『トランジット』ハンナ・エスピア監督、ポール・ソリアーノさんQ&A
from デイリーニュース2013 2013/11/27
11月27日(水)、有楽町朝日ホールにてコンペティション作品『トランジット』の上映が行われ、監督のハンナ・エスピアさんとプロデューサーのポール・ソリアーノさんが上映後のQ&Aに登壇した。本作は、イスラエルで出稼ぎ労働者として働くフィリピン人がイスラエル政府による子どもの強制送還という問題に直面する物語。
昨年の今頃はタレント・キャンパス・トーキョー(以下、TCT)で本作の企画を持ちこみプレゼンを行っていたというエスピア監督は、「初めての長編映画を完成させて戻ってくることができ、東京フィルメックス、TCTに大変感謝しています」と挨拶。初来日というソリアーノさんは東京の街を気に入られたようで、観客とのふれあいも楽しみだと述べた。
はじめに、林加奈子東京フィルメックス・ディレクターが、フィリピン映画でありながらイスラエルを舞台とした題材を選んだきっかけについて訊ねた。これに対しエスピア監督は先ず「以前から居場所のない人々について興味を持っていた」と応えた。そして、テルアビブからマニラ行きの飛行機の中で偶然にもイスラエルで就労するフィリピン人と隣り合わせになったことがあり、イスラエル政府による外国人労働者の強制送還の法律について知ったとか。強制送還は不法就労の成人を対象とするのが一般的で、イスラエル政府が無垢な子どもたちを対象としている事実に興味を抱いたことが作品のきかっけになったそうだ。
次に、観客から「タガログ語とヘブライ語が入り混じる会話をどのように成立させたのか」という質問が寄せられた。エスピア監督は「台詞が役者の口から自然に流れることが重要」と応じ、まず英語で書かれた脚本をヘブライ語に翻訳してもらったこと、役者がヘブライ語とタガログ語を交えて自然に話せるように6週間ヘブライ語のトレーニングを積んだことを明かしてくれた。録音したヘブライ語の台詞を聞きならし、Skypeを通じてヘブライ語スピーカーとレッスンを行って、理解した言葉を台詞として話せるように仕立て上げたという。
ここで林ディレクターが、この作品がアカデミー賞外国語映画賞にフィリピン代表として出品されることに触れ、フィリピンでの公開状況を含めてソリアーノさんに訊いた。「フィリピン映画がアカデミー賞外国語映画賞の最終候補に残ったことはないので、本作がその第一号になればいいなと思っています」と期待を交えて応えたソリアーノさん。本作のフィリピン全土での公開は来年1月で、ワールドセールスの会社も決まっているという。「映画はなるべく多くのお客様に届くことで命を吹き込まれるもの」と述べ、日本での配給にも期待を見せた。
続いて再び会場からの質問に戻り、子役のキャスティングや撮影エピソードについて話が及んだ。エスピア監督によると、少年ジョシュア役を演じたマーク・ジャスティン・アルバレスさんはフィリピンで見つけ、オーディションをした子どもたちの中でも突出した才能を持っていると感じたとか。劇中では4歳という設定だが、実年齢は8歳。撮影が長時間にわたると疲れた様子を見せ、気を紛らわせるために監督が一緒に遊んだこともあったそうだが、元気な場面ばかりでなく深刻な場面もあるため、疲れた様子も上手く撮ることができたという。「いい子役を見つけることができたことはラッキーだった」と振り返る監督。
最後に、それぞれの登場人物の視点に立った章立て方式の構成について質問が投げかけられた。以前は編集者だったというエスピア監督は、常に新しい構成のアイデアを練っているという。脚本の段階では直線的な構成で書き、ポストプロダクションの段階で再構成する手法をとったそうだ。というのも、撮影では常時4~5台のカメラを回しており、それぞれの登場人物の視点を表現するのに十分な映像があったから。「このような構成にしたのは人間的な視点で描きたかったからで、それぞれの登場人物に観客のみなさんが共感してもらえればと思いました」と説明。
フレッシュな視点と珍しい題材で魅了された会場からは質問の挙手が続いたものの、時間切れでQ&Aが終了。エスピア監督の今後のさらなる飛躍に期待したい。
(取材・文:海野由子、撮影:白畑留美)
スクエアイベント Happy Returns
from デイリーニュース2013 2013/11/26
11月26日(火)、有楽町朝日スクエアにて第14回東京フィルメックス関連トークイベント「ハッピー・リターン」が開催された。このイベントは、タレント・キャンパス・トーキョー(以下、TCT)の修了生であり、今年の東京フィルメックスに上映作品を携えて戻ってきたアンソニー・チェン監督とハンナ・エスピア監督を迎え、TCT参加時やその後の映画製作での体験について語ってもらうという趣旨。
はじめに市山尚三東京フィルメックス・プログラムディレクターによるTCTについての簡単な説明。TCTは東京フィルメックスや東京都などが主催する映像人材プロジェクトで、映画作家やプロデューサーを目指すアジアの若者たちを集め、その才能を育成することを目的としており、東京フィルメックス開催期間中にワークショップなど様々なプログラムが実施される。
チェン監督は、2010年のネクスト・マスターズ・トーキョー(TCTの前身)に参加し、その時に最優秀企画賞を受賞した企画が長編デビュー作『ILO ILO(原題)』である。同作品は、カンヌ国際映画祭でのカメラドール受賞をはじめ、最近では台湾金馬奨で四冠達成など世界各地で高い評価を受けている。エスピア監督は、2012年のTCTに参加した後、『トランジット』で長編デビュー。TCT参加から1年弱で作品を完成させての凱旋となった。
