11月23日(木・祝)、有楽町朝日ホール11階スクエアBにて、「世界の映画祭を活用する広報戦略」と題したレクチャーが開催された。映画人材育成プロジェクト「タレンツ・トーキョー2017」の一環で、オープン・キャンパスとして一般公開されたもの。講師は、国際映画祭で活躍するコミュニケーション・ストラテジスト、フィルム・プレス・プラス代表のリチャード・ローマンドさんが務めた。
コミュニケーション戦略とは、「映画の魅力を適切に伝えるための手段」だとローマンドさんは話す。「良い映画を作り、ポスターを制作するだけでは十分ではありません。分かりやすく、一貫性のある文章資料、映像資料が必要です。時には音声資料や口頭での説明を駆使することもあります」。
資料を作成する目的は大きく分けて2つ。まずは配給会社に選ばれるためのもの。そして、その後は広報に活用する。配給会社は、広報担当者や製作会社と連携して一貫性のあるPR資料を作成することができる。そのためには、作品を一番よく知る監督自身が、基本情報をまとめる必要があると語った。
コミュニケーション戦略の基盤となるのは、「国際市場で通じるスタンダードな英語」だとローマンドさんは言う。映画祭への来場者の9割は、母国語が英語ではない人々だ。ネイティブだけが理解できる英語では通じないこともある。そのため、「字幕は専門家が翻訳するべきだ」と主張した。実際に過去の映画祭でも、あるスコットランドの映画の字幕はネイティブ以外の人には分かりづらく、一方のフランス映画にはプロが翻訳した英語字幕がついていたため、分かりやすいということもあったそうだ。
さらに、「翻訳は最初から専門家がやるべきです。専門家が訳した脚本でなければ、3ページも読めば読み手は関心をなくすでしょう。字幕がひどくて5分経っても内容が分からないこともあります」と警告する。良くない例として、脚本の翻訳をそのまま字幕に使っているケースや、暫定的な字幕で映画祭に出しているケースを挙げ、「脚本の翻訳と字幕の翻訳は全く違うもの。それぞれの翻訳家に依頼する必要がある。また、字幕の完成が間に合わず、仮の字幕で映画祭に出すのも7割は誤りだと思います。相当に力のある作品でなければ、受け入れられるのは難しい」と話した。字幕さえ良ければ映画祭で通用する作品だったのに、と思う映画もあるのだという。
文章資料も同様に、国際的に通じる英語で作成すること。そして、3種類のシノプシスを書くことを推奨した。一つは2~3ページ程度に全てのストーリーをまとめたもの。もう一つは、1ページ以下で2段落以内のもの。これは、映画祭に提出する資料や、カタログ、WEBサイトへの記載にも使える長さだ。そして、2行程度の短いバージョンも用意するとよい、と話す。
作品の基本情報を記載した資料も重要だ。主役、作品のテーマ、監督の経歴等を短く記載する。特に、「監督の経歴や受賞歴を何ページにもわたって列挙するのは良くない」とし、主要な情報だけに絞り込むべきだとアドバイスをした。そして、なぜこの作品を作りたかったのかを、2段落程度で説明する。
ヴィジュアル資料については、「多くの人がポスターやトレイラーに時間をかけている。悪くはないが、やはり作品の基本的な情報を整理し、テーマを絞った資料を作成することから始めた方が良い。映画の基本的な情報を適切に提供し、強くPRできる情報が入っていなければ意味がない」とローマンドさん。
ポスターの場合、スチルの撮影は専門家に任せるべきだが、写真の選択はコミュニケーション戦略に責任のある人がすべきだと主張する。「カメラマンが撮影した写真が、映画のイメージと一致しない場合もあります。たとえば、映画自体がモノクロだった場合、写真がカラーでは、映画のイメージが伝わりません」と説明した。
トレイラーは映画完成後に作る予告編で、配給のために使う。もし、第1作を映画祭に出す段階で、配給が決まっていない場合、ローマンドさんならトレイラーに時間やお金を使うことはしないという。ときには300万円以上の費用がかかるからだ。その場合は、映画の一部を取り出したティーザー等を制作することもできる。たとえば、『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)』(2014)では、トレイラーを制作する時間がなく、犬のシーンだけで1分のティーザーを作り、映画祭でのPRはこのティーザーを活用して乗り切った。配給の段階では別の場面も選び、再構成したという。
「効果的な戦略は、テーマを絞り込むことです。映像にも写真にも言えることですが、多くを伝えようとするのは良くありません。長すぎたり、会話が多すぎたりすると、人々の関心を失います。長編であれば、多くても伝える要素は3つに絞る。短編であれば1つの要素を、1分以下にまとめる。その方がかえってメッセージが強力になる」と、伝えたいことを絞ることの重要性を説いた。
会場との質疑応答では、参加者から積極的に質問の手が挙がった。
「ティーザーはどれ位の長さが適切だと思うか」という質問には、「2分以内が良いと思います」。ショーリールの定義は、「映画が完成していない段階で、配給会社にPRしたい場合に制作するもの。一般に公開されるとは限りません。編集の過程や、良いと思うカットを入れます」。トレイラーとティーザーの違いは、「トレイラーはミステリアスな内容にしますが、プレス向けのティーザーの場合は、できる限り分かりやすい内容にした方が良いと思います」と語った。
また、「ベテラン監督と新人監督では、戦略を変えていますか」という質問には、「変えていません」と答えた。映画を見るときは、3つの視点で見ているという。1回目は映画愛好家として、2回目は専門家の視点で映画の良いところをメモする。そして、3回目は「不機嫌な批評家」になりきり、悪いところをリストアップするのだ。しかし、結局は「映画愛好家の目で見て、感動した点が一番重要」だと強調した。その後は、監督を出発点にして考える。プレス資料やインタビュー記事を読み込み、書かれていないことを監督に質問する。監督が望んでいること、自分の作品のどこを気に入っているか等を把握し、戦略を立てるのだ。
「みんなコンペに出したい、と言います。ただ、コンペでは厳しい評価にさらされ、悪い意味で注目されるリスクもある」とローマンドさん。『ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン』(2007)に第60回カンヌ映画祭「ある視点」部門から招待が来た時も、関係者と何度も議論を交わしたという。最終的に、ローマンドさんが監督のこれまでの作品を熟知していたこと。そして、この作品を適切に評価してくれるだろうという映画祭への信頼があったことから、参加を決めた。「どの映画祭の、どの部門に出すのが良いか、助言する人が必要です」とコミュニケーション・ストラテジストの必要性を語った。
ローマンドさんは、タレンツ・トーキョーの受講生について、「ぜひ彼らの夢を助けてあげてほしいです。作品について質問することもその一つ。他の人をサポートすることは、自分自身の仕事にもきっと良い影響があると思います」と呼びかけた。第18回東京フィルメックスでも、コンペティション部門で2010年の参加者モーリー・スリヤ監督の『殺人者マルリナ』と2016年の参加者ギタ・ファラプロデューサーの『見えるもの、見えざるもの』が最優秀作品賞を同時受賞する等、受講生の活躍が目覚しいタレンツ・トーキョー。今後の活躍にも期待したい。
(取材・文:宇野由希子、撮影:明田川志保)