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【レポート】『幻土(げんど)』

11月19日(月)、有楽町朝日ホールにてコンペティション作品『幻土』が上映された。シンガポールの刑事ロクは、埋立地の建設現場で働く中国人移民労働者ワンの失踪事件を担当する。次第に明らかになっていく男の過去。上映後のQ&Aにはヨー・シュウホァ監督と、撮影監督の浦田秀穂さんが登壇した。

ヨー監督は、東京フィルメックスの映画人材育成プログラム「タレンツ・トーキョー2015」の修了生でもある。「この映画の企画は、タレンツ・トーキョーから始まりました。完成した作品をフィルメックスのお客様に観ていただけて嬉しいです」と挨拶し、企画の着想を語った。
「原題『A Land Imagined』は、私が魅了されている母国シンガポールを表しています。シンガポールは50年以上前の植民地時代より、他国から輸入した砂で土地を埋め立て、今では国土を25%拡大しています。人口の1/4が移民であり、重労働者の99.9%が移民です。シンガポールを描くには、彼らの物語が欠かせないと思いました」

浦田さんは、2011年からシンガポールのラサール芸術大学で教授を務めている。脚本の草稿は3年前に受け取り、クランクイン前に6~8ヵ月かけて監督と撮影場所を探した。監督からの唯一のリクエストは、「今まで見たことのないシンガポールの夜を撮ること」。美術監督はイギリス人、プロデューサーはスペイン人であり、浦田さんは「僕も含めてアウトサイダー的なスタッフを集めたのではないか」と指摘する。撮影では事前にカット割りはせず、現場で決めたという。

劇中では様々な音楽が使われている。観客から「途中で懐かしい感じのする曲が流れましたが、選曲の理由を教えてください」と尋ねられると、ヨー監督は「夢の世界を作り上げるため、記憶の引き金となるような音楽を選びました」と明かした。「ご質問いただいた曲は、80年代の日本の曲をマレーシア人の歌手がカバーし、台湾で人気を博したバラードです。そういうミックスされた要素も、この作品にぴったりだと思いました」

現実的な労働問題に、幻想的な夢の要素を取り入れた理由について、「敢えて違う手法で撮りたかった」とヨー監督。「シンガポールは、繁栄しているという意味で夢の都市といわれますが、埋め立てによって自らをつくり直し続け、変容する国でもあります。たった数年で国の形が変わります。そこで生きる私自身が、いつも夢の場所にいるかのようなふわふわした感覚を味わっています。足元にあるのは堅固な土ではなく、砂です。映画をつくる過程で様々な移民労働者に会いましたが、面白いことに彼らもシンガポールでの生活は夢の中にいるようだと言っていました。私自身の立場は映画の刑事ロクと同じ。移民労働者と背景は違いますが、映画では夢で皆の意識を繋げました。厳しい労働環境だけでなく、シンガポールで生きるという経験を表したかったのです」

ヨー監督の発言を受けて、浦田さんは「中国語のタイトル『幻土』の『土』には、マイノリティーという意味もあります。刑事ロクは、シンガポールのメタファーと捉えて撮影しました」と解説。「実は許可が下りず、きれいな景色はほとんどマレーシアで撮っています。そういった意味で、現実的な描写とコントラストが生まれたと思います。シンガポールに山はありません。そういったことも含めて、この映画は監督が夢見たシンガポールだったんでしょうか?そうですよね?」と浦田さんが念押しすると、会場から笑いが起きた。

ヨー監督は「そうです。かつてはシンガポールにも山があったのですが、埋め立てで平地になりました」と同意。「私は前作でドキュメンタリーを撮り、半分はドキュメンタリー作家という意識があります。撮影の制約はありましたが、できるだけリアルなシンガポールを捉えたいと思い、様々な手法を使いました。主役以外は本物の移民労働者です。それは作り物ではいけないと思ったからです」

本作は第71回ロカルノ国際映画祭で金豹賞、第63回バリャドリッド国際映画祭で撮影監督賞を受賞。『幻土』は11月22日(木)、有楽町朝日ホールでも上映される。

文責:宇野由希子、撮影:村田麻由美、明田川志保


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