まず、TCTの参加経験がその後の映画製作にどのように生かされたかということを2人に語ってもらった。
昨年TCTに参加したエスピア監督は、「TCTは映画作りに対する自信を持たせてくれるところで、若い作り手にとって「君たちには才能がある」という言葉がとても心強かった」と振り返った。そしてTCTでは、名刺の作り方から業界人とのネットワークづくりなど基本的だが重要なことを学んだという。TCTではアジアのフィルムメーカーと出会う機会が提供され、それは参加者にとって、以降の映画製作を支援してくれる可能性を持つネットワークとなる。さらに映画製作のプロが企画内容について具体的に指導してくれる。エスピア監督は、そうしたコネクションの継続性が重要であることを学んだと語った。今回の作品では、TCTで出会った仲間に助けられてバンコクの空港での撮影が実現したそうで、TCTで培ったネットワークが役立ったことを強調した。
第1回ネクスト・マスターズ・トーキョー(TCTの前身)に参加したチェン監督もまた、TCTで培ったコネクションの重要性について触れ、それが作品の完成と成功に直接結びついたと語った。というのも、当時講師兼審査員にはホウ・シャオシェン監督やセールス・エージェントのメメント・フィルムズ代表といった顔ぶれが揃っており、『ILO ILO』の飛躍を決定づけたという。
メメント・フィルムズは当時からチェン監督の企画を気に入り、その後何度も製作の進捗状況を問い合わせてきたという。デリケートな内容の作品をどの段階で見せるか悩み、脚本を見せないまま2年半が過ぎた頃にメメント・フィルムズから問い合わせがあり、撮影は終わったことを伝えると大変ショックを受けていたと振り返るチェン監督。しかし、自信をもって見せられる段階で見せたかったそうで、結局、メメント・フィルムズと契約することに至った。
また、チェン監督は指導を受けたホウ・シャオシェン監督との親交も続けていて、来日の前日にも台北でコーヒーを飲みながら語り合ったという。90年代の舞台設定は内容的にも資金的にも難しいのではないか、と『ILO ILO』の企画に対してホウ監督からアドバイスをもらったことがあったが、自分はできると言い張ったことを思い出して、「実際にやり遂げることができて誇らしげな気持ちになった」と自信をのぞかせたチェン監督。さらに、TCTで出会った仲間からも製作協力を得て、海外キャスティングを手伝ってもらったり助監督を引き受けてもらったそうだ。「こうして不思議な縁が連なり、作品が世界中の映画祭で賞を受賞することになりました。一見、日本とは関係のないように見えますが、やはり東京フィルメックスがなければ作品の完成と成功はありませんでした」とチェン監督。
続いて、映画製作の資金調達はどのようにしたかという具体的な話を伺うことに。
『トランジット』を短期間で完成させたエスピア監督は、TCT参加時に脚本はすでに二稿目に入っていて、その後、投資フォーラムでフィリピンのプロデューサーと出会ったそうだ。また、製作費の制約があることから、なるべく早く急いで映画を製作することはフィリピンでは珍しくないという。製作費を支援してくれるシネマラヤ映画祭に参加することに決め、その他にいくつかのスポンサーを見つけたとか。イスラエルが舞台となっている『トランジット』の海外ロケでは、必要最低限のクルー20名で撮影に臨んだという。親戚が経営する観光関連の会社の伝手やイスラエル大使館の支援を得て、驚くことに、同作品の90%を占めるイスラエルでの撮影を9日間で終えたそうだ。「周囲からは実現不可能だと言われ、私自身も実現できたことに驚いています」と、海外ロケという大きなハードルをデビュー作で乗り越えた充実感を語ったエスピア監督。しかしながら、次回作はもっとじっくり時間をかけて作りたいとも。
一方、チェン監督は製作資金50万USドルをシンガポール内で調達し、その半分をシンガポール・フィルム・コミッションから、残りの大部分を卒業した映画学校から、さらに民間企業4社から小口の出資を受けたそうだ。シンガポールの教育機関が映画製作資金を出すのは初めてのことだったという。チェン監督は、誰に出資してもらうかということに神経を使ったとか。というのも、『ILO ILO』はデビュー作であり個人的な物語であるため、クリエイティブ面でのコントロールを監督に委ねてくれる出資者であってほしいと考えたから。また、カンヌでカメラドール受賞のニュースの後、映画学校の生徒から学校側に製作出資の要請が殺到したという後日談も披露して会場の笑いを誘った。
『ILO ILO』は20か国以上で配給権が決まっており、フランスでは公開からすでに10週目に入り、シンガポールでもアート系作品として最大の興行収入80万USドルを達成し、香港、台湾でも公開が続く。「驚くことに、あと数か月で投資はすべて回収でき、その後は利益が出ると思われます。東南アジアのアート系作品のケーススタディとしてはまれな成功例。アート系作品は批評が良くても儲からないと言われますが、『ILO ILO』は批評でも興行でも成功したシンガポール史上初めての作品だと思います」とチェン監督。
残念ながら、ここで時間切れとなりトークが終了。TCTから羽ばたいた新人監督の情熱が伝わってくるトークに会場も聞き入っていた様子だった。TCTは創設してから早い段階で成果を収め、今後も各方面から注目を集めるプロジェクトとなりそうだ。ハッピー・リターンを果たす人材がさらに増えることを期待したい。
(取材・文:海野由子、撮影:白畑留美)
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