11月26日(日)、東京国立近代美術館フィルムセンター小ホールにて,「映画の時間プラス 親子で映画&聴覚障がい者向け日本語字幕つき鑑賞会」と題して、『天然コケッコー』(’07)が日本語字幕付きで上映された。本作は,くらもちふさこさんの人気漫画を原作とした青春ドラマ。上映後には山下敦弘監督が登壇し,手話通訳付きのトークイベントが行われた。
ちょうど10年前に公開された本作。司会の林加奈子東京フィルメックス・ディレクターから,あらためて日本語字幕付きで観た感想を訊かれた山下監督は,「方言も字幕になっていたので,雰囲気が出ていたのではないでしょうか」と語った。林ディレクターも,「方言に魅力がある作品なので,日本語字幕が付くと一層お楽しみいただけたのではないでしょうか」と応じた。
劇中の町は架空の町という設定だが,ロケ地は島根県浜田市近辺。主演の夏帆さんと岡田将生さんは,今や映画やテレビにひっぱりだこの人気俳優に成長したが,当時のキャスティングについて話が及んだ。山下監督によると,主役を含めて子どもは全員オーディションで選ばれたそうだ。地元で子どもたちを探すという選択肢もあったが,撮影まで時間があったため,東京でオーディションを行い、撮影までにレッスンやリハーサルを重ねて,関係性を作りこむプロセスを踏んだという。
続いて,林ディレクターが,「感想でも質問でも,監督に聞きたいことがありましたら,どんどん手を挙げてみてください」と会場を促すと,さっそく手が挙がった。
手話で「懐かしい感じがしました」と感想を伝えた観客は,劇中,主人公そよが修学旅行で東京へ出てきたときに,ビルの前で耳に手を当てるシーンや空にいろいろなものが飛び交うシーンで,どのような効果を狙ったものなのかと尋ねた。それに対して山下監督は,「修学旅行で東京に疲れたそよが,ビルの隙間から吹いてくる風は地元の山の風と似ていることに気づき,東京にも地元と同じ時間があるんだと感じる場面であり,また,空中に東京にまつわるものが飛んでいるのは,東京を風のように感じられるようにと狙ったものです」と説明。
さらに,夏帆さんが主演を務めている『東京ヴァンパイアホテル 映画版』を東京フィルメックスで観たという観客は,現在と初期の頃の夏帆さんを続けて見比べることができたと述べ,『天然コケッコー』のオーディションでは夏帆さんのどのようなところを評価したのかと尋ねた。山下監督は,多くの候補者の中から夏帆さんを選んだ意外な理由を明かした。というのも,当時,夏帆さんは他の候補者と比べて芝居が上手かった訳ではなく,先に決まっていた5歳のさっちゃん役の子どもを呼んでエチュード(即興劇)をやらせてみると,子どもをなだめすかすこともできずに,どうしようと対応に苦慮して困った顔を見せていたとか。その姿を見た山下監督は,主人公そよの天然なキャラクターには,芝居がしっかりしているリーダー的なものを持っているよりも,何か足りないぐらいの方がいいと思ったという。最終的には,脚本の渡辺あやさんと相談して夏帆さんに決定したとのこと。また,オーディションは1年ぐらいの時間をかけたそうだが,子どもたち全員が並んだときの空気感,バランス感に加え、原作に似ているかどうかという点も考え,オーディションがリハーサルのような感じで進み,撮影までに彼らの関係性が出来上がったのだという。
「同じ中学生なので,共感できるところがあって羨ましく思った」という観客からは,撮影地になぜ島根県浜田市を選んだのかという質問が寄せられた。これに対して山下監督は,原作者のくらもちふさこさんと所縁のある場所であること,そして奇跡的に脚本家の渡辺あやさんがそこに住んでいたことを理由として挙げた。また,原作ファンの間ではすでに知られた話だそうだが,劇中の地名には元SMAPのメンバー名がちりばめられているという。
最後に,今後はどのような映画を作りたいかと(手話で)問われると,現在『ハード・コア』という作品を制作中とのこと。山下監督自身が20歳ぐらいのときに読んだ漫画が原作で,自分からやりたいと思って映像化するのは初めてに近く,プレッシャーに感じているという。質問者からは、ぜひ日本語字幕も付けてほしいとの要望が寄せられると、山下監督は「実現できるようにしたい」と応じた。
残念ながら、時間の都合でトークイベントはここで終了。今回のイベントのために大阪からわざわざ駆けつけてくれた山下監督には,会場から温かい拍手が贈られた。東京フィルメックスでは、今後もこのような日本語字幕付き上映の試みを試みを続けて行きたいと考えている。
(取材・文:海野由子、撮影:吉田留美)