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第59回ベルリン国際映画祭 レポート

まず、ベルリン映画祭のプレス・オフィスから公式に発表されているデータからご紹介したい。第59回目を迎えた今回の映画祭の概要を示す数字は以下の通り。
上映作品数:383作品
上映回数:1238回
IDパス登録者:約2万人
登録者の国籍:136カ国
チケットの売り上げ数:約27万枚(過去最多)
ちなみに、昨年の東京フィルメックスの上映作品数は39作品で、上映回数は63回だから、これらの数字を見ればいかにベルリンが大きな映画祭かということがわかると思う。どちらかといえば業界関係者向けのイベントであるカンヌ映画祭などとは違い、ベルリンは広く一般の観客に向けたイベントでもあるのだが、そういった映画祭としては、おそらく世界でも最大規模のものといえるだろう。
また、チケットの売り上げ数が過去最多となった要因の一つには、より収容人数の多い会場に一部の会場が変更になったということがあるようだが、とりあえずそれは脇に置いておいても、一般の観客の人たちの熱心さについては言及する価値があると思う。チケット売り場に出来ている行列はもはや当たり前の風景になっているし、コンペティション部門に限らずどんな部門のどんな小さな作品の上映であっても、曜日や会場の大小に関わらずほとんど満席のような状況になっているのを目の当たりにすると、感服するのを通り越して呆れてしまったりもするほどだ。おそらく、この機会を逃したら二度と観られないかもしれないという一期一会の感覚が多くの人に共有されているのだと思うが、それだけに、数ある作品の中からいい作品に出会えた時の喜びは大きいはずだと思う。
また、このことはこういう言い方もできるだろう。一般にメディアに露出される機会が多いのはどうしてもコンペティション部門の作品で、その理由は同部門が様々な意味で映画祭の核であり、華の部分でもあるからである。ただ、逆に言うとそれ以上の理由はなく、また作品数でも同部門の作品は(コンペ外上映を含めても)20数作品で、数字の上では全体の一割にも満たない。その中で、比較的メディアへの露出の少ないパノラマやフォーラムといった部門の上映にも多くの観客が集っているこうした状況は、観客を含めた映画祭の成熟というものを表しているのではないかと思う。実際、個性的な作品や挑戦的な作品に出会おうと思えば広くプログラムを見渡すことは不可欠で、多くのベルリンの観客はそのことをよく理解しているように見える。
ただ、敢えてここでもコンペティション部門の受賞結果について少し触れておくと、一見して明らかなのは、アルフレッド・バウアー賞を『Gigante』(監督:Adrián Biniez)と分け合ったアンジェイ・ワイダ監督の『Tatarak(Sweet Rush)』を除くと、金熊賞を受賞した『La teta asustada(The Milk of Sorrow)』(監督:Claudia Llosa)を始めとして、新進や中堅の作り手たちに賞を与える結果となっていることだ。受賞結果によっては映画祭の印象ががらりと変わってしまうものだが、ティルダ・スウィントンを審査委員長とする審査員たちの未来を見据えたこうした判断は、先行きの見えないこの世界的大不況の中で行われた映画祭にあって、映画の将来に新しい光明を灯す結果となったに違いない。
他の部門に目を転じると、シネフィル的な視点で見た場合にまず目を引くのが、ベルリナーレ・スペシャル部門で上映されたマノエル・デ・オリヴェイラ、クロード・シャブロル、エルマンノ・オルミといった巨匠監督たちの新作だろう。オルミの作品は残念ながら今回は見逃したが、オリヴェイラとシャブロルの新作は、共に期待を裏切らない充実した作品だった。両者に共通していたのはその絶妙な「軽さ」とでも表現できそうな感覚で、特にオリヴェイラの新作に関しては他のたいていの作品よりもむしろ「若さ」を感じる驚くべき作品だった。これらの映画を観れば、映画作家にとって「成熟」や「老成」とは一体どういうことなのか、誰でも改めて考えさせられてしまうはずだ。
最後に、東京フィルメックスで「アニエスベー・アワード」を受賞した園子温監督の『愛のむきだし』が、フォーラム部門で優れた作品に贈られる「カリガリ映画賞」と「国際批評家連盟賞」をダブル受賞したことにも触れておきたい。比較的繊細な作品やオフビートな作品が多かった今年のフォーラム部門において、『愛のむきだし』が放つその圧倒的な熱量は、確かに際立っていた。
ベルリン映画祭公式サイト(ドイツ語、英語)
受賞結果のプレスリリース
(報告者:神谷直希)


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