11月24日(木)、有楽町朝日ホールにてコンペティション部門『普通の家族』が上映された。マニラのストリートで暮らす、未成年の夫婦を描いたエドゥアルド・ロイ・Jr監督の長編第3作。上映後のQ&Aにはロイ監督が登壇した。
最初に林 加奈子東京フィルメックスディレクターが制作の経緯を尋ねると、ロイ監督は、「私はロケ地に近い、マニラの地区で育ちました。ストリートチルドレンの姿は日常的に目にしていましたし、友人の中にもいました。この映画では、彼らがいかに“普通”であるかをストレートに描きたかった」と応じた。
「ドキュメンタリーとスリラーの要素を融合させ、境界を超えるような映画を作りたかった」というロイ監督は「マニラの街頭での生活は厳しく、挑戦的で、同時に興味深く、驚きにあふれたものでもあります。観客が主人公2人を通して、まるで催眠がかかったように、彼らの感情や決意を追体験できるような映画にしたいと思いました。もちろん、主人公2人の行動や選択に、眉をひそめる方もいるとは思います」と語った。
「防犯カメラの映像が効果的に使われていましたね」と林ディレクターから撮影方法について尋ねられると、「Facebookを見ていた時、監視カメラの映像が拡散していることに気付きました。その多くは犯罪の映像です。今回はその手法を映画にも取り入れようと思いました」と説明した。撮影はわずか8日間で行われたという。
次に、「インディペンデント映画は予算が限られていると思うが、俳優やスタッフが豪華で驚いた」という観客から制作の背景を質問されると、監督は「予算は100万ペソ(約300万円)くらいで制作しました」と明かした。フィリピンのベテラン女優であるマリア・イザベル・ロペスさんや、スー・プラドさんは友人だったため、格安のギャラで出演してもらうことができたのだという。
また、『クロコダイル』(14)で第15回東京フィルメックスの最優秀作品賞を受賞し、先日38歳の若さで亡くなったフランシス・セイビヤー・パション監督の名がエンドロールにあったことについては、「パション監督とは非常に仲が良く、いつも最初に映画を見てもらう友人でした」と明かした。「この作品も、彼から見たいと言われていたのですが、その時点ではラフカットだったので、『もう少し待ってほしい』と言ってしまい、完成した映画を見せることができませんでした。非常に後悔しています。それで、『パション監督にこの映画を捧げる』とエンドロールに入れました」と説明した。
続いて、主演2人のキャスティングについて尋ねる質問も挙がった。
ジェーンを演じたハスミンさんは、長編に出演するのは初めて。本作の編集を担当したカルロ・フランシスコ・マタナドさんが監督した短編に出演しており、ぜひオーディションに来てほしいとロイ監督が連絡したことがきっかけだったという。「会った瞬間、彼女だと思いました」とロイ監督。外見だけでなく、物腰も含め、全てがジェーンそのものだと感じたからだ。アリエスを演じたロンワルドさんは、フィリピンの人気俳優ココ・マルティンさんの弟で、長編への出演は3作目となる。ロイ監督は「2人を役者としてキャスティングできたことは、大変幸運だと思っています」と讃えた。
撮影の前には、主演2人に2日間のワークショップを実施した。1日目は、夫婦を演じる上で親密な関係を築くためのもの。2日目は現地の雰囲気に慣れるため、マニラのロケ地に行き、実際のストリートチルドレンを観察するなどしたという。
フィリピンでは、劇場公開の初日が最終日ということも珍しくないが、本作は3週間にわたって上映されたという。今も大学などで上映が続く。ロイ監督は「若い人に支持されているようです。もしかしたら、ラブストーリーと受け止められたのかもしれません」と予想外の反響に驚きつつも、「若い観客に見てもらえるのはとても嬉しい」と喜びを語った。シネマラヤ映画祭で最優秀作品賞など5つの賞を受賞し、ヴェネチア映画祭「ヴェニス・デイズ」部門で観客賞を受賞した本作。ロイ監督の今後の活躍にも期待したい。
(取材・文:宇野由紀子、撮影:明田川志保、吉田留美)