11月19日（土）、TOHOシネマズ日劇1にて、オープニング上映としてキム・ギドク監督最新作の『The NET 網に囚われた男』が上映された。ギドク監督と東京フィルメックスは縁が深く、『受取人不明』（01）、『春夏秋冬そして春』（03）、『アリラン』（11）、『殺されたミンジュ』(14)に続き、5回目の参加となる。
『The NET』は、北朝鮮と韓国の体制に翻弄される一人の漁師の残酷な運命を描いた作品である。上映に先立ち、ギドク監督は盛大な拍手に迎えられて登壇すると、「土曜日の夕方、とても貴重な時間に本作を観に来てくださり、皆さんに心からお礼申し上げます。しかし、とても幸せなはずの週末に観るには、とても悲しくて、胸が痛くなるような映画です」と、独特の表現で観客に挨拶した。「韓国と北朝鮮は朝鮮戦争以来66年間にわたって、恨みあい、非難しあっている。その状況が変わっていないことを伝えるためにこの映画を撮ろうと思った」とギドク監督。「この映画の最後は、とても悲しくて苦しく思えるが、私たちの未来はこの結末と反対となることを心から願っています」と語った。
上映後再びギドク監督が登壇し、観客とのQ＆Aが行われた。「憂鬱な映画をお見せしてしまいまして、申し訳なく思っています。でも、これが南北の現実です」とギドク監督。司会の林 加奈子東京フィルメックス・ディレクターが作中の時代設定について訊ねると、ギドク監督は「明確な時代設定はなく、金日成・金正日・金正恩の時期を一つにしたような時代と捉えてもらえればいい。北朝鮮と韓国が戦争によって分かれてしまってからの時間を圧縮して表現しています」と説明した。
続いて、観客からの質疑応答に移った。
最初の質問は、「近年、脚本・プロデューサーとして「南北分断」をテーマとした作品（『プンサンケ』（11）、『レッド・ファミリー』（13））を作ってきたギドク監督だが、今回自ら監督した理由は？」というもの。「これまで若い監督に任せた作品にはコミカルな要素が入っていた。今作は本格的にシリアスなアプローチをしたいという思いがあった」とギドク監督。現在南北間に生じているさまざまな問題を考えると、分断されてからのどの時代よりも緊張関係が高まっているのではないか、という危惧を抱いており、このようなテーマの映画を自らの演出で撮りたいと考えたのだという。
映画を作るには人間に対する「愛」を持たねばならない、というギドク監督。「私の映画には観るのが辛くなるような、残酷で暴力的なシーンがたくさんある。しかし、その裏には私が伝えたいと思っている真実があります」と語った。映画を作り始めて20年あまり、その理由や目的について考えて続けているという監督は「人類がもっと平和に暮らせることを願い、映画を作っています。その方法が、暴力や残忍さ、悲しみを描くことなのです」と話し、『The NET』は朝鮮半島とアジアの安全を広く訴えたい、という想いで作ったと観客に語りかけた。『STOP』(15)では福島の原発事故をテーマにしたが、「原発の恐怖というのは私にも迫ってくるものがあります。そういった危険や恐怖を通して、人類の安全を伝えたいと思ったのです」と語った。
「韓国側の取調官の役柄が印象的だった」という観客から、どのような演技指導を行ったのか、という質問が上がると、監督は「彼は憎々しくて暴力的な人物だが、現実にいてもまったく不思議ではない。こういったキャラクターは、私たちの過去や歴史が作り出したものです。そういった点をよく理解した上で、表現しました」と語った。この取調官を演じたのは、『殺されたミンジュ』（14）で一人８役を演じきったキム・ヨンミンさん。『受取人不明』（01）にも出演しており、ギドク監督の信頼厚い俳優である。「私は映画を撮るのが早く、現場でゆっくり演技指導をすることはありません。ヨンミンさんには非常にクリエイティビティがあり、自らシナリオをよく読んで、キャラクターを理解してくれるんです」と監督。
また、主人公を演じたリュ・スンボムさんについて「これまでのイメージとはまったく違って見えて驚いた。どのような経緯でこの役にキャステングしたのか」と質問が寄せられた。韓国での俳優生活から離れてヨーロッパで暮らすリュさんだが、あるインタビューで「作品に出演したい監督」としてギドク監督とイ・チャンドン監督の名前を挙げ、「出演できるならヨーロッパから駆けつける」と話していたそうだ。そのことを伝え聞いた監督が、本作の脚本が完成した時点でオファーしたという。監督は「リュさんは10日間の撮影の中で自分のエネルギーを最大限に発揮してくれた。素晴らしい役者」と称賛した。
「主人公がソウルの街を歩くシーンで、ギターの切ない音色が彼の感情を代弁しているようで、非常に印象的だった」という観客から映画音楽に関する考えを訊かれると、「音楽がなくても映画が成り立っていることを重視している」とギドク監督。「ご指摘のシーンでは主人公の気持ちをより観客に届けたいと思い、あのような音楽を付け加えました。ですから音楽は非常に重要なものですが、私は音楽をつける前に、映画の表現したいことが画面に十分にあらわれているかどうか、必ず確認することにしています」と語った。
本作は2017年1月7日、新宿シネマカリテ他で全国公開が決定している。
（取材・文：谷口秀平、撮影：明田川志保、伊藤初音、村田麻由美）
