』
脚本賞 Ismael Ferrokhi for 『Le Grand Voyage』
● Interfaith部門
最優秀作品賞 『Caf Transit』 カンブジア・パルトゥビ
優秀作品賞 『A Piece of Bread』 カマル・タブリズィー
同 『Salvation At 8:20』 シルス・アルヴァンド
【上映されたイラン映画新作の状況】
今年のイラン映画新作は、これまでに実績のある監督たちが各自の持ち味を発揮して、安定した見応えのある作品を発表して全体のレベルの高さを見せていた。その反面、驚きに溢れるような新しい試みがなされた作品に乏しかったことも挙げられるだろう。
国内コンペ部門で賞を分け合った2作品が、奇しくも中年男性を主人公として、失いかけた家族の絆を取り戻していく過程を描くということで共通していたのが印象的である。作品賞などに輝いたレザ・ミルキャリミの第4作『Too Faraway, Too Close』は、脳外科医としての成功に没頭して息子のことを省みることのなかった主人公が、横断中の砂漠でアクシデントに見舞われる物語。広大な砂漠を走り抜けていくベンツなどの撮影が素晴らしい。一方、観客の支持を得たマジッド・マジディの『The Weeping Willow』は、盲目の文学教授が視力を回復するとともに、それまで献身的であった妻を疎ましく思い、別の若い女性に恋をしてしまう物語。寡黙な主人公を力のある演出で描き出し、観客を惹きつけた。
『スニーカーの少女』や『私は15歳』など、思春期の少女の演出に定評のあるラスール・サドレアメリの最新作『I Saw Your Father Last Night, Aida』は、映画初出演の17歳の少女をヒロインに迎えている。親友のふとした言葉から、父親が若い女性と浮気をしているのではないかと疑い始めたアイーダの、この年齢の少女に特有の微妙な心の揺れ具合を繊細に捉えていて、このあたりの描き方はさすがとしか言うほかがない。
『テヘラン悪ガキ日記』や日本=イラン合作『風の絨毯』で知られるカマル・タブリズィ?の『A Piece of Bread』は、白痴気味の兵士の目を通して、彼が旅をする道中で出会う様々な人々を描き出す。驚くようなストーリー展開や撮影、演出方法があるわけではないが、淡々とした味わいがとても面白い。
その他、元々は戦争を描いたオムニバスの1本として製作された作品を、長編として新たに追加撮影・編集したラクシャン・バニエテマドの『Gilaneh』や、イランの歌舞伎とも言える伝統的な演劇“タージェィエ”についての傑作ドキュメントであるナセル・タグヴァイの『Rast Rehearsal』など、日本でも馴染みの深い監督の新作も上映された。
日本ではあまり知られていないが、『チャドルと生きる』などいくつもの作品の脚本でも有名なカンブジア・パルトヴィのほぼ10年ぶりの監督作品『Caf Transit』は、抑圧的な兄から逃れて自立するために、荒れ地を走るハイウェイ沿いにカフェを開いた女性と子どもの物語。不法滞在のロシア人女性が逃げ込んできたり、妻を失った男性との恋があったりして、ゆっくりと心を開いていくヒロインの心の描写が丁寧に物語られている。町中の一般映画館では観客が押し寄せ、建物の周りに人があふれ出すほどの大人気だった。
また、チュニジアの監督や俳優、スタッフによって撮影されたナセル・キャミルの『Baba Aziz』は、イラン国内の砂漠でロケが行なわれた作品である。老人と孫が砂漠を渡る間に孫にせがまれて昔話を聞かせるのだが、その昔話と現実が夢のように混ざり合っていく。神秘主義(スーフィズム)のような思想も見え隠れして、またイラン屈指のカメラマン、マハムード・カラリによる驚くべき美しさの撮影ともあいまって、とても幻想的な作品となっている。
イランのお家芸と言える児童映画。今年のベルリン映画祭キンダー部門にも選ばれた『Hayat』は、アミール・ナデリの『駆ける少年』の助監督などを経験したゴラムレザ・ラメザニのの3作目。両親のかわりに9ヶ月の妹の子守をすることになった主人公のHayatだが、今日は学校の大事な試験がある日。9歳の弟は理由をつけて逃げ出してしまうし、子守と試験を抱えてしまったHayatは困ってしまい・・・という他愛もないストーリーだが、軽やかな運びでとても楽しく見せ切ってくれる。
2003年の冬にイラン東部の古都バムで起きた地震は、アルゲ・バムなどの歴史ある遺跡とともに、多くの人命と人びとの生活を一瞬のうちに奪ってしまった。今年のファジル映画祭では、バム地震をテーマにしたプログラムが組まれたが、その中でもベテラン監督キアヌーシュ・アイヤリによる『Wake up, Arezu!』は、地震発生後一週間で現地に入った監督が、完全に破壊された街を見事に再現したり、逃げまどい、叫び、救出に走り回っている群衆をおさめ、あたかもドキュメンタリー映画を観ているかのように物語が進行する。
クロージング・セレモニーでは、今回の特集を受けて地震からの復興を誓っていたが、皮肉なことにバムからほど近いイラン南東部のケルマン州を震源とする地震が発生し、甚大な被害とさらなる人命を奪うこととなった。今回の地震で亡くなった方々への哀悼の意とともに、一刻も早くの復興を心から願わずにはいられない。
その他、当初、映画祭のアジアン・シネマ部門で上映される予定であったエブラヒム・ハタミキアの『The Color Purple』は、内容が秘密警察の男性と一般の女性との恋を描く物語で、”好ましくない”ということで検閲にひっかかり、上映が禁止になった。
【IFM(イランフィルムマーケット)について】
今回で第8回を迎えるIFMは、海外ゲスト用の上映などが行われたカヌーン(児童青少年知育協会)を会場として、映画祭後半にあたる2月4日から8日まで開催された。
ファジルの前後に行われているロッテルダム映画祭のシネマートやベルリンのマーケットなどと比較すると規模はそれほど大きくないが、40?50ほどのブースが出展しており、なかなか活況がある。
特に目立つのはイランの映画会社や、カタール、バーレーン、レバノンなどアラブ、中東諸国のブースが多数出展しており、イスラーム圏のソフトを目的とした参加者も見受けられ、IFM独自の役割を果たしている。IFMの責任者でもあるファラビ映画財団の国際部長アミール氏がデイリー・ニュースの取材に対して語ったところによれば、来年以降はもっと大きい会場を想定しており、映画祭本体の拡大路線と歩調をあわせているようだ。
(報告者:岡崎 匡)