事務局からのお知らせ

第55回ベルリン国際映画祭 レポート


2005/2/10-2/20
http://www.berlinale.de/en/HomePage.html
 ディーター・コスリックがディレクターに就任して、早くも今年で4年目を迎えたベルリン国際映画祭。就任2年目にタレント・キャンパス(*1)、3年目に「ベルリナーレ・スペシャル(*2)」という新セクションを設けるなど新たな試みを続けてきたコスリック体制だったが、本年度はそうした特筆すべき新味はなく、昨年までに整えられた体制を概ね維持していたように見受けられた。「『今年の映画祭では何が新しいの?』と誰もが私に聞くが、私はこう答えることにしている。『映画さ』と」とは、Screen誌のインタビューによる、コスリック本人の弁である(Screen at the Berlinale, Day 1)。
 そんなコスリック体制が今年掲げた主要テーマは“アフリカ”(*3) 。このことは各所で再三強調されていたので、結果的に南アフリカ映画『ウ・カルメン・イ・カエリチャ』が最高賞の金熊賞を受賞したことは、主催者側にとっては悪いことではなかったはずだ。そして、このようにアフリカに関係する映画が公式プログラム(*4)に複数組まれていた以上、そこに社会的・政治的なテーマが多分に含まれていることは、ある種の必然だったといえるだろう。それに加えて、その他の地域の作品(その多くはヨーロッパ)にもシリアスな社会派の映画が顔を揃えていたことは、ここ日本でも複数の新聞・雑誌報道が伝えていた通りである。

 政治や社会の問題の根が深いほど、あるいは社会の構成要素のなかに大きな差異や格差が存在する時ほど、それをうまく作品に落としこめられた時に、より濃密な強度が生まれる。それ故に、その社会が大きな変動期にある時には、力強い作品が生まれやすいのだと思う(50年代末の激動の時代にフランスでヌーヴェルヴァーグが勃興したことや、高度成長期の始まりの時期が日本映画の黄金期とちょうど重なっているのは偶然ではない)。
 現在もなお危機的状況から脱することのできない中近東地域や、いわゆる南北問題が依然として強固に存在し、地域紛争や内紛も絶えないアフリカ諸国。そういった地域から生まれた映画はまずそれ自体が重要であるし(映画製作にはお金が必要なので、そうそう何本も作れるわけではない)、それらの地域の厳しい社会的現実を、優れた映画的作品に転化することに成功している場合には、とりわけ人の心を打つ作品が生まれる。今回のベルリン映画祭でも上映されたバフマン・ゴバディ監督の『亀も空を飛ぶ(*5)』はまさにそういった作品だし、コンペ部門で上映されたパレスティナ映画『Paradise Now(*6)』もまた、その一つの例と言えるだろう。
 ならば、比較的政治的に安定した地域の映画はどうなのか。例えば、既に近代化を終え、成熟社会を迎えている欧米諸国やここ日本で、何が幸せなのかが個人によって異なり一概に言えなくなっているフラットなこの社会で、映画作品に濃密さや強度を生むにはどうすればいいのだろうか。
 一つには、今年のベルリン映画祭でも多く見られたように、それでも残る社会問題や、現代社会の(成熟社会特有の)病理を扱うという道筋がある(社会的問題に触れた作品はドキュメンタリーを含めて国籍を問わず多かったし、コンペ部門の『Ghosts(*7)』、あるいはフォーラム部門のフランス映画の2本『Barrage(*8)』『Pale Eyes(*9)』などは個人の病理的な問題を扱っていた)。あるいはまた、過去の出来事や未来に題材を採ってドラマを生み出すことも、時には有効な手段となるかもしれない(今年のベルリンから例をとれば、銀熊賞の監督賞と女優賞を同時に受賞したドイツ映画『Sophie Scholl _ The Final Days』は、第2次大戦のさなかにナチスへの抵抗運動に殉じた実在の女子学生をモデルにして作られた作品だった)。もちろんホラーやアクションやファンタジーやSFなど、いわゆるジャンル映画の衣を纏うある意味手堅い方法もある。
 しかし、差別や病理にも無縁で物質的にも何不自由なく生きている現代の人々や、あるいはそうであってもなお生きにくさを抱えている人々の日常を描こうとすれば、どうすればいいのだろうか。そしてそこに、作品としての濃密さや強度を生むことは可能なのだろうか。
