11月26日(日)、有楽町朝日ホールにてコンペティション作品『暗きは夜』が上映された。Q&Aに登壇したアドルフォ・アリックスJr.監督は、「今、フィリピンで起こっている麻薬撲滅戦争を扱った数少ない作品の一つだと思います」と本作を紹介。麻薬取引に関わっていた家族の視点で描いた、社会派の映画だ。
本作はアリックスJr.監督の30本目の作品にあたる。毎日のように麻薬撲滅戦争で殺された人たちの写真を新聞で目にしていたことが、制作のきっかけとなった。「遺体の側には『私は麻薬中毒者です』『私は麻薬密売人です。私のようになってはいけません』と書かれた段ボール等が置かれていることもありました。私は本当に全員が麻薬に関わった人ばかりなのか、罪のない人もいるのではないかと疑問に思いました」とアリックスJr.監督。麻薬に関わった家族にインタビュー調査をしたところ、次第に明らかになったことがあるという。殺された人の中には確かに麻薬取引に関わっていた人もいるが、現状を変えたいと考えていた人たちであること。犠牲になったのは、麻薬取引の黒幕ではなく、末端の人々だということだ。
映画に登場する夫妻は、大統領の支持者であったにも関わらず、事態に巻き込まれた。名指しで告発されることを恐れた人物がいたからだ。
アリックスJr.監督が思い描いた主人公は、白黒はっきりした人物ではなく、グレーな人物。麻薬取引には関わっていたけれど、足を洗おうとしていたという設定にした。
本作では、脚本がない状態で撮影に挑んでいる。「ここ2年は、TVの仕事をしており、事前に構成が決まっているものがほとんどでした。今回は、実験的な映画を作りたかったのです」と監督は語る。最初にあらすじだけを作り、毎日、撮影前に夫役のフィリップ・サルバドールさんや妻役のジーナ・アラジャさんと相談してセリフを決めた。撮影が進むにしたがい、役者がそのシーンに反応するような映画を作りたかったからだという。
観客からは、「キャリアのある監督が、ストレートに現政権や警察の腐敗を批判する映画を作るのには勇気が必要だったのでは」という質問が挙がった。アリックスJr.監督は「撮影に関しては皮肉な状況がありました」と語り、「映画の制作には現政権の許可が必要でした。しかも、サルバドールさんは麻薬撲滅戦争を主導するドゥテルテ大統領に非常に近しい人物です」と明かした。しかし、サルバドールさんは「役者として、この映画は撮らなくてはいけないと思う。フィリピンで今、何が起きているか、明らかにしたい」と、映画への出演を決意したという。撮影中に圧力はなかったが、他の麻薬撲滅戦争を扱った映画では、完成後に徐々に圧力がかかる傾向があるそうだ。本作は、来年初めにフィリピンでの劇場公開を予定しており、「一歩ずつ前進させていきたい」と監督は力を込めた。
また、4:3の画角で撮影した理由について、アリックスJr.監督は「『正方形』をイメージしてこの画角を選びました。この夫婦は罠にはまり、助けを求めても逃げ出せない。どこに行っても『正方形』に閉じ込められている。そのイメージをこの画角に託したのです」と説明した。
精力的に映画を制作しているアリックスJr.監督。来年公開予定の次回作は、フィリピンのヴァンパイア「アスワン」をテーマにしたもので、フィリピンの国民的女優ノラ・オノールが出演する。現在、ポスプロが進行中だという。もう1作、準備中の企画には、ブリランテ・メンドーサ監督の『ローサは密告された』(2016)に主演したジャクリンヌ・ホセさんと、本作主演のジーナ・アラジャさんが出演する。北海道でロケを行い、日本の家庭内で起きた、ある人物の死をテーマにした映画になる予定だという。アリックスJr.監督のフィルメックス再訪を期待したい。
(取材・文:宇野由希子、撮影:明田川志保)