11月23日(祝・水)、有楽町朝日ホールにて、コンペティション部門『仁光の受難』が上映された。ジャパンプレミアとなる上映前の舞台挨拶では、庭月野議啓監督をはじめ、出演者の辻岡正人さん、岩橋秀太さん、有本由妃乃さんが登壇し、観客への謝辞を伝えた。製作に4年を費やしたという本作は、趣向を凝らした巧みな編集で修行僧の苦悩を描いた妖怪譚で、庭月野監督の長編デビューとなる。
やや緊張した面持ちで観客の前に立った庭月野監督は、「とても怖いです」と率直な気持ちを述べ、「海外の映画祭での上映とは違って、日本のお客さんの前では、時代劇のディテールのごまかしがきかないので、お手柔らかにお願いします。世にも不思議なお話、大人の昔話と思って楽しんでいただきたい」と挨拶した。
上映後には、庭月野監督を迎えて、活発な質疑応答が行われた。
司会の林 加奈子 東京フィルメックス・ディレクターが、「こんなにも真面目にふざけている映画は本当に素敵で、本気の映画だと思います。コンペティションで上映できることを誇りに思います」と述べ、早速、本作の制作経緯について話が及んだ。
2010年に発表した短編作品が数々の映画祭で高い評価を受けた後、自分が何か思い違いをしていることに気づいたという庭月野監督。そこで、「長編で勝負に出る」、「声をかけてもらうことを待つのではなくて自分から海外へ持っていく」、「時代劇に挑戦する」と決めたという。いろいろと戦略的に考えた末のことだったが、仲間たちの反応は冷たく、クラウドファンディングの支援を得て、チャンスをものにした。「4年もかかったのは資金がなかったためで、VFXもアニメーションも自分ひとりで担当しました。バンクーバー国際映画祭やプサン国際映画祭で商業映画と同じカテゴリーで上映されることになって、4年間このためにやってきたのだなと思いました」と、これまでの歩みを感慨深げに振り返った。
林ディレクターから、とりわけ構図に対して妥協がないという指摘を受けると、庭月野監督は自らを「構図マニア」と称した。少しのズレも傾きも許せない性格で、脚本を書く段階から構図を決めている場面もあり、周囲が何と言おうと決めた構図を動かすことはなかったとか。庭月野監督の画作りへの強いこだわりがうかがえる。
続いて、観客から、ラヴェルの「ボレロ」を楽曲として使用した理由について問われると、庭月野監督は、「ボレロ」のテーマが劇中のストーリーラインと重なると説明。つまり、「ボレロ」では、酒場の踊り子に最初は見向きもしなかった客たちが次第に熱狂していく様が表現されているが、主人公・仁光に熱狂していく女たちや曼荼羅の世界の仏たちを誘惑するマーラ(煩悩の化身)の姿を重ねたという。また、海外でも馴染みのある楽曲なので、外国人の観客にも海外でもメッセージが伝わりやすいとも考えたそうだ。
また、ダンサーが「ボレロ」を踊る場面については、天才バレエダンサー、ジョルジュ・ドンの「ボレロ」をイメージして、主人公・仁光を取り巻く厄災の象徴として描いたそうだ。「時代劇にはそぐわないけれど、むしろそぐわない演出、非日常なことが起こっている演出をしたいと思いました。踊りに合わせてストーリーを編集することもあり、ダンサーの動きとカット割りをシンクロさせるように作りました」と庭月野監督。この計算しつくされた編集過程に会場も納得の様子だった。
さらに、劇中に挿入されたイラストやアニメーションが効果的に使用されている点については、パブリックドメインの素材を存分に活用し、適切な素材が見つからなかった部分は監督自ら描いたと明かした。アニメーションを挿入することで外国人ウケがよくなるだろうという下心があったかと観客から問われると、「下心だらけ」と冗談を交えて応えた庭野月監督だが、「どうしたら観客に面白がってもらえるか」ということを常に意識していたようだ。本作のジャンルを特定するのは難しいが、海外ではコメディに分類され、バンクーバー映画祭やプサン国際映画祭での観客の反応は上々で、「とにかくたくさん笑ってもらえた」とのこと。
庭月野監督は、映画のみならず、漫画、小説、アニメ、ゲームなど映画以外の分野からインスパイアされることが多いという。特に小説では、京極夏彦作品の世界観が気に入っているそうだ。流れを途中で切るような独特のカット割りはアニメの手法に近く、ストーリーよりもビジュアル、雰囲気、世界観を大切にするアプローチが、他の映画とは異なり、斬新なのではないかと自らを冷静に分析する一幕も。
『仁光の受難』の日本での劇場公開は未定であるが、この摩訶不思議な世界に魅せられた観客からは、次回作に期待をこめて大きな拍手が寄せられた。庭月野監督の今後の活躍に注目したい。
(取材・文:海野由子、撮影:穴田香織、村田麻由美)