 結論から言うと、それは可能であり、その成否はより一層作家の力量に大きくかかわる事柄なのだと思う。今回のベルリン映画祭で披露された幾つかの作品(『The Wayward Cloud(*10)』『Krisana(*11)』等々)はそれに成功している作品であると、個人的に考えている。
 確かに、歴史や政治や社会問題について知り、現在世界で何が起こっているのかを理解することは大切だ。それに、そうした問題や危機について、映画でしか表現できない側面も間違いなくあるはずである。しかしながら、成熟社会で都市生活を送り、物質的にもこれといって特に不自由なく生活している一個人として、本当に心から観たいと思えるのは、<成熟社会=自由な社会>での、ある種の「不自由さ」にきちんと正面から向き合った作品なのだと改めて思った。
(文=神谷直希)
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註:
*1 正式名称Berlinale Talent Campus。監督、プロデューサー、脚本家、美術や音響スタッフなど映画製作のプロフェッショナルを目指す若者たちが集い、経験を積んだプロと共にワークショップやレクチャーなどに参加する。今年は90カ国から約500人のプロ予備軍が招待された。日本からは衣装デザイナーのワダエミや俳優の浅野忠信が講師として招かれ話題になった。
*2 昨年新たに設けられた新セクション。映画祭の公式サイトによれば、“一般的に”公式の部門として認知されているのは「コンペティション」部門(コンペ外上映を含む)と「パノラマ」部門であり、「ベルリナーレ・スペシャル」はそれらを補完する部門であるとのこと。今年はイム・グォンテク『春香伝』、木下恵介『二十四の瞳』(松竹受賞記念)やローランド・エメリッヒ『デイ・アフター・トゥモロー』(審査委員長記念)などの作品がこの枠で上映された。
*3 金熊賞を受賞した『ウ・カルメン・イ・カエリチャ』の他にも、オープニング上映されたレジス・ヴァルニエ監督『Man To Man』、ラウル・ペック監督『Sometimes In April』がコンペ部門で、テリー・ジョージ監督『ホテル・ルワンダ』がコンペ外作品として上映された。いずれもアフリカを舞台にした作品。しかしながら、独立した運営主体を持つフォーラム部門ではずっと以前からアフリカ映画の紹介にも力が注がれていたことは指摘されるべきだろう。
*4 現在正式に公式部門とされているのは、「コンペティション」と「パノラマ」の2部門に、「フォーラム」部門(International Forum of New Cinema)、青少年映画部門(Kinderfilmfest)、レトロスペクティブ部門、ドイツ映画部門の4部門を加えた6部門とされており、それぞれの部門にそれぞれを統括するディレクターが存在する(公式サイトによる)。また、映画産業にとっての重要なイベントとして、Europian Film MarketとBerlinale Co-Production Marketがある。Europian Film Marketは文字通り映画の権利が売買される場所で、コンペやパノラマやフォーラムでの作品の評判がその売買に大きく影響するなど、公式上映と大きな相関関係にある(もちろん映画祭上映作品以外の作品も多数取引される)。また、Berlinale Co-Production Marketは今年で2年目を迎えた共同製作のためのミーティング場所。今年は約230の応募の中から24の企画が協議の対象として選出された。
*5 ベルリン映画祭では青少年映画部門(Kinderfilmfest)で上映された。イラン、イラク合作作品。
*6 パレスティナ出身のHany Abu-Assad監督作品。オランダ、ドイツ、フランス合作。自爆テロの実行を命じられたパレスティナの幼馴染の若者二人の「決行」までの一日を描く。
*7 Christian Petzold監督作品。ドイツ、フランス合作。社会に適応できない少女と社会から外れて生きる少女の出会い、そして小さな娘を失い心を病んでしまった女性との不毛な巡り合いを描く。
*8 Raphael Jacoulot監督作品。15歳の息子と2人で暮らす30歳の若い母親が、自分から自立し離れていく息子を受け入れることが出来ずに、精神に失調をきたしてゆく姿を描く。
