11月29日、有楽町朝日ホールにて「特集上映:ホウ・シャオシェン」の一本として『戯夢人生』(93)が上映された。日本占領下にあった台湾を舞台に、伝統芸能の人形芝居、布袋戯の名手であるリー・ティエンルーさんの半生を彼の回想を元に詩情豊かに描いた作品。リーさん自身も語り手として登場している。第46回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞している。
上映後、市山尚三東京フィルメックスプログラム・ディレクターの紹介で観客の拍手の中、ホウ・シャオシェン監督が登壇した。市山Pディレクターより「途中から上映を観てらっしゃいましたが」と問われると「後半の疎開(の場面)から観ていました」とホウ監督。前に観たのはいつか覚えていない、という監督は「久々にご覧になった感想は」と訊かれ、「前は前で、すごかったなあ、と思いました」と答え、観客を沸かせた。
最初の質問は、最新作『黒衣の刺客』(15)に関するもの。スタンダードサイズを採用し、時折ビスタサイズを混在させている理由を訊かれ、「ビスタサイズにしたのは長い琴を映すため」と答えた。この作品ではフィルムで撮影したものをデジタル化している。「デジタルは自由なものであり、漫画のコマを見るように、必ずしも同じサイズである必要ないのです」
続いてリー・ティエンルーさんとの思い出を訊かれると、監督は「当時、自分の映像にふさわしい出演者を探すのに苦労していたのですが、助監督の紹介で日本語が上手で布袋戯の名手であるリーさんと出会いました。彼には『恋恋風塵』(87)、『悲情城市』(89)に出てもらっています」と語った。説明に合わせた演技ができる人で、「彼は漢文に長けており、古い詩を学んでいらっしゃる素晴らしい方」と讃え、布袋戯の名手だけあって、話が面白い人でもあった、とも。
また監督とって『戯夢人生』の位置づけを問われ、ホウ監督は「日本統治時代を過ごしたリーさんがいたからこそ、当時の台湾の表現ができました」と答えた。また『悲情城市』では自分の創作が大半を占めており、誰かをモデルにしようと思わなかったが、『恋恋風塵』を作った後「リーさんの人生をベースにしたものを作りたい、彼を通して植民地時代を撮ってみたい」と思った、と語った。
黒澤明監督作品のスクリプターを長く務めた野上照代さんが「本当に感激しました。日本による台湾統治時代をスクリーンに再現した感覚に脱帽です」と感想を述べると、日本語で「どうも、ありがとうございます」とホウ監督。野上さんは、この作品が封切られた年の1月、黒澤監督が、「『戯夢人生』観たか、すごい作品だから観ないとだめだよ」と正月の挨拶に来たスタッフに話していた、というエピソードを披露した。それに対し、笑顔で「はい、はい」と答えるホウ監督。
また、ホウ監督は黒澤監督に、「自分の作品ではヒロインや主人公を遮って人が歩くシーンをほとんど撮らないけれど、ホウ監督の作品は画面にいつも子どもがうろうろしている。なぜあんな風に撮れるのか」と訊かれたというエピソードを披露。ホウ監督は「私は演技は人に任せたいと思っていますが、黒澤監督はスターを中心にした撮影所制度の中で撮っていたので、そのような違いが生じたのではないか」と分析した。
ウー・ニエンジェンさんが脚本を担当していることで作品に影響していることはありますか、という質問には「(台湾で生まれた)ウーさんは、私よりも台湾が占領されていた時代について知っている人です。私は日本占領が終わった1947年に中国本土からやってきた世代の子ども。そういう意味で、ウーさんと私は違う背景を持っています。『童年往事』(85)は私の歴史を元にし、その次の『恋恋風塵』は彼の歴史を振り返るように撮りました」と語った。
観客から、先日発表された原節子さんご逝去の報に関するコメントを求められたところ、ホウ監督はしばし考え込んで「小津安二郎監督と原節子さんは長く多くの仕事をされていますが、これこそ監督にとって、出演者が非常に大事だということを示しているのだと思います。良い出演者は得がたいもの。そういう人と出会ったら、その人を絞りつくしてしまうのではなくて、常にその人と仕事していきたいと思うものだと思います」と、監督と名優の関係を語った。「私自身もそういうところがあり、リーさんとも何作か一緒しましたし、リン・チャンさんとも仕事をしました。最近では『ミレニアム・マンボ』(01)から『黒衣の刺客』までスー・チーさんと何回か仕事しています」と語った。
また、キャスティングについて台湾とアメリカの状況を比較し、台湾はアメリカのように選択肢がたくさんあるわけではない。アメリカにはたくさん役者がいて、いかに自分の作品に合う人をチョイスするかが大事だが、「台湾は映画産業の発展が遅かったので、出演者自体も少なく、キャスティングの制度もそれほど整っていない中で、自分にとって得がたい出演者と出会うことが大事だと思う」と語った。
また成瀬巳喜男監督と高峰秀子さんの例も挙げ、高峰さんという女優、そして林芙美子の小説があるからこそ、監督は自分が撮りたいものを見つけることができたのでは、と得がたい人物との出会いの大切さを改めて語った。
特集上映で上映された3作品すべてで、Q&Aに登場したホウ監督。どの回も映画ファンの熱気が溢れ、終了後も大きな拍手が止まなかった。
(取材・文:谷口秀平、撮影:明田川志保、穴田香織、白畑留美)