*9 Jerome Bonnell監督作品。神経症を患った女性が、兄夫婦と同居する家を飛び出し、国境を越えたドイツで出会った言葉の通じない男性と心を通わす様を描く。
*10 ツァイ・ミンリャン監督作品。フランス、台湾、中国合作。極度の水不足に見舞われている台北を舞台にした、孤独な男女の再会と激しい恋愛の物語。『ふたつの時、ふたりの時間』の後日談でもあるらしい。コンペティション部門で上映された。
*11 フレッド・ケレメン監督作品。ドイツ、リトアニア合作。女性が橋から飛び降りる現場にたまたま遭遇した男が、強迫観念に駆られて彼女の身辺を探っていく様を描く。フォーラム部門で上映。
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◇主な受賞結果は以下の通り
○金熊賞
『ウ・カルメン・イ・カエリチャ』(監督:マーク・ドーンフォード=メイ)
○銀熊賞
・審査員大賞
『孔雀』(監督:クー・チャンウェイ)
・最優秀監督賞
マルク・ロートムント(『Sophie Scholl _ The Final Days』)
・最優秀女優賞
ジュリア・ジェンチ(『Sophie Scholl _ The Final Days』)
・最優秀男優賞
ルー・テイラー・プッチ(『Thumbsucker』)
・芸術貢献賞
ツァイ・ミンリャン(『The Wayward Cloud』の脚本に対して)
・最優秀映画音楽賞
アレクサンドル・デスプラット(『The Beat That My Heart Skipped』の音楽に対して)
※コンペティション部門(長編作品)審査員団:
ローランド・エメリッヒ(審査委員長/ドイツ)、インゲボルガ・ダプクナイテ(リトアニア)、バイ・リン(中国)、フランカ・ポテンテ(ドイツ)、ヴァウター・バレンドレヒト(オランダ)、ニコ・セルッティ(イタリア)、アンドレイ・クルコフ(ウクライナ)
○短編映画・金熊賞
『Milk』(監督:Peter Mackie Burns)
○短編映画・銀熊賞(審査員賞)
『The Intervention』(監督:Jay Duplass)
『Jam Session』(監督:Izabela Plucinska)
○スペシャル・メンション
『Don Quixote in Jerusalem』(監督:Dani Rosenberg)
○パノラマ部門(短編)
・短編映画賞
『Green Bush』(監督:Warwick Thornton)
・特別審査員賞
『Tama Tu』(監督:Taika Waititi)
・スペシャル・メンション
リー・ヤンラン(『Sara Jeanne』での演技に対して)
『Bikini』(監督:Lasse Persson)
※短編映画審査員団:
ガブリエラ・タグリアヴィーニ(アルゼンチン)、マーティン・ラバーツ(ニュー・ジーランド)、スーザン・コーダ(アメリカ)
○国際批評家連盟賞(FIPRESCI PRIZES)
・コンペティション部門
『The Wayward Cloud』(監督:ツァイ・ミンリャン)
・パノラマ部門
『Massaker』(監督:Monika Borgmann, Lokman Slim, Hermann Thei_en)
・フォーラム部門
『Oxhide』(監督:Liu Jiayin)
○嘆きの天使賞(最優秀ヨーロッパ映画賞)
『Paradise Now』(監督:Hany Abu-Assad)
○アルフレッド・バウアー賞
『The Wayward Cloud』(監督:ツァイ・ミンリャン)
○パノラマ部門・観客賞
・長編
『Live and Become』(監督:Radu Mihaieanu)
・短編
『Hoi Maya』(監督:Claudia Lorenz)
○ヴォルフガング・シュタウテ賞
『Before the Flood』(監督:Yan Yu, Li Yifan)
○NETPAC賞
『This Charming Girl』(監督:Lee Yoon-ki)
全ての受賞結果については、映画祭公式サイト(http://www.berlinale.de/)で参照できます。
◇開催結果(映画祭プレス・リリースより)
のべ来場者数:400,000人
作品数:343作品
上映回数:1100回
プレス・業界関係者来場者数:17,000人(120カ国より)
以上

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